第三十七話:―三章―メイド・イン・ワンダーランド

―MELISSA'S VIEW―
 颯真様がセフィラムエネルギーを使わずにセフィラム能力を発動していることに気づいた犬兎様は、颯真様がセフィラム能力を自身が保有している神の力によって発動させているという推測を立てた。その理論が正しいなら、神の力を保有している私もセフィラム能力が使えるはずだ。
その可能性を知った時、私は自分のセフィラム能力が何なのか、考えた。考えて、考えた末に、私は一つの結論にたどり着いた。
何故、私に颯真様のオリジナルによる時間停止が通用しなかったのか、何故、この世界でも私の魔術は通用したのか。そして、これはずっと黙っていたが、私には、フレイヤ様の時間停止も、通用しなかった。それは何故か。
これなら、全てに説明が付く。
 「…何も起きないじゃないか。」
「やっぱり、君でも俺の世界からは抜け出せないよ。だから、このまま、この世界で俺と一緒に…!」
妖怪と大谷は何も起きていないと勘違いしながら、こちらへと歩を進める。
「生憎ですが、貴方のお飯事おままごとに付き合ってる暇はないんですよ…!」
私は今からこのふざけた世界ワンダーランドを破壊する。

「『夢見之魔皇ワールド・ロード』……《ドリームブレイカー》!」

次の瞬間、世界にヒビが入り、瓦解し、はじけ飛ぶようにして景色が夜明けの空に。

「ぐっ…がぁあああああああああああ!」
大谷は絶叫し、崩れ落ちる。
「な、大谷!?なんだ?何が起きて…」
妖怪も困惑しており、相当に焦っているようだった。
 『夢見之魔皇ワールド・ロード
特定の能力や力に対して対策を作る能力。発動中、私はいかなる力の影響も受けない。
そして、《ドリームブレイカー》は、一定範囲内のセフィラム能力を完全封殺する能力。発動中であれば強制解除され、セフィラム能力による影響も完全消滅する。
更に、発動状態を維持しているのであれば、使用者にも多大なるダメージが襲う。その能力の規模が大きければ大きいほど、そのダメージは大きい。
 「…あら、颯真さんにメリッサさん。お元気そうで何よりです。」
「よかった…二人とも、無事だったんだね。」
声のする方を見ると、雪無様と、カプリス様が立っていた。周りを確認すれば、ここは公園であることが分かる。ちゃんと、現実世界に戻ってこれたのだと私は胸を撫でおろす。
「…まさか、セフィラム能力が強制解除されたとでも言うのか…!?」
「ええ、その通りですよ。《ドリームブレイカー》は対セフィラム能力の技。発動中、この範囲に居る限り、セフィラム能力は使えません。」
私がそう言いながら近づくと、妖怪は血の気が引いたような表情を浮かべて一歩ずつ下がる……が、
「はっ!かかったな!妖術、第漆幕、爆炎大噴火!」
その刹那、私の頭上から大量の炎の玉が降ってきた。これを避けるのは普通であれば難しいだろう。だが…
「…甘いんですよ。『夢見之魔皇ワールド・ロード』…《ドリームメイカー》!」
私が能力を切り替えた瞬間、その炎の玉は一つ残らず消滅した。
「なっ…これ…は……」
《ドリームメイカー》は、一定範囲内にいる妖怪から妖力を吸収する技。この範囲内では妖術は発動できず、発動した技は妖力となり霧散する。そして、吸収した妖力は私の魔力に変換される。
ここまで来るとハチャメチャなチート能力でしかない。だが、『理論武装』と同様で、私の能力にも弱点がある。
「あれ…俺、能力が使えるぞ…!いっけぇ!ミノタウロス!」
大谷は立ち上がり、天に向かって叫ぶと、ミノタウロスを複数出現させた。
 そう、私の能力の弱点は、一度に対策できるのは一つだけということだ。だが、忘れてはいけない。この場にいるのは私だけではないということを。
「図体だけデカくても、所詮は実体のある幻にすぎないんですよ?」
そう言って私の横を駆け抜けたのは、雪無様だった。彼女は低い姿勢のまま抜刀すると、空高く跳躍し…
「佐倉一刀流………」
ミノタウロス一体の頭上から急降下して複雑な剣戟を繰り出した。
「―――決意正義。」
そして、その巨体を細切れにした。
「それにしても数が多いですね。」
雪無様が単独でミノタウロスの群れへ突っ込むのを見て、私は能力を切り替えようとした。だが……
「…?」
私のスカートの裾を何かがちょいちょいと引っ張った。
下を見ると、黒髪の犬兎様が寝そべっていた。
「メリッサ…その剣……『魔剣ディソナンス』っていうんだけど…実は、魔力を注いだり、吸収したりできるんだ。その状態をうまく利用してみて…」
そう言うと、再びバタリと倒れた。
「なるほど…いいことを聞きましたね。それでは早速…」
私は《ドリームメイカー》によって手に入れた魔力を全て『魔剣ディソナンス』に注いでみた。すると、その刀身は綺麗な青色に輝き始めた。
「おお…これは壮観ですね。であれば、こうしてみましょう。」
私は雪無様に当たらないように目標を定め、剣を横に振り抜く。
「名付けて…『魔皇ノ剃刀まおうのかみそり不協和和音ディソナンス』!」
空を斬った刀の軌跡が半透明の青い光の斬撃となって一直線に高速で突き進む。
