第二十六話:貴女に幸せを届けよう・下

―SOUMA'S VIEW―
 俺は全員でスチュアート財閥の本拠地であるビルに向かって歩く中で、ある人物に声をかけた。
「それで、説明はまだか?白。」
瓦礫の神、白。エラ・スチュアートと対面した時、彼女の口からその名前が出たのを、俺は聞き逃さなかった。まあ、話の流れからして、俺たちの側ではあるようだが。
「ま、だんまりはダメだよね~。」
白はわざとらしく肩をすくめ、真剣な表情を浮かべた。どうやら、真面目に説明をしてくれる気になったらしい。
「簡単に言うと、俺はあのオバサンに雇われた傭兵?みたいなもんでさ。それで、メリッサ・スチュアートを攫って来いって言われたんよね。あ、ちなみに宮瑞たちと出会ったのはマジの偶然ね?」
そう言って苦笑しながら宮瑞の肩を叩いた。
「それでなんだけど、偶然の成り行きとはいえ、皆と行動してるうちに、やっぱあのオバサンが気に食わねえな~ってなったから、メリッサを颯真たちのところへ連れて行こうとしたってわけ。どうやら、その行動も向こうにはバレてたみたいだけど。」
白はそこまで言い終えると、「何か聞きたいことはある?」と付け加えて俺の歩幅に合わせて歩き始めた。
「エラの目的はなんだ?」
「あー…それなんだけど、俺もよく分かってないんよね。メリッサを攫えっていうのも、この世界を脅かす存在だからだなんだって言ってたけど、それは多分俺を動かすための口実だろうし。」
本気で分からないといったことを眉間にしわを寄せてまでアピールしてきた。
「おい、じゃあお前なんで依頼を引き受けたんだよ。まさか、その口実を真に受けてっていうわけじゃないだろうな?」
俺が軽くにらみつけると、白は両手をひらひらさせて答える。
「なわけないじゃん。単純にお金を沢山くれるっていうから着いて行っただけだし。」
いわゆるジト目で俺を睨み返してきた。詐欺に引っかかりそうな理由に俺は呆れを覚えた。
「ま、そういうわけだから、俺はあのオバサンのことはお金持ちってことくらいしかわかんない。」
そう言って白は頭の後ろで両手を組んだ。
「あとは…吸血鬼の本能を刺激する薬を襲撃時に何とかしてメリッサにぶち込むつもりだった…ってことくらいかな。俺が知ってるのは。」
「あの時の犬兎を庇った攻撃か…」
もしメリッサが仲間を庇うだろうと思って攻撃を仕掛けたのであれば本当に性格が悪いと思いながら、前を見据える。
「…とりあえず、細かいことは本人に聞けばいいか。」
そこで、俺は足を止めた。
「ここか。エラ・スチュアートの本拠地は。」
「ふむ。中々に仰々しい城ではないか。壊しがいがあるというものだ。」
「壊すのは俺の専売特許なんだけどなー。」
俺たちは見上げる。そのビルを。
「それで颯真、どうする?」
犬兎が俺の横に立って尋ねる。
「そうだな。ここは俺らしく頭を使った作戦でいくか…」
「ほお?それは見ものだ。お主の頭脳は随一と聞くしな。」
「中には警備員とかいっぱいいるっぽいけど…それ、簡単に突破できるの?」
俺の発言に宮瑞と白が各々の反応を示す。そんなに期待されても、出てくるのは最も合理的かつバカな作戦だというのに。まあ、期待させるような言い方をしたのは俺だが。
「作戦は簡単だ。」
「颯真…まさかお前…ま、それが最適解だよな。」
犬兎には分かってもらえたようだ。
「強行突破だ!」
「強行突破だな。」
俺と犬兎は同時に言葉を発し、高く跳躍する。
「は?」
「えー…マジで?」
宮瑞と白は困惑をしていた…が、半ば諦めたような形で後から跳躍する。
「変貌……双頭ノ蝙蝠そうとうのこうもり!」
次の瞬間、俺の体は炎をまき散らす巨大な二つ首のコウモリの姿に変わった。
「妖術、幕開け、疾風怒刀!」
犬兎は抜刀し、風をその身に纏う。
「お前らがそこまで馬鹿だったとはな!妖術、第拾幕、風神乱舞ふうじんらんぶ!」
宮瑞はとてつもない勢いの風を体に纏う。
「まあ、俺としてはその方が分かりやすい。妖術、第捌幕、白蛇の戯れ!」
白は無数の白い蛇を自身の周りに生成した。
「さて、行くぞ!」
