第三十三話:戦車・三

―SOUMA'S VIEW―
 「おーい!二人ともー!武器、買ってきたよ!…って、その人誰?」
大剣と片手剣を抱えて俺たちのもとへ駆け寄ってきていたオーガが、フレイヤの顔を見て困惑するように足を止めた。
「私はフレイヤと申しますわ。つい先ほどウッドクラスになった駆け出しの冒険者といったところですわね。」
柔和な態度でそう言うフレイヤ。対して、少し困惑気味のオーガは、
「そ、そうなんだね。もしかして、颯真たちの引率をしてくれる感じかな?」
とフレイヤに尋ねた。
「その通りですわ。とてもお似合いのカップルさんをお見掛けしたので、僭越ながら、お手伝いして差し上げようかと思った次第ですわ。」
「そっか。俺は手伝えないから、二人のことをよろしく頼むよ。」
二人の会話を見ていてどこか不自然に思った俺は、
「お前、そんなに驚いてどうした?フレイヤが何かおかしいのか?」
ド直球に聞いてみた。
「い、いや、正直、こんなに早く引率の人を見つけてくるとは思わなかったから、驚いちゃって。普通は丸一日かけて見つけてくるもんだからさ…」
その言葉の後に「君たちすごいね~」と付け足し、苦笑する。
「それで、人は揃いましたが、これからどうしますか?」
メリッサがそう聞くと、さっきまでの狼狽えようは無かったかのように、オーガはシャキッとしてある方向を指差す。
「ほら、あそこにある掲示板から、好きな依頼を選ぶんだ!ランク不問って書いてある依頼書を探して、それを受付に持っていけば、依頼を受けたことになるから、そのまま現地へ直行するって感じだよ。」
「なるほどな。最初のオススメはあるか?」
俺がそう聞くと、オーガは少し考えた後に、掲示板へ向かい、一枚の紙を取って来る。
「これならいいんじゃないかな?スライム退治!」
と言って俺にその概要が書かれた紙を手渡してくる。
「なるほどな。じゃあ、これにするか。お前らもいいよな?」
俺は概要を読みながら俺の後ろにいる女性陣に言った。
「颯真様がよろしいのでしたら、私に異論はありません。」
「私もありませんわ。」
二人も納得しているようだったので、早速その紙を受付に持っていき、依頼を開始するのだった。

 スライム退治は順調だった。アチュートスから少し離れた森に行って、三十匹倒すだけの簡単な仕事。オーガに貰ったモンスター図鑑もあるし、迷う要素は何一つない。
スライムの見た目は想像していた通りで、水色のぷよぷよした何かがナメクジのように歩いたり、スーパーボールのように跳ねたりしているだけの有象無象。
素手の犬兎よりも弱いんじゃないかと思わされる。
また、倒すと魔石と呼ばれる赤色の宝石みたいなものを落とすため、それを目標数確保して持っていけばいいらしい。
 だが、この作業にも正直飽きてきた俺は、フレイヤに話しかける。
「…そういえば、さっきオーガと話しているときは流れでお前に合わせたが、お前がこの世界の住人じゃないっていうのは黙ってた方がいいよな?」
「ええ。そうしてくださると助かりますわ。」
フレイヤは魔石を拾いながらそう答えた。
「にしてもフレイヤさんはいつからこの世界にいるんですか?いくら依頼を一つ受ければいいとはいえ、ウッドクラスになるのが早すぎませんか?」
メリッサがそう聞くと、フレイヤは動きを止め、俺たちに向き直る。
「そうですわね…私のセフィラム能力、『完全結晶パーフェクトクリスタル』のおかげではありますが。それと、無理やりその辺の冒険者を脅して引率させたのが大きいですわね。」
素敵な笑顔で恐ろしいことを言うフレイヤに俺は戦慄を覚えた。
「まあ、後半には目をつむるとして…お前の能力ってなんだ?」
