第三十二話:戦車・二

―SOUMA'S VIEW―
 俺たちはオーガの案内でアチュートスの門をくぐった。するとそこに広がった景色は…
「…テンプレみたいな異世界だな。」
中世ヨーロッパ風の建物が並ぶ、ライトノベルの世界でよく描かれるタイプの街だった。
「ようこそ!ここが冒険者の街、アチュートスだ!」
オーガは意気揚々と俺たちの方へ振り返り、街を見せびらかすかのように両腕を広げた。
「思っていた以上に治安は良さそうですね。」
メリッサが街を見渡しながらそう言った。
確かに、鎧やローブを身に纏っている人達の姿が目に入るが、粗暴という印象はなく、見た目さえ無視すれば、普通に日本の街を見ている気分だ。
「てっきり冒険者なんて粗暴な連中が多いと思っていたが…」
俺がそんな言葉をこぼすと、オーガは苦笑いを浮かべる。
「ま、まあ、そういう人は確かに一定数いるんだけど…この街は冒険者の数が多いせいもあって、ギルドの取り締まりが厳しいんだよね…何か問題を起こした瞬間、即資格剥奪…って感じでね。」
「なるほどな…」
そういうことであれば納得できる。冒険者というのも職業の一つである以上、職を失うのは当人たちにとっては絶対に避けたい事柄だろう。
「あ、そうだ!二人とも、ギルドに行ってみる?」
オーガが両手を合わせながらそう提案してきた。
「ギルドに行って何をするんですか?」
メリッサが尋ねると、
「もちろん、二人を冒険者登録するんだよ!冒険者なら、身分とかなくてもなれちゃうし、もしかしたら冒険の最中で元の世界に戻れる何かを見つけられるかもしれないでしょ?」
と、オーガは説明した。
「まあ、この世界のことも知りたいと思っていたところだから、俺としては悪くない提案だが…」
俺はメリッサに目配せをした。
「…そうですね。颯真様の危惧していることも分かります。私たち、この世界だと戦闘力が大幅に制限されますよね?そうなると、戦闘がいつも以上に危険ですからね。」
魔術は使えない。自身に対するバフくらいなら問題はないだろうが、魔術主体の俺とメリッサは大分やれることが狭まる。
あと使えるのは、面倒なリスクがあるのセフィラム能力理論武装と、俺たちの神話生物的能力くらいだ。『結晶を喰らうもの』ならリスク無しで優位に戦えるだろうが、アレの欠点は図体がデカいことと、その体に十分な光を吸収しなければ火力や硬度に期待できなくなるという点だ。そもそも、それでも、人間と戦う分にはそうそう負けないだろうが。
「はあ、メリッサのためとはいえ、光を全放出したのがここで裏目に出るとはな…」
「なんか、ごめんなさい…」
つい口にしてしまった俺の言葉を聞いたメリッサが申し訳なさそうな顔を浮かべる。俺はそんなメリッサの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「はあ、俺の迂闊さが問題なんだから、お前が気にすることじゃない。これは結果論だ。お前が今も『此処』にいるってことが何よりも大事なんだから。」
俺がそう慰めると、メリッサは少しだけ口角を上げ、
「…ありがとうございます。」
と上目遣いで言ってきた。
「さて、結論を出さないとな。正直、俺はメリッサが大丈夫なら、冒険者として動くのもアリだと思ってる。」
俺が切り替えてそう言うと、
「そうですね…私の方は…何とかなると思います。この世界でも使える魔術を、颯真様よりは扱えますので。」
と、真剣かつ挑発的に言ってきた。俺は少しそれがうれしくも感じ、
「…言うようになったな。」
つい、微笑んでしまった。だが実際問題、俺は結晶魔術しか使えない。この世界で通用する魔術がバフ系統や間接的に作用するものだとするなら、高速移動ができるようになる『ガーネット・エクスキューション』くらいしか俺にはない。
対してメリッサは『オルトロス』が把握している魔術はすべて扱える。
「なら、決まりだな。よし、オーガ。待たせたな。」
俺はオーガに声をかける。
「相談は終わったんだね。じゃあ、どうするか教えてよ。」
「ああ、俺たちは、冒険者になるぞ。」
そう俺は言った。

 「では、こちらがライセンスカードになります。」
冒険者登録自体はスムーズに終わった。
西部劇で見たことがあるような木造の内装。そこは酒場も兼ねているようで、テーブルとイス、そして呑んだくれの冒険者らしき人たちが跋扈している。