俺たちはそれぞれの技を以て、同時にビルの上層へ突撃した。

―轟音が建物全体に響き渡る。

無論、その壁には大きな穴が開き、その先にいた数名の警備員は吹き飛んだ。
そして、俺たちの侵入を歓迎するかのように警報が鳴り始めた。
「あーあ、俺、何かやっちゃったかなー。」
「それにしては随分と楽しそうだったな。」
俺の軽口に犬兎が反応した。
「まあな。メリッサを苦しめた奴の拠点をぶっ壊すのは案外楽しいもんでな。」
俺は本来の人型の状態に感覚を戻すため、軽く準備運動をした。
「で、颯真よ。突入したのはよいが、ここからどうするつもりだ?メリッサの居場所がどこか分からぬだろう?」
宮瑞は先ほどと変わらぬ呆れ顔を浮かべたまま声をかけてきた。
「そうだな。あいつが家出したタイミングで【共感覚】も解除されてたからな。だが…」
俺はそう答えて白の顔を見た。
「はいはい。俺は同種…つまり神の気配を察知できる。だから、メリッサの場所は分かる。こっちだ。」
物分かりがいいのか、俺が目線で訴えただけですぐに行動に移してくれた。
 だが、当然邪魔をしてくる警備員は残っているようで…
「お前たち、ここで何をしている!」
わらわらと群れてくるその警備員たちに何を思うだろうか。
「…ただの雑魚か。」
そんな声しか漏れなかった。メリッサのことしか頭にない俺にとって、それらはただの有象無象にしか見えない。そして、白がゆっくりと前に歩き始めた。
「じゃあ、迷惑かけたし、俺がやっちゃおっかな。妖術、第捌幕、番犬の鎖!」
すると、白の周りから無数の鎖が飛び出して、警備員たちの体を貫いた。パッと見た感じ急所を外しているようだから、器用なもんだなと感心する。
「よーし、それじゃあさっさと先に進むぞー。」
白は何事も無かったかのようにそそくさと歩を進めた。
俺たちもそれに着いて行く。
 ビルの上層階に突っ込んだおかげか、幸いなことに白が足を止めるのは早かった。
俺たちは、最上階に位置するその扉を見つめていた。
「ここだね。この先にメリッサが居るはず…でも、妙な気配があるんだよな…」
最後のつぶやきに一抹の不安を覚えながらも、俺たちは中へ入ろうとする。
「……開かないんだが。」
「まあ、鍵くらいかかってるよな。」
扉を開けようとして開けれなかった俺に犬兎がそう言った。
「まあ、それもそうか。なら…」
「おい、さすがの妾でも次の展開は分かるぞ。どうせぶち破るとか言い出すんだろう?」
俺の左肩を掴む宮瑞。俺はそれに構わずぶん殴ろうとする。しかし…
「いやいや、瓦礫の神様の専売特許を奪うなって。」
俺の前に白が出る。そして、その扉に右の手のひらを当てた。
「ほい、崩落事故っと。」
その言葉を発した瞬間、扉は粉々に崩れ落ちた。
「…まったく、鍵も使わずに入るなんて、デリカシーの欠片もないのね。」
崩れた扉の先から、そんな女性の声が聞こえた。
部屋の中は、奥に細長い祭壇のようなものが置かれているだけで、他には何もない。
その祭壇には、真っ黒なドレスに身を包んだメリッサが寝かされていた、そしてその傍には、憎き女が…エラ・スチュアートがいた。
「エラ…お前、メリッサで何をするつもりだ。」
俺が睨みつけるとエラは微笑み、
「簡単な話よ。この子を生贄に神を降ろす。そして、メリッサの体を媒介にして、神の力を私が吸収する。そうすれば、私はこの世界の新たなる支配者になれる!」
と大げさに両腕を広げながら言った。
「でも、神の力なんて、普通の人間は適応できないだろ?颯真やメリッサの出力でも本人に悪影響が出てるのに。」
白がそう言うと、エラはポケットから一つの瓶を取り出す。
それを見て、犬兎がハッとした。
「そうか…!お前は自分の体に神の力を適応させる薬の研究を、一般人を使って行っていたのか!それが、この街で起きていた行方不明事件や変死体事件の真相…」
犬兎の推理を聞いたエラは、愉快そうに微笑んだ。そして、
「大正解よ。」
と言い、その瓶のふたを開けて口に運ぶ。
「くっ。させぬぞ!多少メリッサを巻き込むかもしれねぬが、許せ!妖力全開放…妖術、幕引き・華!」
