―SOUMA'S VIEW―
俺は重い体を起こす。どうやら、気を失っていたみたいだ。
猛攻を体に受けながらの大技はなかなかキツイ。
体のあちこちが痛いが、それよりも俺は周りの異変に気を取られた。
「ここは…どこだ?」
洞窟のように薄暗く、赤黒いものに囲まれた空間。壁や床、天井をよく見てみると、肉塊でできているかのようにうごめいていた。
「……っ!なんだ?この気配は…」
俺は強大な気配を感じ、その方向へ走り出した。
周りの景色が変わらないせいか、走っているのに全く進んでいる気がしない。
俺は、その大きな気配のもとへ行く途中で足を止める。横たわる白髪の男と、その傍に立って周りの様子をうかがっている女の姿を見つけたのだ。
「おい、宮瑞。白。無事か?」
俺が彼女たちにそう声をかけると、宮瑞は俺の方へ振り向き、安堵の表情を浮かべる。
「なんだ。颯真か。お主もこの空間に巻き込まれたようだな。」
「ああ、それで、白はまだダウンしているのか?」
俺は彼女の傍で気を失ったまま動かない白に視線を落とす。
「うむ。先ほどの戦いを妾も少し見ておったが、こやつ、あえて立ち位置を変えることでお主に降りかかる攻撃の一部も受けていたようだしな。」
「そうか。それは無茶をさせたな。」
あの時、『ダイヤモンド・ノーフェイス』を最大火力で放てたのは、どうやら俺へのダメージをこいつが分担してくれていたというのが大きいらしい。
「お前はもう大丈夫なのか?」
俺が改めて宮瑞に視線を向けると、宮瑞はフッと不敵な笑みを浮かべた。
「なに、お主らが戦ってる間に多少回復したわ。まあ、妖力の限界は近いがな。」
「そうか。まあ、無理はすんなよ。」
俺がそう言うと、宮瑞は何かを思い出したかのように、
「そういえばお主、何か焦っているようだったが、何かあったのか?」
と尋ねてきた。
「ああ、そうだった。この先から何か、強大な気配を感じたんだ。このおかしな空間の原因かもしれないと思ってな。それで向かっていたところだ。」
俺がそう返答すると、宮瑞は白を右肩に担ぎ上げた。
「ふむ。であれば早く行くとしよう。こやつのことは妾に任せろ。それくらいの力は残っておる。」
「そうか。なら、そうさせてもらう。」
そして、俺たちは急いでその気配のもとへと駆け出した。
正直な話、俺も体の限界をとうに迎えている。だが、ここで足を止めたら、何か大切なものを失うような気がしてならない。俺はそれが怖い。
「この先だ。」
俺は宮瑞にも聞こえるそう呟く。すると、
「…な、なんなのだ…あれは…」
宮瑞は驚愕の声を漏らす。俺も、同じものを見て、体と思考が停止した。
形容しがたいほど禍々しい何か。絶え間なく流動し続ける皮膚のような肉塊のようなもの。そこから生えた大量の太い触手。エラが携えていたものなど、比べものにならないくらい太い。そして何より、その塊の中央には…
「メリッサ……」
彼女の顔のようなものが埋め込まれていた。
「…ここからが、正念場か。」
俺は、『無貌結晶』で赤い結晶の触手を左右四本ずつ背中から生やす。
「颯真…妾も、できる限りの援護はさせてもらうぞ。」
「いや、お前は下がってろ。」
宮瑞の申し出を即刻拒否した。これは、俺がやらなきゃいけない。
この空間に来てから、ずっと脳裏に浮かぶものがあった。メリッサが今までに受けてきた仕打ち。施設に送られる前から親にひどい扱いをされていた様子。殴る蹴るは当たり前、それに対してひたすらに謝ることしかできない幼い彼女の姿は、見るに堪えない。
施設に入れられてからも、実験と称した拷問に苦しめられる日々、そして、エラ・スチュアートが、メリッサの母親が、彼女に言い放ったその言葉が、どうしても俺の心を締め付ける。
―ANOTHER VIEW―
『理論武装』
僕が颯真に与えたセフィラム能力。
その効果は、自身が持ちうる知識や知能をその身に武装すること。
