第二十七話:―二章―リゲインド・ハピネス

―SOUMA'S VIEW―
 俺は重い体を起こす。どうやら、気を失っていたみたいだ。
猛攻を体に受けながらの大技はなかなかキツイ。
体のあちこちが痛いが、それよりも俺は周りの異変に気を取られた。
「ここは…どこだ?」
洞窟のように薄暗く、赤黒いものに囲まれた空間。壁や床、天井をよく見てみると、肉塊でできているかのようにうごめいていた。
「……っ!なんだ?この気配は…」
俺は強大な気配を感じ、その方向へ走り出した。
周りの景色が変わらないせいか、走っているのに全く進んでいる気がしない。
 俺は、その大きな気配のもとへ行く途中で足を止める。横たわる白髪の男と、その傍に立って周りの様子をうかがっている女の姿を見つけたのだ。
「おい、宮瑞。白。無事か?」
俺が彼女たちにそう声をかけると、宮瑞は俺の方へ振り向き、安堵の表情を浮かべる。
「なんだ。颯真か。お主もこの空間に巻き込まれたようだな。」
「ああ、それで、白はまだダウンしているのか?」
俺は彼女の傍で気を失ったまま動かない白に視線を落とす。
「うむ。先ほどの戦いを妾も少し見ておったが、こやつ、あえて立ち位置を変えることでお主に降りかかる攻撃の一部も受けていたようだしな。」
「そうか。それは無茶をさせたな。」
あの時、『ダイヤモンド・ノーフェイス』を最大火力で放てたのは、どうやら俺へのダメージをこいつが分担してくれていたというのが大きいらしい。
「お前はもう大丈夫なのか?」
俺が改めて宮瑞に視線を向けると、宮瑞はフッと不敵な笑みを浮かべた。
「なに、お主らが戦ってる間に多少回復したわ。まあ、妖力の限界は近いがな。」
「そうか。まあ、無理はすんなよ。」
俺がそう言うと、宮瑞は何かを思い出したかのように、
「そういえばお主、何か焦っているようだったが、何かあったのか?」
と尋ねてきた。
「ああ、そうだった。この先から何か、強大な気配を感じたんだ。このおかしな空間の原因かもしれないと思ってな。それで向かっていたところだ。」
俺がそう返答すると、宮瑞は白を右肩に担ぎ上げた。
「ふむ。であれば早く行くとしよう。こやつのことは妾に任せろ。それくらいの力は残っておる。」
「そうか。なら、そうさせてもらう。」
そして、俺たちは急いでその気配のもとへと駆け出した。
正直な話、俺も体の限界をとうに迎えている。だが、ここで足を止めたら、何か大切なものを失うような気がしてならない。俺はそれが怖い。
 「この先だ。」
俺は宮瑞にも聞こえるそう呟く。すると、
「…な、なんなのだ…あれは…」
宮瑞は驚愕の声を漏らす。俺も、同じものを見て、体と思考が停止した。
形容しがたいほど禍々しい何か。絶え間なく流動し続ける皮膚のような肉塊のようなもの。そこから生えた大量の太い触手。エラが携えていたものなど、比べものにならないくらい太い。そして何より、その塊の中央には…
「メリッサ……」
彼女の顔のようなものが埋め込まれていた。
「…ここからが、正念場か。」
俺は、『無貌結晶』で赤い結晶の触手を左右四本ずつ背中から生やす。
「颯真…妾も、できる限りの援護はさせてもらうぞ。」
「いや、お前は下がってろ。」
宮瑞の申し出を即刻拒否した。これは、俺がやらなきゃいけない。
 この空間に来てから、ずっと脳裏に浮かぶものがあった。メリッサが今までに受けてきた仕打ち。施設に送られる前から親にひどい扱いをされていた様子。殴る蹴るは当たり前、それに対してひたすらに謝ることしかできない幼い彼女の姿は、見るに堪えない。
施設に入れられてからも、実験と称した拷問に苦しめられる日々、そして、エラ・スチュアートが、メリッサの母親が、彼女に言い放ったその言葉が、どうしても俺の心を締め付ける。

