第二十九話:恋人・二

―KENTO'VIEW―
 俺は今、『オルトロス』の本部にいる。それも、社長、南雲光牙さんの執務室に。
俺は急な呼び出し、それも颯真や翼さんを介さずに呼ばれたことで緊張していた。というか、南雲さんと直接会うのはこれが初めてだ。スーツをきっちりと着こなしていて、威圧感がすごい。
「単刀直入に言う。」
南雲さんのどっしりとした声が緊迫感を高める。
「『破魔班』班長の鳴神颯真を、一か月間の謹慎処分。そして、メリッサ・スチュアートを一か月の活動休止処分とした。つまり、このエリアの『破魔班』はお前だけ…ということになる。」
「…え?」
告げられたことがいまいちよく分からない。
「何か質問はあるか?」
「えっと…エラ・スチュアートの件が絡んでるっていうのは分かるんですけど…なんで俺はなんにもお咎めなしなんですか?」
俺が困惑気味に、おずおずと尋ねる。すると、
「いや、正確に言えば、お咎めなしなのはお前と、メリッサの二人だ。」
と、さも当然とでも言うように淡々と返してきた。
「順を追って説明するが、颯真は独断専行で大企業であるスチュアート財閥を潰した。それも、かなり目立つ方法でな。故に、颯真は謹慎処分。また、お前やメリッサは今回、颯真の立場を利用した独断専行に巻き込まれただけ…というふうに『上』には伝えた。そしたら、見事、お前らはお咎めなしで済んだ…というわけだ。」
「は、はあ…でも、メリッサの活動休止ってどういうことですか?」
俺の問いに対し、南雲さんは机の上で手を組んだ。
「簡単な話だ。メリッサは一人だと動いてくれない……正確には、颯真がいないと面倒ごとを引き受けてくれない。」
「な、なるほ…」
「というのは建前で!」
―ドン!
南雲さんが机を叩いて立ち上がった。
「え、なになになに。急にどうしたんすか。」
「分からないか?あの二人、付き合ったんだぞ?そんなの、一か月二人で休ませて、愛を育ませるべきだろ!俺は気の遣えるイケ上司だからな!」
南雲さんは、拳を突き上げていた。
突然のキャラ崩壊に頭が追い付いていない。この人、『颯メリ』のカプ厨だったのか。
「…つまり?今回の件を利用して、謹慎処分を下すことによって『上』を納得させつつ、颯真とメリッサが二人でゆっくり過ごせる時間を作りたかったってことですか?」
「その通りだ。正直、『上』を納得させるのはついでにすぎない。」
「は、はあ…」
権力の無駄遣いというわけでもないのが彼の狡猾さを物語る。メリッサの一か月休止に関しても、あいつは神降ろしの依り代として使われかけたし、その療養とでも言えばなんとでもなる。完璧なまでに二人に情勢が傾いている。
「というわけだ。しばらくはお前一人で頑張ってくれ。」
いつの間にか座っていた南雲さんは、最初と同じような緊張感を放ちながら俺に言った。
まあ、さっきのアレのせいで威圧されてるような圧迫感は完全消滅したが。
「了解です。あ、でも…」
「分かっている。『銀狼』の鏡深夜の娘さんのボディーガードもあるから、あんまり仕事を回さないでほしい…と言いたいんだろう?」
「…その通りです。」
あっさりと言い当てられてしまい、俺は思わず、もっと動かすはずだった口をキュッと閉じた。
「今の我々は『銀狼』に手綱を握られている節があるからな。極力、そちらの予定とは重ならないようにする。それと、颯真と仲がいい『虚影班』や『神行班』にもこのことを伝えたところ、ぜひとも手伝わせてくれと言われたからな。一人だからと心配することはない。」
「そうですか。ありがとうございます。」
俺はとりあえず、頭を下げておいた。仕事でいっぱいいっぱいになるということはなさそうというのは、こっちの精神的余裕にもつながる。
俺が安堵していると、南雲さんは肩の力を抜いたように脱力し
「とりあえず、こちらから伝えることは以上だ。他に何もなければ、帰っていいぞ。」
と言った。
「…じゃあ、そうさせてもらいます。」
そう返事して、俺は南雲さんの言うとおり、帰ろうと背を向ける。
「あ、そうだ。一つだけ。」
「…はい?」
「何もかも諦めて自暴自棄になるのは、オススメできないぞ。」
南雲さんの瞳は、俺というよりは、俺の右目を見ているようだった。
「…ご忠告、感謝します。」
そして、俺は今度こそ、部屋を出た。

 「あ、犬兎さん。こんなところで、奇遇ですね。」
「お前が噂の…?」
目の前には、金髪の女性と、黒髪の男性がいた。
