第十三話 無限の彼方

ーICHITO`SVIEWー
歌恋かれん「ねえ、イチ兄、星宮ほしみや先輩を追わなくてよかったの?」
ゆきが姿を消した後、歌恋がそう尋ねてきた。
一兎いちと「ああ、あいつを逃がしたから、十中八九『白鷺しらさぎ』の本部をミサイルかなんかでぶっ壊そうとしてるんだろ」
俺がそう言うと、歌恋は慌てたような声を上げ、
歌恋「えっ、それってまずくない?早くしないと、みんなが!」
歌恋の言葉を聞いてもなお、俺は平静を保っていた。
一兎「案ずるな。手はもう打ってある。『白鷺』には、俺が一人でこっそり作ってた結界が貼ってある。それも、自然の状態を維持し続けるという結界だ」
俺がそう説明すると、歌恋は安心したようにほっと息を吐いた。
一兎「もっとも、俺の仕込みはそれだけじゃないんだがな・・・」
と、俺がつぶやくと、歌恋は首をかしげた。
俺たちがそんな会話をしていると、後ろから俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
深夜しんや「おーい!一兎!歌恋ちゃん!無事かい?」
深夜と有栖ありすだ。俺たちの元へ全力で走ってきていた。
一兎「ああ。無事だ。心配すんな」
俺が苦笑いしながらそう言うと、深夜と有栖は俺を見て、一瞬驚いた。
有栖「一兎くん・・・もしかして・・・」
有栖と深夜は、魂が視えるから、気づいたんだろう。俺の中に魂が一つしかないということに。
一兎「・・・」
俺は無言で有栖の質問に対してうなずいた。
深夜「そうか・・・何て声をかけたらいいのかな・・・」
深夜が困ったように笑う。俺のことを本気で心配してくれているというのがよくわかる。
一兎「別にいいよ。俺はもう気にしてないから。それよりも早くゆうさんに報告しに行こう」
俺がそう言うと、深夜は無言で能力を発動させ、俺たちを転移させた。
一兎「やっぱテレポート系の能力は便利だな。一瞬で戻ってこれた」
転移後に俺はそう言いながら建物の中へ歩いて行った。
幽「一兎!それにみんなも・・・無事でよかった。それで?幸はどうなった?」
幽さんがそう言うと、俺はさっきあったことを話した。
一兎「結論から言うと、幸はやっぱりスパイでした」
俺がそう言うと、幽さんは残念そうな顔をして、
幽「さっき龍時りゅうじから聞いたが、やっぱりそうだったか・・・あいつは気のいいやつだったからな・・・少し残念だ」
幽さんがさらに暗い表情になった。俺は、話を切り替えるためにも、報告を続けた。
一兎「それと、規制派の連中は妖術、及び妖力を封じる、無効化する装備を持っているようでした。それで不意を突かれて、危なかったんですけど、なんとか退けることに成功しました。退けることしかできなかったんですけどね」
俺の報告を聞くと、幽さんは驚いた表情を浮かべ、
幽「そんな力を持っているというのか・・・となると、向こうはかなり強化されているようだな」
幽さんがそう言っているところで、俺は、あのことを報告した。
一兎「それと・・・お母さんが・・・俺の中から消滅しました・・・」
その言葉を聞いた、幽さん、そして、さっきは蚊帳の外にいた歌恋が驚く。
幽「そうか・・・姉さん・・・逝ってしまったか・・・なんというか、今日は嫌なことばかり起きるな・・・すまない・・・すこし涙を拭かせてくれ」
と、幽さんは、ハンカチを取り出し、目に浮かんだ涙を拭きとった。そして少しの間が空いたのち、
幽「一兎。お前は・・・大丈夫なのか?」
と、幽さんが心配するような声で聞いてきた。それに対して俺は、フッと笑い。
一兎「何言ってるんですか?全然大丈夫ですよ!お母さんがそのうち消滅するかもしれないっていうのは聞かされてたし、覚悟もできてましたから。むしろ、これからもっと頑張ろうって気持ちがみなぎってます!」