―『貴女は幸せになったらいけないのよ。幸せを求めようとすれば、貴女は必ず後悔することになるわ。だから、幸せになんて、なろうとしないことね。』
この言葉でようやく分かった。メリッサは、幸せになることを禁じられていた。だから、幸せになれなかったんだ。俺は、その呪縛から、彼女を救い出したい。
 「…カラミティ・エメラルド。」
俺は緑の結晶を纏った足でメリッサを取り込んだものを蹴りつける…だが、びくともしない。
「チッ…………なっ!」
攻撃が通じないことに苛立っている暇もなく、あの凶悪な触手が俺を吹き飛ばそうととてつもない勢いで迫って来る。
「ぐっ……がああああああああああ!?」
俺は背中から生やした結晶で自身の体を包み、その一撃を防ごうとする。だが、その一撃の重さに、俺の触手はひび割れ始めていた。地面を蹴り、後方へ避けようにも、重すぎる一撃を受け流すことすら難しい。
「やば…い……」
絶体絶命のピンチ。俺は、あの子を救うことすら、できないのか。
俺が、そんなネガティブな発想に至った時…
「……コワス。コワレロ。」
白い影が、俺の隣から飛び出し、俺を吹き飛ばそうとしていた太い触手を、殴り飛ばした。
俺はそのおかげで何とか攻撃の重圧から解放された。
「…おま…え。」
俺は、俺を助けてくれた存在の姿を見て、驚愕した。
「お主…まさか小童か!?」
宮瑞の言う通り、そいつは、犬兎だった。ただし、髪は白く変色し、額からは白い角が二つ生えた、変わり果てた姿だった。それはまさしく、鬼と呼ぶのにふさわしい形相だった。
「…コワス。」
まるで暴走しているかのように、犬兎は目の前の塊を殴り始めた。ダメージが入っているのか、犬兎の拳を受けるたびに苦しむように蠢く。
だが、やはり、犬兎に自我があるようには思えない。
このままで、いいのか?
「ウガァアアアアアアアア!」
犬兎は咆哮しながら攻撃を続ける。俺に目もくれずにあの塊を攻撃したということはつまり、俺…もしくは俺たちのための暴走なのだろう。でも、だからこそ、ここであいつに任せるわけにはいかない。
「俺は、メリッサを幸せにしてみせる。その為の力なら、なんだって受け入れる。」
俺は、俺のことを見ているであろう何かに言い聞かせるように呟く。
「ガァッ…!」
犬兎が俺の足元まで吹き飛ばされる。それでもなお立ち上がり、戦おうとするそいつの腕を、掴んだ。
「犬兎。ありがとな。お前の言葉と気持ち、確かに受け取った。」
暴れようとする犬兎にやさしく声をかける。
「…どうせ見てるんだろ、オリジナル。俺に、俺の願いを叶えるだけの力を、寄越せ!」
俺がそう叫ぶと、ぼんやりと、声が聞こえた。
―待ってたよ、その言葉。君に、僕からセフィラム能力を授けよう。その能力の名は…

 『理論武装』
俺の右目の下に幾何学模様が浮かぶ。その部分が熱くてたまらない。でも、今なら何でもできそうだ。
「…『創造:暴走制御の法則』。」
俺はそう呟いて、犬兎に力を送り込む。
「…んあ?颯真…?俺は…一体今まで何を…」
すると、犬兎は動きを止め、その双眸で俺の顔をしっかりと見つめる。
「もう大丈夫だ。ここは俺に任せろ。」
そして俺は、ゆっくりとその一歩を踏み出す。
「メリッサ。俺はお前と一緒にいたい。そんなエゴで、お前を連れ帰ってやる。」
そして、俺は、メリッサの顔を見ながら、新たなる理論を組み立てる。
「『創造:化身創作の法則』」
――化身『結晶を喰らうもの』――
俺の体は肥大化する。体の形が変貌する。硬い結晶に包まれた体には、巨大な爪と巨大な尾、巨大な翼。『鳴神颯真』の原型はそこには無く、二足で立つ巨大な龍となった。
体からは黄金の光を放ち、この禍々しくて薄暗い空間を明るく照らす。
「メリッサ。戻ってこい!」
俺は体に溜め込まれた光をメリッサを取り込んだ塊に向けて一気に解き放つ。
―――終焉を失いし光ロスト・プリズム―――
その、俺の想いが込められた光は、この空間全てをまばゆく照らし、白に塗りつぶした。

