第三十話:恋人・三

―KENTO'S VIEW―
 この場所には久しぶりに足を運ぶ。街の外れ、本当に分かりにくい場所。森が近く、草木が茂っている場所に、それはあった。
何年も前の建築様式。和風建築とでも言うべきだろうか。だが、普通の建物ではない。大きさはとても大きく、複数の小屋も隣接している。
また、その複数の建物の中からはそれぞれ「カン!カン!カン!」という何かを叩く音がリズムよく聞こえてくる。
 俺はその建物の中でも最も大きな建物の扉を開く。
「こんにちはー…」
俺はひょこっと顔を覗かせて、おそるおそる挨拶をした。すると…
「ちがーう!そこはそうじゃないって言ってるだろ!」
急な大声が聞こえてきた。思わず俺はビクッとしてしまう。
「…聞こえてないのか……こんにち…」
「ちゃうわ!そうでもないわ!」
「…………」
俺の声はまたも届いていないらしい。
仕方ないので、俺は扉を潜ってさらに奥へと行くことにした。
 内装は、和風の家と言うよりは工房という印象を真っ先に受ける。床は全面コンクリート。辺りにはかまどのようなものがいくつも置かれていて、何人かの人がその近くで金づちを握って何かを叩いている。
俺はその数人の中でも一人の後ろに立ち、指示をしているガタイのいい筋肉質なおじさんに声をかけようとする。
「あのー……」
「そう!そうだよ!そんな感じだ!」
また大声で俺の声が届いていない。こうなれば仕方がない。俺は思い切り息を吸う。
「たのもー!」
「いや、道場破りか!」
俺の叫び声に勢いのいいツッコミが返ってきた。そして、そのツッコミをした筋肉質な男性は振り返り、俺の姿を見る。
「…って犬兎か!久しぶりだな!……というかお前、本当にあいつらの血が流れてるんだな…」
しみじみとした表情を浮かべて俺の顔をじっと見つめる。
「え?どういうことですか?」
「いや、昔の一兎と歌恋も同じように叫んで入ってきたんだよ。」
「ああ…そうなんですね……」
そうやって昔を懐かしむ彼こそが、富山草刃。俺の『終焉・歌兎』を造った人。
「それより、お前がここに来るなんて珍しいな。どうした?」
富山さんはゆっくりと歩きながら俺のもとへ近づく。
「ああ、その…頼みたいことがあって…」
「なんだ?歌兎のメンテナンスか?」
俺が少し言いにくそうにしていると、富山さんが先に尋ねながら俺の背中のケースをヒョイっと取り上げる。
「それもなんですけど…その、どうしても造って欲しいものが二つありまして…それと、本当についででもいいやつが一つ。」
「ん?つまり、合計三つか?」
「はい、そうです。」
俺がそう返すと、富山さんは顎に手を当てて考え始める。
「まあ、やれんことはないけど……ものによるな。その感じだと、頼みにくいような性能のものなんだろ?」
「その通りです。一応、これが俺の考えてるものなんですけど…」
俺は武器の草案が書かれた紙を富山さんに手渡した。
「ほう…なかなか面白いことを考えるじゃないか!これができたら、妖刀なんかも越える一作になるぞ!」
面白いマンガを読んでいるかのように目をキラキラさせながら紙に目を通していく富山さん。
「よし。この話、引き受けた!」
そう言って笑顔で俺の肩を叩く富山さん。
「ありがとうございます!」
俺は勢いよく頭を下げる。
「それで…その本当についででもいいって言うのはなんなんだ?」
そんな疑問を口にして、富山さんは首をかしげる。
「ああ…その、実は俺が所属してる組織に富山さんのファンがいて…その人がぜひとも富山さんの武器を使いたい…と。」
俺がそう言うと、富山さんがうんうんと頷きながら
「なるほどな…まあ、この二つを造ってたら片手間でも難しいだろうけど…ま、試作品でもいいなら渡せるものはあるけどさ。」
と言った。対する俺は、
「あ、それでいいです。譲ってくれませんか?」
と返す。富山さんなら試作品でも妥協するとは思えないし、千里もきっと喜ぶだろう。
「了解。ほい、これね。」
「え、はやっ…」
一瞬だった。返事をしてすぐに横にあった刀に手を伸ばし、それを俺に手渡してきたのだ。
「…これが、その、試作品…なんですね。」
「自分の思った通りに形を変えるっていう代物だ。まあ、ガワしか変わんないから、性能は微妙だけどな。」
「な、なるほど…」
気のせいだろうか、肩をすくめて微妙だと言っている富山さんを周りの人がおかしなものを見るような目で見ているような気がするのは。やっぱり、普通じゃないんだな。
「と、とりあえず、ありがとうございます。」
俺はその刀を空っぽになった刀ケースの中に仕舞った。
「じゃあ、俺、この後予定があるので、失礼しますね。」
「ああ、完成したら連絡しとくよ。」
その返事を聞いて、俺はこの場所を後にした。

 俺の今日の予定。それは、百姫のオフに付き合うことだ。百姫は、どこか周りの目を気にしなくてもよくて、落ち着けるか、面白い場所に行きたいと言われている。