女性は茨咲レイラ。『虚影班』に所属している組織の人間だ。俺は何度か颯真の家でメリッサに料理を教わりに来たところに遭遇している。
「あ、犬兎さん、こちらは御縁槐さん。私と同じ班の所属です。」
レイラがそう紹介すると、槐は軽く会釈をした。
「どうも。俺はお前よりちょっと早く入ったくらいだから、同期みたいなもんだし、気軽に槐って呼んでくれ。」
「ああ、よろしく。ところで、お前は俺のことを知ってるのか?」
俺は槐にそう尋ねると、彼は苦笑した。
「ああ…その、桜宮瑞って言えば分かるか?」
「ああ、旧友だからな。というか、ついこの前共闘したし…ってまさか…!」
俺が目を見開いて槐の顔を見ると、槐は頷いた。
「そのまさかだ。宮瑞は、俺の家に居候してる。だから、お前のことも聞いてたんだ。かなり強いらしいな。」
「いや、まあ…弱いとは言わないけど……」
面と向かって強いと言われると、少し恥ずかしい。
「それにしても、犬兎さんが一人で本部にいるのは珍しいですね。」
レイラが不思議そうに言った。
「ああ、実は、颯真とメリッサが一か月間活動できないことになって…」
「あ、それ聞いたぞ。付き合ったからだよな?」
槐がすっとぼけたような発言をして、レイラがクスクスと笑う。
「槐さん…それ、光牙さんの本音の方ですよ?影狼さんの話、ちゃんと聞いてました?」笑いながらレイラが言葉を紡いだ後、
「そんなんだから、給料下げられるんですよ。」
と付け加えた。それを聞いた槐は嫌なことを思い出し、苦しそうな表情を浮かべる。
「いやほんとに、あれ、なんで給料下げられたんだろうな…犬兎、何か知ってたりしないか?」
「……下っ端だぞ?知るわけないだろ。」
「だよな…」
がっくりと肩を落とす槐。言えない。宮瑞が槐の給料を使って颯真に依頼しに行ったなんて、言えない。
「あ、てか、それより、本当にどうしたんだ?あの二人が一か月休みってのは…」
「ああ、それは―」
「スチュアート財閥を独断専行で潰したから…よね?」
槐の問いに答えてやろうとすると、一人の女性が俺の声を遮る。
「あ、あんたは?」
声がした方へ振り向くと、そこには長い灰色の髪をハーフアップに纏め、和服のような白い服と、袴のような黒いスカートに身を包んだ女性がいた。服のスタイルは以前見かけた、『神行班』の班長、佐倉雪無さんに近いと感じる。
「私は『神行班』所属の犬飼千里いぬかいせんり。まあ、気軽に千里と呼ぶといいわ。」
千里がそう名乗ると、レイラが千里に近づく。
「千里さん、お久しぶりですね。今日はどうしてこちらに?」
「雪無さんの付き添いよ。まあ、噂の新人にしてかの英雄の息子。魅守犬兎を一目見たかった…というのもあるけれど。」
と言いながら、千里は俺の姿を値踏みするように上から下へと眺めた。
「俺を一目見るって…そんなに噂になってるのか?」
「魅守一兎の息子が、噂にならないわけないでしょ。」
千里は呆れながら言う。そして、
「そんなことより…」
と付け加えて俺の方へズズズッと迫った。
「え、なに?」
「貴方が持っているという【魔道具プライズ】を見せてくれないかしら!?」
目をキラキラさせながら俺の瞳に訴えかけてきた。
「えっと…俺の刀…『終焉・歌兎』のことか?」
「そう、それよ!」
俺がおずおずと返したら無駄にデカい声で即肯定してきた。
「まあ、別にいいけど…なんで…?」
そんな疑問を口にすると、千里の代わりにレイラが答えた。
「その…千里さんは武器マニア…といいますか、剣マニアと言いますか…まあ、そういうのが大好きなんですよ。私も、以前にも私の『魔剣グリッサンド』を見せてほしいとせがまれました。」
そう説明するレイラは顔に苦笑いを浮かべていた。
「その通りよ!でも、人間が造ったアーティファクトはいくつも見た来たけれど、神やそれに近い存在が造ったとされる【魔道具プライズ】は見たことが無いの。だから、貴方に会ってそれを見れる日が楽しみで楽しみで…」
「そ、そうか…」
興奮気味に早口で話す千里の勢いに押されてしまう。
「ま、まあ、そんなに見たいなら、見せるけどさ……はい。」
俺は背中に背負っていた細長いケースの中から刀を取り出し、千里に差しだす。すると、
「やった!」
と声を上げて俺の刀を丁寧に受け取った。
千里は納刀状態でじっくりと全体を眺めたあと、鞘から刀を抜いて、桜色の刀身をこれまたじっくりと眺める。