その斬撃は……数体のミノタウロスの頭を消滅させた。
「おお……すげえな……『理論武装』。」
しれっと私の隣にいた颯真様は私のせいで強制解除させられたセフィラム能力を再発動させる。
「じゃ、俺も犬兎に貰ったこの『廻刀ティルフィング』を試してみるか。」
「どんな能力なんですか?」
私がそう尋ねると、颯真様はフッと笑い…
「まあ見てろって……!」
右腕を大きく振りかぶり、その手に持っていた剣を思い切りぶん投げた。
すると、その剣は妙な軌道を描き、ミノタウロスへ次々と攻撃を当てていく。撃破までは至らないが、全てのミノタウロスにダメージを与えた。
「なるほど…狙ったところへ飛んでいく…という能力ですか。とんでもないですね。」
ティルフィングは仕事を終えると颯真様の手元に戻ってきた。
「まだまだ…こんなんじゃないぞ。俺の新技は。『創造:妖怪武装の法則』……あ。」
颯真様は自信ありげな顔を浮かべて何か技を口にしていたが、何も起きなかった。颯真様はバツが悪そうな顔を浮かべながら、私の顔を見て…
「…あの…妖力…使えるようにしてもらっても……?」
「あ、申し訳ございません。能力を解除しますね。」
困った表情で下手に出る颯真様。私はその様子を見て慌てて能力を解除した。
「よし。今度こそ……蛟竜、出番だ!」
颯真様が声高らかに叫ぶと、颯真様の横に小さな龍のような蛇のような魚のような何かが現れた。
「主殿、ようやく我をお使いいただけるのか?」
その小さな龍の声は凛々しく、口調は従者のようだった。まずい、従者ポジションが奪われてしまう。
「ああ、早速役に立ってくれよ?『水颯アクアリウム』!」
彼がそう叫ぶと、青じろい焔のように、颯真様の全身から水が湧き起こり、それが水でできた青い宝石のような鎧となる。両肩から一つずつ、背中からは左右に一つずつ青い蛇のような首をあらわにして。
おそらく、先ほどの蛟竜と呼ばれた存在を鎧として纏うことで水の力を手に入れた…という感じだろう。
だが、その反対側で動こうとする影が一つ。
「…妖力が使えるようになっている…今なら…!妖術、第拾幕!」
私の能力を解除したということは、向こうの妖怪も妖術を使えるということ。このタイミングに乗じて、妖怪は颯真様の方へ跳びかかろうとするする。
「お前の方から来てくれるとはな、獄炎。妖術、第拾幕…」
颯真様は立ち止まったまま跳びかかってきた妖怪を見上げる。
「炎龍乱舞!」
「水龍乱舞。」
感情的になりながら無数の炎の龍の首を解き放つ妖怪に対し、余裕をもった佇まいで無数の水の龍の首を解き放つ颯真様。
「…だめ押しだ。『シャドウ・アルケミー』……『セオリー・レッド・ダイヤモンド』!」
颯真様は一瞬で赤い鎌を作り出し、横に薙ぐ。
「グッ……ぅあああああ!妖術、第陸幕、火竜巻ほのたつまき!」
直撃の瞬間、妖怪は全身に炎の竜巻を発生させることで無理やり耐えようとしたらしい。耐えきれず吹き飛んでしまったが。
「さて…そっちは片付いたか?雪無。」
颯真様が声をかけた瞬間、ドサドサドサッという沢山のものが倒れる音がした。
「――佐倉一刀流…虚無破滅。」
目を向けると、ミノタウロスが消滅する様子を背に向け、静かに納刀する雪無様がいた。
「どうやら、要らぬ質問だったようですね。」
「だな…雪無、臨戦態勢は取っておいて欲しいが、こいつには手を出すなよ?こいつは俺たちが裁く。」
どす黒さを孕んだ声で颯真様がそう言うと、雪無様は無言で、倒れている犬兎様を庇うようなポジションに立ち、抜刀の構えを取る。
「さて大谷。次はお前の……っと。」
颯真様は大谷の方へ顔を向け進もうとするが、体がふらついてしまう。大技を撃った反動だろう。
「…チッ。能力解除するか…メリッサ、もう一回さっきの頼む。」
「あ、はい。」
颯真様の顔から模様が消えたのを確認すると、私は《ドリームブレイカー》を一瞬だけ発動させる。この技はセフィラム能力の影響も完全消滅させられるので、これにより『理論武装』の反動も消すことができるのだ。
「気を取り直して…行くぞ、メリッサ。カオスな貌を…」
「はい、颯真様。鮮やかな夢を…」
私たちは顔を見合わせて、大谷へ決め台詞を吐いた。
「見せる時間だ。」
「見せる時間です。」
私たちは同時に駆け出す。
「くっ…うあああああああ!中二病の本気、舐めるなよ!」
今度は巨大なドラゴンが翼を羽ばたきながら目の前に現れ、私たちは滑るように足を止めた。
颯真様の『セオリー・レッド・ダイヤモンド』と私の『夢見之魔皇ワールドロード』による負荷ダメージが蓄積されているはずなのに、ここまで抵抗できるのは本当にスゴイと思う。そんな熱意で好意を寄せられても鬱陶しいだけだが。
「ドラゴン?関係ない。メリッサ、合わせろ。」
「はい。不完全魔術回路構築、レベルⅪ…『ロストオーダー』!」
同時に、
「『フィーニス・ガザニア』 スラッシュ 極限魔術回路構築……!」
颯真様は廻刀ティルフィングを左肩の蛇に噛ませ、自身は黄金の大剣…『フィーニス・ガザニア』を召喚する。
「失せろ!」