そんな場所、俺は知らない。だから……

―SOUMA'S VIEW―
「だからって俺の家に来るアホがいるか。第一なんだよ、面白いって。俺の家の何が面白いんだよ。」
「…いろいろ?」
「疑問に対して疑問形はどうかと思うぞ。」
「最後にはてなを付けるだけで疑問形になる言語って他にもあるらしいな。」
「いや何の豆知識だよ。」
俺は今現在、俺と向かい合って座っている犬兎に問い詰めている。
というのも、犬兎が鏡百姫を連れて俺の家へやってきたからだ。
鏡百姫は今、メリッサの淹れたお茶を飲みながら、メリッサと話をしている。
「…どうしてこうなった……」
「いや…実際面白そうな話題なら沢山持ってるだろ。どうだ?一か月二人で休める気分は。」
「控えめに言って最高。」
俺はそう言いながらも、ため息をつく。
「悪かったって。なにも言わないで来たのは。」
犬兎は申し訳なさそうに言った。
「ま、別にいいけどな。もう一人来客が来たみたいだし。」
「え?」
俺の言葉に犬兎が困惑の表情を浮かべ、振り返る。するとそこには…
「…こんにちはー。」
「よお、直接会うのは久しぶりだな。カプリス様。」
ダイスの女神、デア・カプリス・アーレアが開いた扉の裏から顔をひょこっと覗かせていた。
「え、だれ。」
「えー誰この子!可愛い~!」
犬兎は反射的に疑問の声を出しただけだったが、、さっきまでメリッサと話をしていた百姫は、カプリス様に近づいて頭をわしゃわしゃし始めた。
「あ、えっと……」
当の本人は何が起きてるのか分からないといった様子で困り顔を浮かべて俺を見つめる。
「はぁ…その辺にしといてやってくれないか?」
仕方ないので、俺はそう言って、脳内でメリッサに指示をした。すると、メリッサはカプリス様の手を引いて、百姫から引きはがす。
「あ…ごめんなさい。それで…この子は誰なんですか?」
百姫はさっきまでカプリス様の頭を撫でていた手をゆっくりひっこめて、俺とメリッサに尋ねた。
「その方はデア・カプリス・アーレア様。ダイスの女神様ですよ。」
メリッサがカプリス様の両肩を優しく掴んで、百姫に見せるように言った。すると、
「え、め、め、女神様!?え、うそ!私、子供だと思ってすっごい無礼なことしちゃったよ!?」
百姫があわあわと小走りになって犬兎に近づく。
「犬兎くん!どうしよう!私、祟られちゃうのかな!?」
「いや…知らんて…初対面の距離感を無視した結果だろ…」
恐怖に染まった顔でしがみついてくる百姫に犬兎は呆れたのか、ドライな反応を返した。
「いや…その…私、祟らないよ?」
恐る恐る声をかけるカプリス様。それを聞いた百姫はホッとしたのか、犬兎から手を離し、ゆっくりとカプリス様に向き直る。
「…本当に、祟ったりしないですよね…?」
「う、うん。しないよ。」
カプリス様がブンブンと首を縦に振る。
「はあ…よかったぁ…」
百姫は胸を撫でおろしながら息を吐く。それを見てようやく落ち着いたかと思い、俺はメリッサの横にいるカプリス様に近づき、声をかける。
「それで?今日はどうしたんだ?」
すると、カプリス様はハッとして、メリッサと俺の前に立ち位置を変え、俺たちを交互に見た。
「えーっと…その…颯真くんとメリッサちゃんに言いたいことがあって…」
「…まさか。」
もじもじとしながら言いよどむカプリス様。俺はその様子でなんとなく察した。
「二人とも、恋人になったんだよね?だから…その…おめでとう!」
「~~~~~~ッ!」
流石にそうだと思った。メリッサが噴火寸前みたいな顔になっている。
そして今回、嫌に間が悪い。
「えー!?颯真さんとメリッサさんって、付き合ってるんですか!?」
今日初めて喋ったばかりの人がいる。その人は、さっきまでの塩らしい感じがなくなっており、テーマパークに来た子供のようにはしゃぎ始めた。
「…それはそうなんだが、こいつ、そういう話に弱いからやめてやってくれ。」
俺の後ろに隠れてしまったメリッサを庇うように騒ぐ百姫の前に立つ。
「あ、ごめんなさい…にしても…私を助けてくれたあの時から、距離感が近い二人だな…って思ってたんですけど、まさか、本当に付き合ってたなんて…」
目を輝かせながら俺の顔を見る。
「いや、あの時はまだ付き合っていなかったが…」
俺が淡々と返すと、後ろに隠れているメリッサが俺の背中に頭突きをした。どうやら余計なことは話してほしくないようだ。
「そうだったんですね!あ、じゃあ、どっちから告ったんですか!?」
興奮冷めやらぬとはまさにこのこと。百姫は連続して質問してきた。
「んあー…それは………うっ!」
また背中に頭突きされた。メリッサのライフが無くなりそうだと思った俺は、適当に受け流そうと考えた。しかし…
「颯真からだよ。」
「…は?」
