―――数ヶ月前―――
「付き合ってください!」
人気の無くなった放課後の学校裏、俺、朝川竜也
(十六歳、年齢=彼女いない歴)はたった今、告白の最中だ。相手は、栗色の髪で碧い眼をした纏うオーラが太陽のように明るく穏やかな少女、成海寧音(十五歳)。
続く沈黙。実際には十秒と経っていないのだが、竜也からしたらその沈黙の時間は一分にも一時間にも感じられた。竜也の体内時間十五分の後、帰ってきた答えは
「・・・あのぉ・・・」
纏うオーラとは裏腹にか細い声が聞こえた。普段はオーラ通りの声なのに。
「!はいっ!」
俺は上擦った声を出した。心臓が張り裂けそうだ。
「・・・なんで私か聞いてもいい?」
「へ?」
「え?」
思ってた答えと違う事に驚きを隠せなかった俺に対し、寧音も釣られたように素っ頓狂な声を出す。
(今なんて?)
(いいって?)
(俺、やっと春が来た!?)
「ありがとう!これからよろしくお願いします!」
(よっしゃ!初彼女だ!しかも好きな子と)
「あ、あのぉ」
(初デートはどこがいいかな?やっぱり遊園地?それとも映画館?水族館も捨て難い。ヤバい楽しみすぎる!)
自分の妄想に入り浸ってる竜也にはほとんどの声は届かない。だが、
「あのっ!」
彼女、成海寧音のいつも以上の声に意識が現実へ引き戻される。
「あ、ごめん。何か言ってた?」
「あの、今更言いづらいんだけど・・・」
この一言で俺は数秒先の絶望を確信した。
「まだ、オーケー出してないんだけど・・・」
やっぱり。
(あ、終わった。)
(取り敢えず何か言わなきゃ。)
「あ、ごめん。嫌だったよね、俺みたいなやつに告白されて」
「いや、そうじゃないんだけど、なんで私を選んだか理由が知りたくて」
その一言に胸がドキッとする。
(そういえばなんで好きになったんだっけ)
初めて会ったあの日から、そう、それはただのアクシデントだった。十分放課、次の授業は移動教室、なのに、あろう事か、居眠りを決め込んでしまったのだ。今から行っても間に合わないのは目に見えてる。
「うん、サボるか」
竜也はそう、颯爽とサボりを決め込んだ。
(教室には・・・うん、誰もいな・・・)
「誰かいる!?」
俺は小さな声で呟いたはずだったが・・・その声は確かにその少女に届いたらしい。
(確か、成海とか言ったか、下の名前は・・・思い出せん。)
窓際から振り向いたその少女は確かにーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー泣いていた。
「あのぉ、成海・・・さん?」
「あ、ごめんなさい!」
「は?」
俺は状況を飲み込めないでいた。なんと言ってもその少女は、
・・・いきなり土下座をかましたのだ。
「へ?どうしたの?」
「いや、ほぼ初対面の相手にこんな姿見せちゃったから・・・」
(なるほど、いつも派手な奴らとつるんでたからもっと中途半端な奴かと思ってたけど、意外と礼儀正しいらしい。にしても土下座はおかしいけど。)
「それより、なんで泣いてるの?俺で良かったら話聞くけど、って初対面の奴が言うことじゃないよな」
苦笑を浮かべながら言う俺に対して、
「うーん、そうかもしれないけど、でも、聞いてもらってもいいかな?私はこういうのは事情を知らない人に言いたいから」
「もちろん。俺から言った事だしね」
「あのね、私、彼氏に振られちゃった」
寧音は確かにそう言って今にも泣きそうなのを我慢して無理やり笑顔を作った。目頭は少し赤く腫れていた。確実に悲しんでいる彼女の顔を見て、俺はーーーーーー美しいと思ってしまった。
その後、彼氏と別れるまでの経緯を端々と説明されたがほとんど頭に入らなかった。
その日から彼女が視界に入ると、目で追ってしまう。しかし、その日以降、俺と彼女の間に接点はなかった。
そんな日々を過ごして数週間、俺は彼女に告白をする事を決めて今に至るのである。
「初めて話した日の事、憶えてる?」
竜也はそう切り出した。
「あ、うん。私が振られちゃった時、話を聞いてくれたよね」
その時の記憶が竜也の脳内を巡る。
「そうそう、その時の君がどうしようもなく美しく見えちゃったんだ。それからはいつの間にか君が視界に入ると目で追ってた。追ってる内に君を好きになったんだよ」
「それって、振られた私に魅力を感じたって事?酷くない?」
「違っ、あの時の顔はそれから目で追っていた君とはどこか少し違ったんだ」
焦って早口になってしまった。
「どこがどう違ったの?」
「えっと、なんと言うか、あの日の君は儚く脆いようで、でも芯は通ってて・・・」
上手く説明出来ないからか声が尻窄みになってとうとう何も出てこなくなった。
また沈黙。しかし、今回は二人の間に気まずい空気がながれているようで、
双方の体内時間で五分、現実で五秒の後その静寂を切って出たのは竜也だった。
「答えを聞いてもいいかな?」
「あ、うん。正直、私もあの時から君の事が気になってたんだ。だって、人が振られた話を話してる時に何も言わないんだもん」
その時竜也は、寧音を美しいとしか思っていなかった事は秘密にしようと思った。まぁ、半分くらい言った気がしないでもないが。
「私は多分、人の不幸話でも真摯に聞いてくれたところに惹かれてたんだ」
「じゃあ、返事は?」
「うん、いいよ。付き合おう」
彼女は明るく穏やかに、確かに受け入れてくれた。
「ありがとう。これから改めてよろしく」
「こちらこそよろしく」
そうして二人は付き合い始めた。この先どんな苦難に逢うとも知らずに。