―ANOTHER VIEW―
 『理論武装』
僕が颯真に与えたセフィラム能力。
その効果は、自身が持ちうる知識や知能をその身に武装すること。
それにより、オリジナルの法則を作ることや、ありとあらゆる技術をプロレベルで行うことができる。つまり、ぶっ壊れ能力。
それでも、ずっと使っているとだんだん反動で動けなくなっていくから、最強かどうかでいえば、そうではないけど。
それでも彼なら十分使いこなせるだろう。
だって、今の彼には、既存するいかなる理論も通用しないのだから。

―SOUMA'S VIEW―
 白かった視界がフェードインするように元の色を取り戻す。
「…戻ってこれたか。」
そこは、先ほどまでの赤黒い洞窟ではなく、ボロボロになった祭壇の部屋だった。
「一体…なにが起きたというの…?まさか、神降ろしが失敗した?」
エラは困惑した表情でこちらを見ている。先ほどの空間は神降ろしをした余波で生まれたメリッサの結界のようなものだったのだろう。それを俺が破壊したことにより、俺たちはもとの空間に戻ってこれたし、メリッサから神を引きはがすことができた。
「さて、メリッサを返してもらおうか。」
エラは攻撃を逆行させる触手を失い、神降ろしさえも失敗した。
そんな彼女に、俺はゆっくりと近寄る。
「メリッサを返せ…?何を言っているの?あの子は私の娘よ?元々は私の物なの!」
恐れとも焦りとも取れる表情を浮かべたエラがそう叫んだ。だから俺も叫ぶことにした。
「メリッサはお前の物じゃないし、お前の家族でもない!メリッサは…」
大きく息を吸い込む。俺にとって、メリッサは――

「俺の家族だ!」
その言葉を俺が告げると、エラは一瞬目を見開いた後に、怒りの表情を浮かべた。
「そう。いいわ。そんな妄言ごと貴方を潰してあげる。」
エラが俺に向かって両手をかざす。俺はなんとなくで足を右に一歩踏み出した。すると、
「なるほど。見えない衝撃波…といったところか。」
俺の左頬に何かの圧を感じた。足元を見てみれば、さっきまで俺が立っていた所の床はえぐれていた。
「ま、どうってこともないがな……カプリス様、影狼。力を借りるぞ。」
俺は懐からいつの日かにカプリス様からもらった半透明の赤い十面ダイスを取り出すと、それを今朝宮瑞から渡された影狼の黒い腕輪に近づけた。
「…『シャドウ・アルケミー』。」
そう呟くと、腕輪から黒い靄のようなものが出てきて、ダイスを包み込む。
「もう一度よ!」
俺が立ち止まっているのを好機と見たエラが再び不可視の衝撃波を放つ。だが、その衝撃は、『斬り裂かれた』。
「え…?」
エラが驚くのも無理はない。今の一瞬で、赤のダイスが半透明の赤い大鎌へと変貌し、衝撃波を斬ったのだから。
 『シャドウ・アルケミー』
影狼のセフィラム能力。物体を一定時間別の物に作り変える能力。これをエンチャントしたのがこの腕輪ということだ。ただ、この能力は使用者本人にしか分からないような微調整が必要な能力であるため、エンチャントして汎用的に使うのは無理だ。だからこそ、これは汎用性を捨てて、影狼が一番好きな武器である大鎌に変貌させるためだけのものにしたのだろう。
そして、今回変貌に使用したのはカプリス様が俺にくれた神器。斬れないものなど、ないはずだ。
「さあ、カオスな貌を見せる時間だ。」
俺がそう言うと、俺の隣に白い人影が現れた。
「颯真。俺も付き合おう。なんかこの力を制御できるようになったみたいだしな。」
犬兎だ。先ほどと同じ、白い鬼の姿のままだが。
「そうか。じゃあ、遅れるなよ?」
俺は隣の男を信じて走り出した。
「ああ。この演目を、進めよう!」
犬兎は俺とほぼ同時に走り出した。
「く、来るな!この子がどうなってもいいの!?」
エラはメリッサに片手をかざしていた。
「関係ないね!」
すると、犬兎は瞬間移動し、エラの後ろに回り込んではエラを蹴り飛ばした。
「あぐぅ!」
「法則を作るまでもないな。」
俺はこちらに飛ばされたエラに向かって大鎌を横に振りぬく。
「ああああ!こんな…簡単に…」
異形のものとなっただけあって、中々にしぶとい。
「これ以上お前の茶番に付き合ってる暇はない。メリッサの幸せを、ここで返してもらう。『創造:決め技の法則』。」
俺と同等以上の戦力を持った存在が二人以上共闘していることを条件に、本人が大技だと思う技の攻撃力を上昇させる法則を作った。そう、二人以上共闘していることを条件に。
「こんなところで死ぬわけにはいかない……ここは一度…なっ!?」
エラの足は動かなかった。『瓦礫』が足に挟まって。
「…こんなにも瓦礫があったら、瓦礫の神が本領発揮するに決まってるでしょーが。」
「ツクモォ…!貴様ぁ!」
宮瑞の肩を借りながら立つ白に向かって激昂するエラ。
「犬兎。一撃で終わらせるぞ。」
「ああ。」
俺はありったけの知識と知恵を大鎌に注ぎ込み、飛び上がる。
「妖術、幕開け、疾風怒刀!」
犬兎は背中に妖力を溜め始め、拳を構える。
「貴様らだけは、呪い殺してやる…!」
死を覚悟したエラが三下の恨み言のようなことを口にした。
「はっ、おとといきやがれ。『チャージ・ナックル』…!」
犬兎が超高速で拳を突き出し突進する。それがエラに直撃するのと同時に、
「メリッサを産んでくれたことだけは、感謝してやるよ。」
俺は重力に身を任せながら大鎌を垂直に振り下ろす。
「『セオリー・レッド・ダイヤモンド』――!」
俺の想いを乗せた重い刃は空間さえも斬り裂き、一筋の紅い軌跡を残した。
そして……