俺がそう尋ねると、フレイヤはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにニヤリと微笑み、手に持っていた魔石を軽く上に放り上げた。
「それでは、この魔石を見ていてくださいまし。」
と言ってフレイヤは指をパチンと鳴らす。すると…
「…空中で、止まった…ようですね。」
メリッサの言う通り、魔石は地面に落ちず、宙に留まった。
「いや、止まった…というより、固定された…?」
俺がそう呟くと、
「近いですわね。」
と言い、その瞬間に姿を消した。
「なっ…」
フレイヤは俺の後ろにいる。この一瞬で、背後に回った…ということだ。これも同じ能力だというのだろうか。
「私の能力は、ありとあらゆるものを結晶させる能力ですわ。物体であろうと、概念であろうと…私はどんなものも結晶させられる。空間と物体を結晶させて空中に留まらせたり、時間自体を結晶させて、時間停止まがいのことをしたり……まあ、結晶というよりは、先ほど颯真さんが仰ったような、固定や停止の方が近いですが…。一応、破壊されたものを元に戻すことなんかもできますわ。」
「普通にチートですね。」
メリッサが呆れたように言葉を口にすると、フレイヤは、
「流石に貴方には負けますわ。」
と、肩をすくめた。
「とりあえず、いざって時には役立ってもらうぞ。」
「ええ、もちろんですわ。」
 そんな会話をしているうちに、目標の数の討伐が完了した。
「お疲れ様です。お二人とも。」
メリッサがビーフジャーキーを俺たちに渡してきた。
「…これって…」
「はい、メイド服の中に入っていた非常用のストックです。」
つくづく運がいいと思いながら、メリッサお手製のビーフジャーキーを嚙みちぎる。
「やっぱうめえな、これ。」
「恐縮です。」
メリッサは頭を下げた。
「さて、この冒険者生活をこれから始めて行ってもいいですが、お二人はこの世界の違和感についてはお気づきですか?」
近くの木にもたれながら、フレイヤがそう切り出した。
「…ありすぎってくらいには。」
「むしろここまで来たら疑うなってくらいにはおかしいですよね。」
俺とメリッサは互いの顔を見合わせて苦笑する。
「ただ問題は、ここも一つの世界ってことだ。ルールが厄介すぎる。」
「魔術の優先度…ですわね。モンスターはおろか、人間にも効かないというのはかなりの痛手では?」
そう言うフレイヤは俺の思考を見透かしているかのように微笑んでいた。
恐らく、この場にいる誰もが理解している。この『世界』に対して唯一メタれるのは俺のセフィラム能力だ。反動がデカい分、考えて使うべきだが。
「まあいい。とりあえず、これを納品しに行くぞ。」
 考えていても仕方がないので、俺は魔石が入った袋を持ち、街の方向へ足を進めようとした。
その、刹那だった。
「颯真様!危ない!」
俺の真上から、巨大な何かが落ちてきたのは。
「――ッ!」
俺は瞬時に地面を蹴って、転がるようにして回避する。だが、そいつが落ちてきたときの振動をモロに喰らってしまい、体が痺れる。
「こいつ……は…」
巨大なウシのような印象を受けるが、二足歩行かつ、頭には巨大な二本の角があった。また、両手には巨大な戦斧を持っている。こいつはオーガに貰った図鑑に書いてあった。名前はたしか、ミノタウロス。
「分かりやすいイベントですわね。まるで異世界マンガのようですわ。」
「そんな悠長なことを言ってる場合ではありませんよ。」
女性陣は緊迫してるのか緩く考えているのか分からない。だが、全員が超警戒態勢なのは同じだ。
「…この弱い大剣で何ができるか…」