―――イクストリーム・ロードナイト―――!

颯真様の最高火力の魔術。
大剣を振り下ろし、その切っ先からバラ色の結晶が生成され、前方へ向かって勢いよく伸び進む。そして遂には、結晶が無数の龍の首のような形に分裂し、巨大なドラゴンを喰らうように襲う―!

「……で、やりたいことはこれだけか?」
数瞬前までドラゴンがいた場所には、巨大なバラの花びらのような結晶が降り注いでいるだった。
そして私たちはゆっくりとにじり寄るように大谷へ近づく。
「くっ…来るな!」
大谷はすっかり尻もちを付いていた。私たちとのの距離がだんだん縮まっていく。その時。
「大谷!ここは引くぞ!」
先ほど颯真様に吹き飛ばされた妖怪がおぼつかない足取りで大谷の元へ駆け寄る。
「妖力全開放!妖術、第玖幕、火具土命ノ憤怒かぐづちのふんど!」
なけなしの妖力を全開放し、炎の壁で目くらましと防御を図る。
「逃がさねえ…」
颯真様は廻刀ティルフィングを再び自身の手で握り、そこに妖力と魔力を込める。
「炎は鎮火しねえとな!妖術、幕引き スラッシュ 魔術回路構築!」
そして、廻刀ティルフィングを思い切り投げた。
「アクアマリン・チェックメイト!」
青い結晶を纏った短剣は水妖術の激流を纏いながら回転し、突き進む。その刃は、炎の壁をいともたやすく切り刻んだ。
「なっ……!」
目くらましも意味を為さず、逃げ出しかけた二人を私は見逃さない。
私たちの関係を引き裂こうとしたこの二人を、絶対に許してはいけないから。
「私の幸せの為に…いつの日か、私が笑えるように…!誰にも私の…私たちの幸せを否定させない!」
私は怒りを込めて不完全魔術回路を構築する。あまりにも危険すぎて、仲間を傷つける可能性があったせいで単体では使えなかった魔術。『レベルⅤ クロスランナウェイ』を。
 ――颯真様、『桜彩さあや』様、お二人の技、使わせてもらいます。