犬兎の声ではない。だが、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「……ツクモ…!」
扉を開けてズカズカと家に上がり込んできたのは、瓦礫の神、白だった。
「いやぁ…俺に相談してきてさ…それで、家で二人きりの時に告白したら?って言ったのよ。そしたら本当に告って付き合ったんだよね~」
上がり込んできたままの流れで全部暴露しやがった。
「そうなんですね!いいなぁ…家で二人っきりの時にかぁ…そういうのもアリだよね!…って、貴方は?」
またもや目を輝かせていた百姫だったが、ふと我に返り、白の方を見る。
「ああ、俺は白。瓦礫の神様やってまーす。よろしくね。」
相も変わらず神らしからぬ軽い挨拶だったが、百姫は…
「え!?また神様!?ちょ、犬兎くん!?話が違うよ!?面白いとか言ってらるような場所じゃないじゃん!」
と言って犬兎の襟を掴んでガクンガクンと犬兎の体を揺らした。当の犬兎は百姫から目をそらしているが…
そしてもう一人、異常な反応を示しているやつがいた。
「…ひっ……私よりも上位の神様だ……………」
カプリス様だ。彼女は白に怯えてメリッサと一緒に俺の後ろに隠れてしまった。
「…てか、俺の後ろに隠れるのやめないか?」
俺が後ろにいる二人にそう言うと、
「いや…それは…その…颯真くんが大きいから…」
「そうですね、182cmもあるご自身の身長を恨んでください。」
左からカプリス様が、右からメリッサが、それぞれ顔をひょこっと背中から出して言った。
「理不尽だ…」
俺は本日何度目かのため息を吐く。
「てかさ…俺、神様だけど信者の数は一人しかいないし、それで言ったら信者が二人もいる君の方が上じゃない?」
白は俺の後ろにいるカプリス様の顔を俺の体越しに覗き込む。
…俺は壁じゃないんだが。
「そういう問題じゃなくて…なんか、その…神様として使える力がとんでもないな…って。」
おずおずと下を向いたまま返すカプリス様。
「あー……まあ、確かに俺は建造物を一瞬で瓦礫にできるけど…サイコロの出目を自由に操れる君の力も十分異常だからね?」
白が苦笑いを浮かべる。
言われてみればそうだ。サイコロを振って狙った出目を出すのは、六面ダイスだとしても難しい。結局は運頼りということになる。その運というどうしようもない要素に干渉できてる時点で十分おかしいのか。
「そ、そうですよ!すごろくとか、めっちゃ強そうじゃないですか!それに、他のボードゲームでもサイコロを使うものって多いですし…!」
「まあ、これは親父に聞いた話なんだが…博打の神もギャンブル関係のダイスには干渉できるけど、せいぜい当たりやすくする程度の恩恵しかくれないらしいな。」
さっきまで蚊帳の外だった百姫と犬兎がそれぞれフォローし始める。
すると、少し自信が出たのか、
「…まあ、一応神様だし………」
と言いながら、カプリス様は俺の背中から出てくる。そして、俺の方に向き直った。
「二人は私の信者になったこと、後悔してない?」
そんな戯言を不安そうな目で言うもんだから俺は思わず、ふっと笑ってしまった。
「後悔してないに決まってんだろ。戦いの中でも役立ってくれてるしな。」
「ですね。本当に素晴らしい神様ですよ。私たちが信仰してる神様は。」
俺に続いて、メリッサもようやく俺の背中から出てきて、そう言った。
「…二人とも………ありがとう!」
俺たちの言葉がよほどうれしかったのか、涙目で感謝の言葉を俺たちに告げた。
「二人が私の信者で本当に良かった!」
子供のように無邪気な笑顔を浮かべるカプリス様を見て、俺もメリッサも、なぜか嬉しく思うのだった。

―MELISSA'S VIEW―
 カプリス様を励ましてから数分後。颯真様とカプリス様。そして、白様と百姫様の四人が談笑をしていた。私は、それをほほえましく思い、少し離れたところから眺めていた。
 そんな中、一人が私に近づいて、話しかけて来ていた。
「なあ、メリッサ。ちょっといいか?」
「…どうなさいましたか?犬兎様。」
そう、犬兎様だった。彼は神妙な面持ちで私に告げる。
「颯真がセフィラム能力に覚醒した件なんだけどさ…それで俺、気づいたことがあって…」
颯真様に聞こえないようにしてか、小声気味に言葉を紡いでいる。それに気づいた私は颯真様にバレないように【共感覚】の一部機能を封じた。
「さっき気づいたんだけど、颯真から無能力者が保有している程度…つまり、能力を発現させられない程度のセフィラムエネルギーしか感じ取れなかったんだ。」
「…それは本当ですか?」
流石に驚いた。颯真様はあの場限りではなく、今でもちゃんと使える感じがすると言っていた。それゆえに、信じられない。
「…これは俺の推測でしかないんだけど、もしかしたら―――――――――」
正直、まだ信じられない。
でも、犬兎様に告げられた可能性を、私は信じてみることにした。