「それを言い出したら、私は動きを止めることしかできませんわよ。そこそこ制限もあるので、永遠には無理ですし。」
「颯真様の持っている大剣で傷がつけられなかったら大ピンチですからね?」
俺たちはそんなやり取りをしながら、ミノタウロスの動きを見定める。
「分かった。じゃあ、こうする。『ガーネット・エクスキューション』。」
俺は足に真紅の結晶を纏い、走り出す。
「なるほど。それでは、『完全結晶パーフェクトクリスタル』。」
そして、ミノタウロスの動きは完全に止まり、
「ダメ押しの一手です。不完全魔術回路構築、レベルⅪ…ロストオーダー!」
メリッサが俺の魔術を制御不能レベルまで強化させる。
「普通にこれヤバいな……まあいい!『真紅之斬撃バーサーク・ルビー』!」
とてつもない速さでミノタウロスに突撃をする。
手ごたえは…あった………だが、
「なんっ…だ…とぉ!?」
俺の腕を掴み、地面に叩きつけてきた。その衝撃で大剣が壊れてしまう。
「…あの一瞬で私の能力を解除、且つ斧の耐久を犠牲に耐えましたわね……」
フレイヤはそう言うと、何かに気づいたように息を飲む。
「なるほど、状態異常に耐性がある感じですわね…」
彼女は頬に冷や汗を流しながら言った。
「…非常に厄介ですね。」
そう言うメリッサは動こうとしない。よく見ると、彼女の剣にはヒビが入っていた。軽くスライムを斬っていただけだが、普段とは違う得物であるため、力加減が分からなかったのだろう。
「…俺がやるしかないか……無貌結晶。」
俺は両手両足に赤い結晶を纏い、肉弾戦を試みる。
「グルルルル…!」
唸り声を上げながら俺に突撃をするミノタウロス。俺はそれを右に避け、その勢いを利用して奴の脇腹に回し蹴りを繰り出す。
だが…
「くっ…!がぁぁああ!?」
俺の足は掴まれ、再び地面に叩きつけられる。
「颯真様!」
普通であればもう死んでいるだろう。こうなったら仕方がない。
光を失った『結晶を喰らうもの』でどこまでやれるだろうか。
俺の体は巨大な黒い結晶の龍となって、ミノタウロスの前に立ちふさがった。
「さて、我慢比べだ。」
俺はミノタウロスと取っ組み合いを始める。力は五分といったところだが、光を吸収できていない分、こちらの分が悪い。
だが、根性で負けるわけにはいかない。俺はなんとか踏ん張り、ミノタウロスを押し込もうとする。
「このまま…ぶっ飛べ…!」
「危ない!」
押し込めると確信したその時、メリッサの叫ぶ声が聞こえた。
「…は?」
その理由はすぐに分かった。俺の真上に巨大な黒い影が現れたのだ。
「ミノタウロスが…もう一体…?」
俺は背中から巨大な斧の斬撃を浴びてしまい…
「ぐっ…」
俺は人間態に戻ってしまう。
「…颯真さん、大丈夫ですか?今、傷口を結晶させますわ。」
フレイヤとメリッサが俺の傍に駆け寄り、ミノタウロスから俺を守ろうと囲む。
「……いや、いい。まだやれる。」
「颯真様、一体何を…」
「『理論武装』…」
俺の頬に熱がこもる。模様が浮かび上がった証だ。
「颯真さん、今使うのは…!」
俺は無理やり体を起こして、空高くへと跳躍する。
「…『シャドウ・アルケミー』、『セオリー・レッド・ダイヤモンド』!」
赤い宝石の大鎌を作り出し、それを振り下ろした。
「よりにもよってその技なんですの!?」
フレイヤが嘆くような叫びを上げたが、もう止まれない。
垂直に振り下ろされた赤い斬撃は、ミノタウロスを一体真っ二つに斬り裂いた。
「よし、これであと一体。」
俺はメリッサたちを庇うようにもう一体のミノタウロスの前に出る。
「『創造:優先度変更の法則』……」
魔力消費量を二倍にすることを条件に、この世界で魔術が最優先されるようにした。
