第十九話 可憐な戌と終焉の兎の秘守術。

秘守術ひかみじゅつの発動に成功した私は、目の前で驚いている光汰兄さんを睨む。
光汰こうた「な、なんだよ!それ!おかしいだろ!俺の魔術をはねのけるとか!これだからお前みたいな怪物は気持ち悪いんだよ!」
光汰兄さんは明らかに動揺している。わたしもまさか成功するとは思わなくて、少し動揺しているが、そんなことをしている場合じゃない。
歌恋「光汰兄さん。私、すっごく怒ってるんだよ。今までのこと。セフィラム能力を巡って協議が怒るのは不思議じゃないけどさ、光汰兄さんは最初から規制派じゃなかった。そんなに聞こえのいいものじゃない。光汰兄さんはただの妹に嫉妬をする兄でしかない。私がいなければ、能力者のことも悪く言ってなかったでしょ」
それは、光汰兄さんが今魔術を使っていることが証明している。本当にセフィラム能力が気持ち悪いと思っているのなら、それに似た力も気持ち悪いと感じるはずだから。
図星だったのか、光汰兄さんは黙り込む。そして・・・
光汰「ああそうだよ!コンチクショー!【ヨグ=ソトースのこぶし】!」
不可視の一撃を放つ。
その一撃は当然目に見えない。でも、勘で避ける。なんとなく、光汰兄さんの行動が読めてきた。これが秘守術の力。私にさっきみたいな強力な一撃は当たらなかった。痛みも感じない。
光汰「クソ!なんで!お前ばっかり優遇されるんだよ!」
光汰兄さんはイラついたように自分の頭をぐしゃぐしゃにする。
光汰「目障りなんだ!さっさと消えろよ!【クトゥグアの抱擁】!」
その瞬間、私の周りを炎が包む。燃えていると言うか、炎が私にまとわりついている。これを振り払わなければ無理だろう。しかし、私には秘策があった。
歌恋「多恵たえちゃん。力を貸して・・・」
多恵ちゃんの妖力。すなわち、【百鬼ひゃっき勾玉まがたま】の妖力。これならきっと、相手の装備も貫通できる。
歌恋「妖術ようじゅつ・・・しん幕引まくびき!」
これは私が独自に編み出した妖術。誰かに教わるでもなく生み出した、私自身の努力の結晶。
歌恋「歌曲かきょく恋慕ノ一太刀れんぼのひとたち
まばゆい光が私を包み込み、炎を消し去る。これは全ての光属性妖術が融合したようなもの。私の体を包む光は、『第参幕だいさんまく光臨こうりん 』の残像で、炎を消し去ったのは『第漆幕だいうるしまく逆境超越ぎゃっきょうちょうえつ 』。そして今、私が握っている、まばゆい光の大剣は、他の攻撃系妖術の融合体。『第肆幕だいしまく神楽かぐら 』も、相手の動きの完全予測に一役買っている。
光汰「そ、それは妖術とか言うやつだろ!俺には通用しない!」
光汰兄さんはそう言いながらも逃げ腰だ。それに全身が震えている。さすがにこの妖力には怯えたのだろう。
今の私は、『秘守術ひかみじゅつ人ノ道ひとのどう決意正義ノ魂けついせいぎのたましい 』で急速な成長と力の増幅をしている。そこへさらに多恵ちゃんの妖力まで上乗せされているのだ。こんなもの、誰でも少しくらいは恐怖するはずだ。
歌恋「可憐に決めて見せる!」
瞬きをするだけの時間で光汰兄さんの懐へたどり着く。『第壱幕だいいちまく白撃はくげき』の速さだ。
そしてそのまま、剣を振りぬく。実体は持たせてないから死にはしないけど、一日以上は動けないくらいのダメージが入るはずだ。
歌恋「光汰兄さん。早く反省してね」
そして・・・光は収束した。
光汰「はぁ・・・これでもダメなのかよ・・・」
光汰兄さんが仰向けになりながらそうつぶやく。どうやら意識は残っているらしい。
私がそんな兄を軽蔑した目で見ると、電話の着信音が鳴り響いた。ここって電波通ってたんだ。などと考えながら、光汰兄さんの懐から携帯を取り出し、動けない光汰兄さんの代わりに出てあげた。もしかしたら何か情報とかが抜き出せるかもしれない。そう思って出たのだが・・・
電話が終わって、私は光汰兄さんに聞いた。
歌恋「光汰兄さん・・・子供が生まれました・・・だってさ。え?光汰兄さん?できちゃった婚?まだ結婚してないよね!?私たちなんの話も聞いてないよ!え?出産ってことはそんなつい最近付き合った人が・・・とかじゃないでしょ!?」
私は動揺しながら喋る。実はもう頭が痛くて倒れそうなのだが、それを吹き飛ばす衝撃が私を襲ったのだ。
光汰「まあな。学生時代からの付き合いだ。それ以上は聞くな」
光汰兄さんはそう言って目を閉じた。
歌恋「そんな大事なことを隠していたのはまあいいとして・・・いるじゃん。光汰兄さんのことを愛してくれる人。こんなことしなくたって、大切に想ってくれる人が・・・」
そうつぶやいたところで、私の体から力が抜け、倒れこんだ。秘守術の反動だ。
歌恋「あとは・・・頼んだよ。イチ兄」
そう言い残して、私の意識は闇に落ちた。

ーICHITO`SVIEWー
俺とアリサは進み続けた。そしていよいよ、屋上の前まで来た。
一兎いちと「アリサ・・・いや、有栖ありす。頼みたいことがある」
俺の言葉に有栖がきょとんとする。

