第七話 結んだ絆

一兎いちと「なんで?どうして?」
俺は混乱していた。なぜならそこには、死んだはずのお母さんとお父さん。そして、俺と兄さん(幼少期)が居た。昔の光景だ。もう二度と来ない幸せな日常だ。
そうか、これは俺の思い出。さっきの妖術は幻覚を見せる技だったのか。でも、この日は、最悪な日だった。
一兎「!?空間が歪んで・・・」
その瞬間、時間が進んで、最悪な場面へ切り替わる。
一兎(幼少期)「おかーさん?おとーさん?え?どう、して?」
その場面は、お母さんとお父さんが死んでしまった瞬間。そして、兄さんの行方が分からなくなった瞬間。
一兎「もう二度と見たくなかったのに・・・」
その瞬間だけは、思い出したくもなかった。
一兎「そうか、歌恋かれんは俺の記憶を幻覚として呼び起こして、戦意を喪失させるつもりなのか」
実際、俺はまた絶望をしている。あの日と同じことを繰り返されて、絶望しないわけがない。それでも
一兎「戻らないと、歌恋をもとに戻すんだ。俺がどれだけ傷ついても、絶対に・・・」
俺は、持っている二本の剣を杖のようにし、前へ進む。この中は結界のようになっていることが分かった。俺はこの結界の破り方を知らない。しかし、進めば進むほど、俺にとって嫌な思い出がこの結界の中で何度も繰り返し再生される。俺は自分の足取りがだんだん重くなっていることに気づいた。このままだと歩けなくなりそうだ。それも仕方ないだろう。体感時間ではすでに三年くらいは経過している。いつの間にか周辺は樹海から真っ暗な闇の中になっていた。そして、再生される映像も変わったている。それは俺にとっては一番つらいもので。
龍時りゅうじ「一兎、お前は、弱すぎる。もうお前なんていらない。足手まといだ」
ゆき「一兎、お前は友達だと思ってたんだけどな。もう嫌いだよ」
アリサ「一兎君、信じてたのに・・・君はひどい人間だったんだね」
深夜しんや「一兎にはがっかりしたよ。今となっては僕にとって邪魔な存在だ。消えてくれ」
俺の仲間たちが俺に悪口を言ってくる。つらい。もう逃げてしまいたい。その時。
歌恋「イチ兄はもう私にとっての兄じゃない。ただの『怪物』だよ。だからもう・・・終わりにしよう」
歌恋の幻がそんなことを言った。『怪物』おかしくなった歌恋が自分のことをそう言っていたのを思い出す。
一兎「歌恋、まさかお前・・・・」
そうか、歌恋は誰かにそうやって言われたのか。そのせいで絶望して・・・・・・
?「そういうことだよ。よく気づいたね。一兎」
俺が歌恋がああなってしまった理由にある程度の察しがついた時、どこからか、聞き覚えのある声がした。その声は俺が生まれる前から聞いていたような、暖かい声で、その声の主の姿は長い銀髪にきれいな顔立ち。俺はその姿に見覚えがあった。
一兎「まさか?お母さん?」
そう、そこにいたのは俺の母親の魅守霊みかみいちとにそっくりだったのだ。
霊?「そうだよ。お母さんだよ。ずっと一兎の中にいたの」
そのお母さんらしき人は・・・いや、お母さんは俺に話をし始めた。
一兎「俺の・・・中に?どういうこと?」
俺は、疑問に思ったことをお母さんに聞いてみた。
霊「うん。言ってなかったけど、私にもセフィラム能力があってね」
意外な事実だった。いや、そんなことより。
一兎「お母さん、今も生きていたら大体三十歳くらいじゃない?セフィラム能力が発見されたのは今から二十五年まえだぞ。どういうことだよ」
俺は混乱していた。
霊「一兎、私がセフィラム能力のことを誰かに言うわけないでしょ。ま、私は能力が能力だけに、誰にもバレなかったんだけどね」
一兎「その能力って一体どんな能力なんだ?」
お母さんの能力。死してなお俺の中に存在することができていることから単でもない能力であることに変わりない。俺はそれを聞かずにはいられなかった。
霊「うん、その能力っていうのはね、『魂を操る能力』だよ。魂を操るって言っても他の生きている人には干渉できないんだけどね。干渉するのはあくまで自分の魂」