「これが『終焉・歌兎』……魅守家が所有する【魔道具プライズ】なのだから、恐らくは本当に神が造ったもの…それか、神が造ったものを、かの刀匠『富山草刃とやまそうじん』が改造を加えたもの…といったところかしら。」
「え、富山さんを知ってるのか?」
刀を見ながらブツブツつぶやく千里に俺は思わず声をかける。
『富山草刃』というのは、この刀『終焉・歌兎』を完成させた男であり、俺の親父と母さんが懇意にしている鍛冶師のことだ。最近になって深夜さんから聞いて知ったが、親父たちが『銀狼』で働いていたころ、装備の製造やメンテナンスをしていたのも彼らしい。
そんな人のことを、千里が知っていたとは…
「知ってるに決まってるでしょう?私のような刀マニアが、鍛造神の噂を聞き逃すはずがないじゃない。」
千里は蔑むような目で俺を一瞬見た。すぐに刀に視線を戻してしまったが。
「その…横から入るようで悪いけどさ、その富山草刃って人はそんなにすごいのか?」
槐が申し訳なさそうに俺たちを交互に見ながら聞いてきた。
「ええ、すごいなんてもんじゃないわ。噂によると、自力で妖刀と呼ばれる刀を造ってしまったらしいわよ。そんなの、普通の人間にはまず不可能よ!」
自分のことでもないのに自慢げに話す千里。
「それに、この『終焉・歌兎』はもともと破壊されてしまった【魔道具プライズ】だったんだが、そこから富山さんが修理・改造をして、壊れる前と同格のものに仕上げたらしい。」
「なにそれ初耳よ!?素材さえあれば、【魔道具プライズ】さえも造れてしまうというのは本当のことだったのね!」
俺が補足説明をしたところで、千里がなぜか嬉しそうに言った。
「…とりあえず、めちゃくちゃすごい鍛冶師だってことは分かった。」
「あはは…千里さんはその富山さんという方のファンなんですね…」
槐とレイラが少し引き気味に苦笑する。
「そうね…いつかは彼が鍛えた刀を使ってみたいくらいには、ファンかもしれないわね…」
そう言いながら、遠い目を浮かべる千里。
「あ、そろそろ返すわ。ありがとう。」
そして、刀身を鞘に仕舞って俺に刀を手渡した。
「あ、ああ……そんなに欲しいなら、俺が富山さんに鍛造依頼しようか?」
「え?」
俺が思いついたことを口にすると、千里は目を丸くした。
「いや、ちょうど富山さんにお願いしたいこともあったし、その片手間でやってくれそうなら…って感じにはなるけど。」
「ほ、本当!?嘘じゃないわよね?」
千里が後ずさりをしながら聞いてくる。
「言うだけならタダだし、造ってくれるかどうかは別だぞ?」
俺がそう返すと、
「それでもいいわ!ありがとう!いや、ありがとうございます!」
敬語で感謝されてしまった。
「お、おう……」
「よかったですね、千里さん。」
「ええ!」
レイラが千里の肩をさすって声をかけると、千里は嬉しそうな表情を浮かべた。
一方で、
「これが英雄の息子の人脈か…」
とこの状況に引いていた奴が一名いた。
お前のところの居候も、その英雄と繋がりがあるんだけどな…
「とりあえず、言ってみるだけだから、それで引き受けてもらえなくても、文句は言うなよ?」
「もちろんよ!私がそんな失礼な女に見える?」
そう言って、呆れたと言わんばかりの瞳を俺に向けてくる。情緒が忙しいな、この人。
「それじゃあ、このことはまた今度連絡するから、それまで待っててくれ。」
俺が千里にそう言うと、千里は「ええ。」と言いながら頷いた。
 この後、俺たちが解散するときに千里の足取りが軽く、ルンルンで歩き去っていったのは言うまでもない。

 「さて、お願いしに行くか…」
俺が富山さんのもとを訪れてお願いしようと思ったこと。
それは、メリッサの新しい刀と、颯真の新しい武器を造ってもらうことだ。
二人の力を最大限に引き出せるような、そんな武器を。
メリッサは、あの藍色の刀に遠慮して力を出し切れていないように感じる。というのも、あの刀は颯真が造ったものらしい。そのため、壊すのは嫌なのだろう。だからこそ、壊れない刀を。富山さんはかつて、絶対に壊れないし、刃こぼれもしない刀を造ったことがある…というのを親父から聞いていた。だから、この問題を解決できるのは彼しかいないと思ったのだ。
それと、颯真も武器次第ではもっと強くなれる。そんな気がした。
「…恋人になったご祝儀としてはちょうどいいだろ。」
俺はそんな独り言を呟きながら、迷うことなく道を歩くのだった。