そんな活気あふれるギルドの建物の中で、俺たちはオーガの手を借りながら冒険者登録を済ませ、受付嬢からライセンスカードと呼ばれるものを渡された。
「説明しますと、冒険者には等級がございます。貴方達は『ペーパークラス』。一番下のクラスですね。ここから依頼をこなしていくことで、順に『ウッドクラス』、『スチールクラス』、『ブロンズクラス』、『シルバークラス』、『ゴールドクラス』、『プラチナクラス』というように上がっていきます。最上位のプラチナクラス程となると、数えるほどしかいないほどの栄誉ある称号となります。ちなみに、お二人を案内してくださったオーガさんは、ゴールドクラスなので、とてもすごい方なんですよ?」
受付嬢がそう言い、俺たちが少し離れた机に着いて俺たちの様子を見ていたオーガの方を見る。するとオーガは俺たちに向けてピースサインを見せた。
「あいつ、強かったのか。」
「そのようですね…身のこなし的にそこまで強い印象は受けませんでしたが…」
俺たちがそんな疑問符を浮かべている間にも説明は続いた。
「ペーパークラスの間は、どなたかウッドクラスかスチールクラスの方に引率してもらう必要がありますので、ここにいる人たちに声をかけてみてください。」
「…ゴールドクラスはダメなのか?」
俺がそう尋ねると、
「申し訳ございません。お二人の実力がどれほどのものかは存じ上げませんが、等級差がありすぎると、依頼を引率の方に任せきりだったという印象が強くなりますので…」
「…それもそうか。いや、気にするな。こっちで誰か探してみるさ。」
俺の返答に受付嬢は頭を下げた。
「そうですか。ご理解いただき感謝します。」
そして、俺たちはもろもろの説明を聞き終え、オーガの方へ戻った。
「手続き、終わったぞ。」
「そうみたいだね。お疲れ様!…と言いたいところだけど、引率の人を見つけないとだよね?」
そう言うオーガは、困ったような顔を浮かべ、こちらを心配しているように見えた。
「ああ、だが、それくらいは俺達でなんとかするさ。それより、頼みたいことがあるんだが…」
「何?俺にできることなら任せてくれ!」
俺の言葉に、笑顔で頷くオーガ。
「じゃあ遠慮なく。俺たちの武器を見繕って欲しい。」
「それくらいなら行きつけの鍛冶屋があるから、そこでお願いできると思うけど…どんな武器?」
首をかしげながらオーガは尋ねる。
「ああ、一つは耐久力が高い片手剣。もう一つは大剣なんだが…頼めそうか?」
オーガは「うーん」と眉間に皺を寄せたのち、
「よし!頼めるだけ頼んでみよう!」
と自信満々に声を上げた。
「助かる。それじゃあ、俺たちは引率役を探すから、結果が分かったらまたここに来てくれ。」
「ああ!それじゃあ、また後で!」
そして、オーガはギルドから駆け足で出て行った。
「…さて、こっからどうする?メリッサ。これ、だいぶ無理難題だぞ?」
「どうしましょうか…私たちの連携に着いてこれる人が、その低クラスの中にいたらいいんですけど…」
そんなことを俺たちは横に並んだまま言い合った。
それもそのはず。俺たちは連携が完璧すぎる。【共感覚】を抜きにしても…だ。ただの引率にしても、俺たちの連携にある程度適応できる奴がいい。だが、あの言いぶりからして、熟練者レベルは大体ブロンズクラスから上のやつのことを言うらしい。
となると、かなり難しいことを要求されているような気がしないでもない。
「…とりあえず、スチールクラスの方を探しましょうか。」
「そうだな…」
俺たちがそう決めた時だった。
――「どうやらお困りのようですわね。」
背後から女の声が聞こえ、すぐに振り返る。
するとそこにいたのは、メリッサに負けず劣らずの美しい金髪ストレートをなびかせた二十代くらいの女だった。
「…おま…え…は……」
その女の姿を見た途端、動悸が止まらない。身の毛がよだつ。全身がこいつに対して警鐘を鳴らしていた。
「初めましてですわね。【NT-02】さん…いえ、颯真さん…でしたっけ?」
その言葉を聞いた途端、俺の体は女を殴ろうと動き始めた。
その名前を知っているということは…あの実験の関係者。
「急な乱暴はおよしなさい。『完全結晶パーフェクトクリスタル』。」
その瞬間、俺の体の動きが止まった。
「なん…だ…これ…!」
俺が急な出来事に驚きつつも、能力を発動させようとすると、誰かの手が俺の肩に触れた。
「颯真様…落ち着いてください。この方からは敵意を感じられません…!」
メリッサだった。俺はその言葉を聞いてようやくこわばった体を緩めた。