「『夢見之魔皇ワールド・ロードスラッシュ 不完全魔術回路構築レベルⅤ!」

真っ青な宝石が大量に出現すると、それらは暴れまわる。これは制御しきれなくなった攻撃魔術。火力だけで言えば『カラミティ・エメラルド』以上の破壊力を持つ。
「なんだこれは!妖術では防ぎ…きれ…」
「いや、俺の妄想で防げば…!」
「無駄だ。『理論武装』…『創造:決め技の法則』。」
横で声が聞こえた。自身と同等以上の戦力を持った存在が二人以上共闘することで大技の火力を底上げする法則。その為に雪無様を臨戦態勢にさせたのだ。
「では、貴方の幻燈も、これで終わりです。」
私は二人の方へ手を翳し、何かを握りつぶすようにして閉じた。

――『ブルーダイヤモンド・ビクトリー』――

大爆発した。目の前で大暴れしていた宝石が。
能力で魔力への対策を行い、魔術から魔力だけを消した。この魔術の特徴である暴走力を残して。それにより、行き場を失った暴走力が大爆発するようにした。
この技は、危険な魔術を対策して行使するという能力の使い方によって完成したのだ。
「私は、颯真様を愛しています。たとえ、私の笑顔も幸せも、術が偽りだったとしても、この気持ちだけは本物のはずだから。」
目の前の爆発を見ながら、そう言い残した。

―SOUMA'VIEW―
メリッサが起こした爆発により、戦いは幕を下ろした。
完全に伸びきった大谷と獄炎は、雪無が呼んだ組織のメンバーが連行していった。いろいろな工作をした上で手続きをし、しかるべき機関へと送られるはずだ。
フレイヤは、メリッサが異世界を崩壊させた辺りから姿を消していた。何がしたかったのだろうか。
「二人とも、お疲れ様。大変…だったね。」
カプリス様が俺達に近寄り、微笑む。
「まあな。カプリス様も、俺のヘルプコールに気づいてくれてありがとな。」
「うん。役に立ててよかった。」
くしゃっと笑うカプリス様。俺たちの役に立てたのが嬉しいらしい。
「にしても颯真、お前、髪型どうしたんだ?ハーフアップなんかにして。」
動けるようになったらしい犬兎が俺の後ろから肩を叩く。
「ん?ああ、獄炎にヘアゴムを燃やされたから、代わりに持ってた組み紐で結っただけだが?」
本当の理由は別にあるが、わざわざ言う必要もないだろう。
「そうか…なんか、女の子っぽくて可愛いな。」
犬兎がクスっと笑う。その瞬間…
「――痛っ!せ、雪無さん…!何するんですか!?」
どうやら雪無が犬兎の足を蹴ったらしい。犬兎は体勢を崩して転んでしまう。
犬兎に悪気はなかっただろうが、雪無は事情を知ってる側だからな…仕方がない。
「ま、まあ…とりあえず、今日はここにいる皆で食事しませんか?久しぶりに料理できるので、たくさん作りたいんです。」
雪無が険悪なムードにする前に、明るい声でそう言うメリッサ。すると皆の表情はパアっと明るくなる。
「いいですね。そうしましょう。」
「メリッサの料理か…確かに久しぶりだし、俺もお邪魔しようかな。」
「なら、私も…ご馳走になるね。」
口々にそう言う皆。メリッサのおかげで、皆が笑顔になった。
今はこれでいいんだ。メリッサの周りが笑顔なら。
きっといつか、メリッサも本当に笑えるようになるはずだから。

 ――さて、三回忌も逃したし、どうしようか。そろそろ、打ち明けるべきなのだろうか。メリッサも知らない、この過去を。