俺はできるだけ元気な声でそう言った。しかし、それを聞いていたみんなは余計に心配そうな表情を浮かべる。
一兎「それじゃ、俺は疲れたんで、部屋に行きますね」
そう言って、俺は軽く走りながら、『白鷺』本部の中で俺が借りている部屋へ入っていった。
しかし、俺はこの時、鍵をかけ忘れた。そんなことも知らぬまま、ベッドに腰かけた。
そのまま俺はしばらくボーっとしていると、扉を開く音が聞こえた。
歌恋「イチ兄。鍵かけ忘れてるよ」
歌恋だ。扉を開けて、部屋の中へ入ってきたのだ。
一兎「おう、歌恋、どうした?なんか用か?」
俺は平然とそう聞く。すると、歌恋は、冷酷な表情を浮かべ、話し出した。
歌恋「どうした?じゃないでしょ。イチ兄。辛そうだよ?無理してるの、バレバレだよ?」
歌恋の言葉に俺は、
一兎「は?何いってんの?そんなに俺の様子が変か?あれだろ、疲れすぎて深夜テンションみたいなやつを引き起こしてるんだよ。あ、もしかして俺がお母さんの件を引きずってると思った?それならもう心配ない。俺はもうそんなことでウジウジしないからな」
俺がそう嘲るように言うと、歌恋が大きな声で言った。
歌恋「泣いたっていい。逃げたっていい。でも一人で抱え込んで一人で消えるのはやめろ!俺は、俺たちは、お前の仲間で、家族だ!」
歌恋でも、多恵たえでもないような口調と一人称で言ったその言葉は、他でもない、俺が洗脳されている歌恋に言った言葉そのものだ。
歌恋「イチ兄は私にこう言ってくれたんだよ?それなのに、イチ兄は一人で抱え込むつもりなの?どうして?私たちは家族でしょ?それなら、苦しいことも辛いことも共有しようよ。イチ兄。泣いたっていいんだよ。私は、この前イチ兄がしてくれたみたいに、イチ兄のすべてを受け止める。だから。一人で抱え込まないで?」
歌恋の言葉に俺は、思わず、目頭が熱くなった。そして・・・一滴の水滴が目から零れ落ちた。その一滴は、はかなくも美しいもので、洪水を引き起こす種になった。
一兎「俺は・・・俺は・・・もっとお母さんと一緒にいたかった・・・!もう家族を失いたくなかった!それなのに・・・俺は!俺は!俺が弱いばっかりに、こんな風に別れることになるなんて!少なくとも俺は望んでなかった!どうして・・・どうしてだよぅ・・・」
俺は子供のように泣きじゃくった。男のくせにと思いながらも、涙が止まらなかった。俺がこんなところで立ち止まるのを許さないように、涙も止まることを許さなかった。
歌恋「イチ兄・・・!」
すると、俺の体を何かが包み込んだ。歌恋の体だ。歌恋は、ベッドの上に座り、うつむきながら泣いている俺の体を抱きしめていた。
歌恋「イチ兄。辛かったよね?大切な人を失って。それを我慢して。でも、もういいんだよ。イチ兄は十分強い。イチ兄のおかげで助けられた命はたくさんある。だからイチ兄。今は、甘えてもいいんだよ。気が済むまで泣き続けてもいいんだよ。大丈夫。誰もイチ兄を責めたりしないから。というか、そんなことは私がさせないから」
歌恋の優しい声かけに俺の涙の勢いはさらに強くなっていった。
そして俺は、歌恋の優しさに甘えて、夜が更けるまで泣き続けた。

一兎「・・・歌恋。ありがとう。もう・・・大丈夫」
夜中になると、俺は歌恋にそう声をかけた。
歌恋「そっか。確かに、もう大丈夫そうだね」
歌恋が安心したような笑顔を見せてくれる。
歌恋「イチ兄。お母さんの分も、強く生きてね。この戦争を、終わらせよう」
歌恋の瞳には、強い決意が宿っていた。歌恋の言葉を聞いて、俺は、改めて誓うのだった。
【絶対に歌恋のことは守る】と。
その決意を胸に、俺は歌恋の言葉にこう返した。
一兎「ああ。このくそったれな演目を終わらせよう。俺たちの手で」
俺のこの言葉に、歌恋は強くうなずいた。
この日、俺と歌恋の絆は、さらに深まったような気がした。