それにより、オリジナルの法則を作ることや、ありとあらゆる技術をプロレベルで行うことができる。つまり、ぶっ壊れ能力。
それでも、ずっと使っているとだんだん反動で動けなくなっていくから、最強かどうかでいえば、そうではないけど。
それでも彼なら十分使いこなせるだろう。
だって、今の彼には、既存するいかなる理論も通用しないのだから。
―SOUMA'S VIEW―
白かった視界がフェードインするように元の色を取り戻す。
「…戻ってこれたか。」
そこは、先ほどまでの赤黒い洞窟ではなく、ボロボロになった祭壇の部屋だった。
「一体…なにが起きたというの…?まさか、神降ろしが失敗した?」
エラは困惑した表情でこちらを見ている。先ほどの空間は神降ろしをした余波で生まれたメリッサの結界のようなものだったのだろう。それを俺が破壊したことにより、俺たちはもとの空間に戻ってこれたし、メリッサから神を引きはがすことができた。
「さて、メリッサを返してもらおうか。」
エラは攻撃を逆行させる触手を失い、神降ろしさえも失敗した。
そんな彼女に、俺はゆっくりと近寄る。
「メリッサを返せ…?何を言っているの?あの子は私の娘よ?元々は私の物なの!」
恐れとも焦りとも取れる表情を浮かべたエラがそう叫んだ。だから俺も叫ぶことにした。
「メリッサはお前の物じゃないし、お前の家族でもない!メリッサは…」
大きく息を吸い込む。俺にとって、メリッサは――
―MELLISA'S VIEW―
私は目を覚ます。目の前には青い空が広がっている。ここは外なのだろうかと思いながら体を起こすと周りの状況がだんだん分かってきた。ボロボロになった壁、床に散乱する瓦礫、そして傷だらけでボロボロな見知った四人がいた。
「――…………え?なんですかこれ。」
私の人生の中でこれほど困惑に満ちた目覚めがあっただろうか。
「ようやくお目覚めか。」
赤髪の男性が、私がずっと会いたかった男性が、私のもとにゆっくりと歩み寄る。
「えっと…颯真様?これは一体……」
私がそう尋ねると、颯真様は言いにくそうに答えた。
「あー…なんだ、奪われたものを取り返しに来た…って感じだ。」
「そう…ですか。」
颯真様の言葉で、私はなんとなく理解する。私を母親の毒牙から救い出してくれたのだと。
「…また、貴方に助けられましたね。」
颯真様の姿をあの冷たい牢屋の中に手を差し伸べてくれたあの時と重ね合わせる。
「…私なんかがいたら、貴方のことを不幸にするかもしれません。それでも、いいんですか?私に助けるほどの価値なんて、あるんですか?」
昨夜からの不安が蘇った私は、颯真様にそんな問いを投げかけてしまった。彼がどう答えるかなんて、分かり切っているというのに。
「価値なんて関係ない。俺はお前を幸せにするって決めたんだ。だから、俺はお前を何度だって助けてやる。」
颯真様が微笑んだ。やっぱり、この人の近くは温かい。
「あ、ところで、ここってどこなんですか?」
ふと気になったことを口にする。どこかの屋上のようにも思えるが、どこか違和感がある。
「ああ、エラのビルの最上階。」
「え?屋上ではなく?」
「もちろん室内だ。」
即答し続ける颯真様。少しの間沈黙した後、
「えぇ…何やったらこうなるんですか…」
と言うことしかできなかった。本当に何をしたら室内の壁や天井がほぼなくなるのだろうか。
「まあ、細かいことは気にすんな。それより…」
話をうやむやにして私に接近したかと思えば、颯真様は私に手を差し伸べた。
そして、今まで見たことがないほどの笑顔でこう言うのだ。
「おかえり、メリッサ。」
ならば、私が返すべき言葉は一つしかない。
「ただいま、颯真様。」
私は帰るべき家を、本当の意味で見つけたのだ。
これからもずっと、私は此処に…颯真様の隣に居続ける。
その誓いを胸に、私は颯真様の手を取り、立ち上がった。