「さて、これで一気に決める……『カラミティ・エメラルド』…」
俺は右足に緑色の結晶を纏う。そして、もう一度跳躍し、ミノタウロスの脳天めがけてかかと落としを繰り出す。それに対して、
「――グァアオオオオオ!」
耳をつんざくような咆哮と共に斧の切っ先が俺の体へ迫る。どっちが先かの勝負。
演算結果は………俺の方が一手遅い。
「チッ…」
俺は斧による一撃を受け、百メートルほど吹き飛ばされた。
「颯真様!」
俺は立ち上がる。ほぼ無傷だ。間に合わないと分かった瞬間に鎌で攻撃を受け止めたのが功を奏したらしい。
「普通に厄介だな。ま、やりようがないでもないが。」
俺はその距離から座標を定め、
「『ファンタズム・アメジスト』!」
紫色の結晶による斬撃をミノタウロスの周りに出現させた…だが、
「――グルァァアアアア!」
無理やり抜け出し、俺の方へと走ってきた。
「なに…?効いていないのか?」
『理論武装』の法則創造で魔力による攻撃を最優先にしたはずだが、そんなものはなかったと言わんばかりにミノタウロスは加速する。メリッサたちに目もくれず。
「また俺狙いかよ……創造:『諸刃の法則』!」
ここまで来たらやけくそだ。自身の残存魔力を九割注ぐことで、その分火力を飛躍的に上昇させる法則。
『メリッサ!もう一回頼む!』
脳内でそう言った次の瞬間、俺の体が『ロストオーダー』で再び強化される。
「これで…!」
俺は、突進してくるミノタウロスめがけて大鎌を振りかぶる。演算でミノタウロスの動きを予測。相手がどんな動きをしても、攻撃は当てられる。俺は勝利を確信した。しかし…
「あ……?」
俺はガクリと膝をついた。体から力が抜けたのだ。
無理やり動かそうとすれば動く。ミノタウロスはおそらく倒せる。だが、体が警鐘を鳴らしている。このまま攻撃をしたら、まずい…と。
「…『完全結晶パーフェクトクリスタル』。」
俺が攻撃を躊躇った瞬間、視界に映るものが変わり、俺は座り込んでいた。先ほどまでいた場所から五〇メートルくらいは離れたところだ。恐らく、フレイヤが運んでくれたのだろう。
「まったく…ご自分の能力くらいしっかりと把握しておいてほしいものですわね。」
フレイヤが呆れたように息を吐いた。
「さて、私に言わせてもらうと、このまま撤退した方が身のためだとは思いますわ。どうやら、魔術に対する防御力も上げているようですから。」
フレイヤは先ほどまで俺がいた位置からこちらを睨みつけているミノタウロスを見ながらそう言った。
「ですが…世界の主に私たちの実力が低いと思われるのも癪ですわね。それに、この件の黒幕を引っ張り出せないかもしれません……さあ、どうしますか?」
と、俺の方ををチラリと見る。すると、
「…であれば倒すしかありませんね。」
不意に、背後からメリッサの声が聞こえた。
「メリッサ…?」
「大変申し訳ございません、颯真様。この手段は使いたくなかったのですが…」
メリッサは俺の正面に回ったかと思えば、抱擁するようにして俺の体を押さえつけた。そして、俺の服の右肩側をはだけさせ、そこへ顔を近づける。
「…いただきます。」
何かが右肩に突き刺さる痛み、それが少しの間続き…
「…っはぁ……やっぱり美味しい。」
そう呟いて、メリッサは俺の体を解放した。俺はその瞬間に気づく。俺の右肩からは赤い液体が流れ、メリッサの口元には赤い液体が付着しているということに。
メリッサは口元の赤い液体を舌でゆっくりと舐めとると恍惚とした笑みを浮かべ、いつもの決め台詞を得意げに言った。
「さて、鮮やかな夢を見せる時間です。」

――『血気解放けっきかいほう』――