―MELLISA'S VIEW―
 私は目を覚ます。目の前には青い空が広がっている。ここは外なのだろうかと思いながら体を起こすと周りの状況がだんだん分かってきた。ボロボロになった壁、床に散乱する瓦礫、そして傷だらけでボロボロな見知った四人がいた。
「――…………え?なんですかこれ。」
私の人生の中でこれほど困惑に満ちた目覚めがあっただろうか。
「ようやくお目覚めか。」
赤髪の男性が、私がずっと会いたかった男性が、私のもとにゆっくりと歩み寄る。
「えっと…颯真様?これは一体……」
私がそう尋ねると、颯真様は言いにくそうに答えた。
「あー…なんだ、奪われたものを取り返しに来た…って感じだ。」
「そう…ですか。」
颯真様の言葉で、私はなんとなく理解する。私を母親の毒牙から救い出してくれたのだと。
「…また、貴方に助けられましたね。」
颯真様の姿をあの冷たい牢屋の中に手を差し伸べてくれたあの時と重ね合わせる。
「…私なんかがいたら、貴方のことを不幸にするかもしれません。それでも、いいんですか?私に助けるほどの価値なんて、あるんですか?」
昨夜からの不安が蘇った私は、颯真様にそんな問いを投げかけてしまった。彼がどう答えるかなんて、分かり切っているというのに。
「価値なんて関係ない。俺はお前を幸せにするって決めたんだ。だから、俺はお前を何度だって助けてやる。」
颯真様が微笑んだ。やっぱり、この人の近くは温かい。
「あ、ところで、ここってどこなんですか?」
ふと気になったことを口にする。どこかの屋上のようにも思えるが、どこか違和感がある。
「ああ、エラのビルの最上階。」
「え?屋上ではなく?」
「もちろん室内だ。」
即答し続ける颯真様。少しの間沈黙した後、
「えぇ…何やったらこうなるんですか…」
と言うことしかできなかった。本当に何をしたら室内の壁や天井がほぼなくなるのだろうか。
「まあ、細かいことは気にすんな。それより…」
話をうやむやにして私に接近したかと思えば、颯真様は私に手を差し伸べた。
そして、今まで見たことがないほどの笑顔でこう言うのだ。
「おかえり、メリッサ。」
ならば、私が返すべき言葉は一つしかない。
「ただいま、颯真様。」
私は帰るべき家を、本当の意味で見つけたのだ。
これからもずっと、私は此処に…颯真様の隣に居続ける。
その誓いを胸に、私は颯真様の手を取り、立ち上がった。