俺は有栖を残し、屋上の扉を開いた。
盗真とうま「まあ、やっぱり来るのはお前だよな」
佐々木盗真ささきとうま が堂々と立っていた。その後ろには巨大な黒い体に真っ黒な翼を生やし、頭には大きな黒い角が生えた禍々しい人型の悪魔の姿があった。このおぞましいほどの圧力で直感的に分かる。あれが【悪魔サタン】だ。すでに召喚し終えていたのだ。
盗真「もう、手遅れだ。最恐の悪魔が顕現した。お前の負けだ」
佐々木盗真がニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
盗真「それに、こいつをどうにかしたところで意味はない。なぜなら今、世界中で悪魔のスタンピートが起きているからな。ここだけに集中していては無駄だ」
佐々木盗真はそう言うが、俺はすでにそんなことは識っている。もちろん、対策済みだ。
一兎「残念だが、そのスタンピートは意味が無いぞ」
俺がそう言うと、佐々木盗真はいぶかしむように首を傾げた。
一兎「まあ、俺の能力でそうなることは予見済みだったんだ。だから、俺の王としての力を使わせてもらった」
俺は能力で未来を視た。それは、明日の未来だ。スタンピートのせいで世界が崩壊している様子が視えた。
一兎「俺は兄さんから妖怪の王を受け継いだ。すべての妖怪は俺に従ってくれる。だから、頼んだんだ。世界中で起こるであろうスタンピートから世界を守ってくれと。日本中にいる妖怪をかき集めれば、それは簡単なことだ。彼らにも伝手ってものがあるからな。他の地域に存在する奴らにも声をかけてくれるはずだからな。数と戦力は十分だろう。悪魔たちは妖力が苦手だったみたいだし」
ベリアルや他に戦った悪魔たちも妖力が弱点だった。その経験を踏まえ、妖怪たちに頑張ってもらうことにしたのだ。中には幽さんのように他者をワープさせることのできる妖怪もいたため、移動のことも考えなくてよかった。ここまで対策はした。あとはこいつを倒すだけだ。
盗真「本当に・・・気に障るガキだ」
そう言いながら、俺を強く睨む。
一兎「一つだけ、教えてくれないか?どうしてこんなことをした」
俺がそう問うと、睨んだままではあるが、素直に答えてくれた。
盗真「私は、セフィラム能力者だ。だが、セフィラム能力者が嫌いだ。私には愛する妻がいた。そんな彼女を殺したのがセフィラム能力者だ。人は力を持つとここまで愚かになれるのかと思った。それが嫌で、私は自分の能力を捨てたんだ。他人に寄生させるという形で。まあ、お前のことを知れたのは僥倖だったよ。たまたま出会ったこのサタンの使いが教えてくれた、いい隠れ蓑があったからな。そして、セフィラム能力者を厳重に管理するために規制派のトップとして君臨した。だが、肯定派がことごとく俺たちの作戦を潰してきた。それで察したんだ。この世界は、能力者を肯定してしまう。それならばこのような世界、必要ないと」
佐々木盗真の思考回路は本当に何もわからなかった。
一兎「それで世界を破壊しようってか?そりゃ両極端すぎるだろ。いくらなんでも普通はそんな思考に至らねえだろ」
俺が困惑したようにそう言うと、佐々木盗真は激怒した。
盗真「それはお前の普通で、お前の正義のだろう!私にとってはこれが普通で、これこそが正義なのだ!」
その言葉には一理ある。でも、その正義は間違っていると、俺は思った。これは俺の考えで、俺の価値観でしかないが、少なくとも本気で正しいと思ってるやつは少ないはずだ。そのせいだろう。ゆき や歌恋の兄しか立ちふさがっている人間がいなかったのは。
と、俺がそう考えていると、佐々木盗真の表情は怒りから喜びへと変化する。
盗真「さて、時間だ。サタンの力が完全なものとなった。これでお前たちは終わりだ。さあ、サタンよ!その力をこの私に寄越せぇえええええ!」
そう叫び、佐々木盗真は全身がサタンのような禍々しい姿となっていた。恐らく、サタンと融合したのだろう。後ろに先ほどまでいた悪魔サタンの姿が無いことがその証明だ。
盗真「ありがとう。私の時間稼ぎの為にわざわざ質問をしてくれて」
そう、相手は時間稼ぎをしていたのだ。まあ、それと同じく、こちらも・・・
盗真「む?なんだ・・・先ほどの強大な力はどこに・・・?」
佐々木盗真から、禍々しい魔力が消える。
一兎「残念だったな。時間稼ぎをしていたのは俺の方だ。実はここに来る前、有栖に頼んで、妖力以外のありとあらゆる力をゼロになるまで減少させてもらってたんだ。まあ、時間がかかるということで、時間稼ぎをする必要があったんだが・・・よくぞ引っかかってくれたな」
俺は佐々木盗真を煽るように言った。
盗真「貴様ぁ!よくもぉ!」
怒りをあらわにする。しかし、その咆哮は意味が無く、この地に雪が舞い落ちる。
盗真「雪・・・?」
季節外れの雪に佐々木盗真は不思議そうな顔を浮かべる。これこそ、俺の、俺自身が生み出した秘守術の力。今、俺の中ではたった一つの感情があった。雪が解けるほどの優しい愛。誰よりも大切なあいつを、みんなを守りたいと強く願う想いが、俺に力を与えた。

ー【秘守術ひかみじゅつ兎ノ道うさぎのみち白銀世界ノ王しろぎんせかいのおう】ー