「お諫めいただき、感謝しますわ。」
女はメリッサに頭を下げた。
「従者として、恋人として当然のことをしただけです。それより、貴方から颯真様と同じような気配を感じることについて、教えていただきたいのですが。」
メリッサの瞳は鋭く、警戒の色を見せていた。
「それは当然のことですわ。なぜなら、私、【NT-01】ですもの。」
「は?」
「…なるほど。」
彼女の口から出てきた単語は、俺の一つ前の型番号であることを示していた。
驚く俺に対して納得を示すメリッサ。
「貴方が、最初の成功作…だったんですね。」
と、一人で勝手に理解していた。
「メリッサ、知ってるのか?」
「噂程度ですが。私はよく、二つ目の成功作…と言われてましたし、それに颯真様は記憶が無いかもしれませんが、あの施設ではとある事件が起き、施設中を騒がせていたんですよ。」
「その事件って…?」
俺がメリッサに問うと、代わりに【NT-01】が答えた。
「成功作、【NT-01】が脱走した……という事件のことでしょう?」
そう言う彼女の顔はうざいくらいに得意げだった。
「つまり、お前はあの実験施設が嫌になって、逃げだしたってことか?」
「ええ。その通りですわ。もっとも、そのせいで次の成功作への脱走対策はとても厳しいものになったとお聞きしましたが。」
そいつがそう言いながらメリッサを見ると、メリッサはため息を吐き、
「そうですね。おかげさまで、とてつもなく痛い思いをしましたよ。」
と言った。心なしか、メリッサはもうこいつのことを信用し始めているような気がする。
「とりあえず、お前は俺たちに敵対してる…というわけじゃないんだな?」
俺は慎重になりつつ、そう尋ねる。すると、
「もちろんですわ。ずっと貴方達とはお友達になりたいと思っていたんですのよ?」
「マジかよ。」
「大マジですわ。それに、今回も貴方達に協力しようと思ってこの世界まで着いて来たんですから。」
俺たちに屈託のない笑顔を見せた。
「とりあえず、今は信じておくか…」
そう言ったところで、俺は発言の違和感に気が付く。
「いや待て、お前、『今回も』って言ったよな?お前、いつ俺たちに協力した?」
俺の言葉に、彼女は微笑み、
「ああ、メリッサさんを救出するときですよ。あのクソボケオリジナルさんに接触して、颯真さんのセフィラム能力を覚醒させるように仕向けた…というだけですが。」
と返した。『だけ』と言っていたが、十分な大立ち回りだった。あれが無ければ、俺たちは負けていたのだから。
「はあ…それが本当なら俺、お前に頭が上がらないんだが?」
俺が呆れを孕んだ声を漏らすと、彼女はクスっと笑い、
「頭を下げる必要はありませんわ。だって、友達というのは対等な関係ですから。」
と言って俺に手を差し出し、握手を求めてきた。
「そうかよ。」
俺はその手を取る。正直、怪しいと言えば怪しい。だが、敵意も悪意を感じられない以上、彼女のことを信じるしかないと思ったのだ。
「ああ、そうでした。名乗りがまだでしたわね。私の名前は『フレイヤ・グレイス』。気軽にフレイヤと呼んでくださいな。」
「分かった。じゃあ、フレイヤ、これからよろしくな。」
「ええ、こちらこそ。」
俺たちは目を合わせて互いに口角を上げる。
「話はまとまりましたか?颯真様、フレイヤ様。」
メリッサが俺とフレイヤの間にニョキっと割り込んできた。
「あら、これはこれは…少々過ぎた真似をしましたわ。ジェラシーさせるつもりはなかったのですけれど…」
フレイヤはニヤニヤしながらメリッサの顔を見る。
「ジェラシーして悪いですか?」
メリッサは怯むことなくジト目でフレイヤを睨んだ。恋バナ系統に弱いメリッサがこういうときだけ強いのは本当によく分からない。
「それで、お前は今回、どんな協力をしてくれるんだ?まさか、ウッドクラスかスチールクラスの冒険者だなんて言わないよな?」
俺が冗談めかして言うと、
「そのまさかですわ。」
と勝ち誇ったような顔で返した。
「は?言ってんだお前。」
「…一体、どういうこと…ですか?」
俺たちは互いに困惑した顔を見合わせる。
「これが目に入りませんか?」
そう言う彼女の手には、ライセンスカードがあり、そこには『ウッドクラス』と書かれていた。
「嘘だろ…」
「でも、問題、解決しましたね……」
俺たちが目を見開きながらフレイヤの方を見ると、
「言ったでしょう?私は貴方達に協力するつもりだと。」
自信満々な笑顔を浮かべていた。