今、気になる単語が聞こえた。
一兎「生きている人ってことは、死んだ人には干渉できるのか?」
俺は疑問をそのままぶつけた。
霊「うん、そういうこと。まあ、正確に言うなら、死んでしまった人の魂の残骸って言ったほうが分かりやすいかな。そういったものに干渉し、未来を視ることができる。魂に時の概念は無いからね。特に残骸ともなれば意思すら持ってない。その魂に未来へ行ってもらってその魂の視点から未来を視る・・・って言っても、理解しにくいかな?そもそも魂なんて存在すら認識してないもんね。まあ、分かりやすく言うと、そこらへんに漂っている魂に未来へ行ってもらって、その子に未来を教えてもらう、ニュアンス的にはそんな感じだよ」
驚いた。そんな能力があったなんて・・・でも、だったらなんで
一兎「だったらなんで、お母さんは死んだの?未来を識っていたんでしょ?」
俺がそう聞くと、お母さんは黙り込んで・・・
霊「今は、保留でいい?いつかは言うから。今は、この状況をどうにかするよ」
と、話を切られてしまった。
霊「さて、ここは一兎の精神の中。そのおかげで私もこうして生前の姿でいられるわけだけど。ここを脱出する方法を考えないとね。て言っても、方法は分かってるんだけどね」
お母さんはふざけるように言った。
一兎「なんだ?その方法は?」
俺がそう聞くと、
霊「今、歌恋ちゃんは、一兎のことを拒絶している状態にある。だからこんな幻を見せてきた。でも、まだ結んだ絆がほどけたわけじゃない。それなら自分の『想い』をぶつけてやればいい。幻なんてそんなもんだよ。心が強ければどんな幻もどんな理不尽にも打ち勝てる」
一兎「つまり・・・どういうことだ?」
俺は理解ができなかった。すると、お母さんは俺の手を握り、
霊「一兎の気持ちを、この先の見えない真っ暗闇にぶつけるの。一兎の最大の技にその『想い』を込めればきっと。この闇を・・・この絶望の連鎖を砕けるよ」
お母さんは俺に微笑んだ。この笑顔は本当に懐かしい。
一兎「理屈が分からないんですけど・・・」
俺がそう言うと、
霊「理屈がどうこうじゃなくて、そういうものなの。だから、行ってきて。あ、ちなみに、現実世界に戻っても私は姿を現せないだけで話すことはできるからね。まあ、他の人には内緒にしてほしいけど・・・」
お母さんは俺にそう言った。
一兎「お母さんがそう言うなら・・・うん。やってみるよ。ありがとう。お母さん。俺、頑張るよ」
霊「うん。がんばって。一兎。あなたならできるから。だって私の自慢の息子だもん」
お母さんは満面の笑みを浮かべ、そう言った。
一兎「さてと、歌恋のやつ、一人で抱え込みやがって・・・俺には抱え込むなとか言ったくせに、お前も抱え込みやがって、俺に話してくれればよかったのに・・・」
俺は、歌恋への『想い』を心に刻む。どうして俺に話してくれなかったんだ、と。
一兎「だから、一人で抱え込むなって言ってんだろうが!この馬鹿!『妖術ようじゅつぜん幕引きまくびき 一兎玖錬いちときゅうれん!』お前の抱え込んでるもん、俺にも分けやがれぇええええええええ!」
俺は思いっきり叫び、拳を前に突き出した。すると、俺の『想い』が具現化する。俺が結んだ絆が具現化する。

・・・・・・そして、俺の意識は現実に引き戻される。
歌恋「どう、して?なんで私の妖術が解除されてるの?」
目の前には歌恋が居た。周りを見渡すともともといた高原に戻っていて、後ろでは月夜見さんが戦っていた。現実では数分も経っていなかったようだ。
一兎「どうして、か。答えは簡単だ。お前を助けに来ただけだ」
歌恋「助ける?何を言って・・・」
すると歌恋の目から涙がこぼれ落ちる。
歌恋「なんで、涙が・・・?」
歌恋自身も驚いている。なら俺ができるのはただ一つ。俺の『想い』を具現化させ、歌恋にぶつけるだけ。今の俺なら結んだ絆を見失わないはずだから。
一兎『秘守術ひかみじゅつ天地人ノ道てんのみち千変万化ノ結せんぺんばんかのむすび!』