とてつもない風の奔流と、それに合わせて蝶と桜の花びらが舞う。豪華客船の時に宮瑞が使用した大技だ。だが、嫌な予感がする。
「宮瑞、よせ!」
「【花蝶風月】!」
俺の声は届かず、風と蝶と桜は荒れ狂いながら放たれる。以前言っていた、日光や地面に足を付けるといった条件を満たしていないからか、それを放つ宮瑞はかなり疲弊しているように見えた。
だが、宮瑞が受けるデメリットはそれだけではなかった。
「残念だったわね。」
次の瞬間、風がピタリと止み…
「逆行しなさい。」
禍々しい風の奔流が宮瑞に放たれた。
「なっ…ぐああああああ!」
それをもろに喰らった宮瑞は、いとも容易く吹き飛ばされ、倒れ伏してしまった。
「宮瑞!」
「あははっ!いいわね…この力。最高よ。」
エラの姿は変貌していた。薬の影響だろう。
体からは刃のような触手が生え、メリッサと同じ銀色の髪も触手のようにうめき、その顔は人のものとは思えない血色だった。
「さて、もう少しで神降ろしは完了する。それまでに貴方達を…消してあげる。」
「そう簡単に消されてたまるか…お前だけは絶対に倒す。」
「ああ、そうだな。行くぞ、颯真、白。」
「宮瑞はダウンしちゃったしね。俺たちでやるっきゃないか。」
そして、俺たちは目の前に立つ怪物へと走り出した。
「召喚。【無貌・鳴颯】。『ガーネット・エクスキューション』…!」
俺は黄色に輝く大剣を手に持ち、足には真紅の宝石を纏う。
「…俺も合わせる。妖術、幕開け、疾風怒刀!」
「二人とも、そういう感じ?それなら…!妖術、第伍幕、鬼門法きもんほう!」
犬兎と白はそれぞれ、緑色のオーラと漆黒のオーラを身に纏い、抜刀の構えを取る。犬兎は一刀流、白は二刀流という違いはあるが。
「行くぞ!『真紅紫電之一太刀スピネル・エスパーダ』…!」
「―歌兎・風横一閃―!」
「神技・破壊創造之双牙はかいそうぞうのそうが…!」
赤、緑、黒の軌跡が超高速でエラのもとへ突き進む。しかし、
「甘いわね。」
触手が行く手を阻んだ。
「は?」
「マジかよ…」
「うそーん…」
俺たちの渾身の一閃は、たかだか触手程度も斬り裂けなかった。それどころか、全員目にもとまらぬ速さで突撃したはずなのに、その全てに対応していた。
「それじゃあ、逆行しなさい。」
その言葉を聞いた瞬間に悟る。俺たちが行った攻撃のダメージをそのまま返されるということを。
案の定、次に瞬きをした時には目の前にどす黒い軌跡が迫っていた。
「――ダイヤモンド・ノーフェイス――!」
軌跡が俺の体に直撃するのを感じる。その衝撃に意識が眩みそうになる。
「はあ、しぶといのね…」
俺は咄嗟に鎧として纏った『ダイヤモンド・ノーフェイス』によってダメージを抑え込んだ。しかし、その鎧もボロボロだ。
「…妖術、第伍幕、逆境超越。」
そんな白の声を聞いて、俺は周りの様子を確認した。
白は服装こそボロボロになっているものの、妖術によって傷を修復し、さらに自身の能力を強化したようだ。しかし、犬兎は、後方でうつ伏せになって倒れていた。
「残り二人…この感じならすぐに決着がつきそうね。」
余裕そうに笑うエラ。悔しいが、このままでは本当にそうなりそうだ。
だが、そうはならない。その根拠は、すぐそこにあった。
「…白、あいつの触手を全部出させるぞ。」
「結構無茶じゃない?どうせまた攻撃が跳ね返ってくるよ?」
「構うな。歯でも食いしばってろ。」
俺はそれだけ言い残し、大剣を構える。
「ま、やれるだけやりますか。」
白も二振りの刀を構え、腰を低くした。
「召喚…【無貌・鳴颯】――『ダンスパーティー』!」
俺がそう叫ぶと、大量の黄色の大剣や黄緑色の双剣が空中に浮かぶ。そして、それらは目の前の敵へ向かって飛翔した。
「…妖術、幕引き・混合発動…『光臨する深淵』!」
白がそう叫んで刀を二振り、真っすぐ振り下ろすと、無数の黒い斬撃と白い斬撃が宙に現れ、前方へ飛翔した。
大量の攻撃、それらをエラは、大量の触手によって防ごうとする。
「これも全部、逆行させるだけよ!」
俺たちの攻撃が止んだ途端に、俺たちが行った攻撃は真っ黒な姿になって帰ってきた。
「くっ…これは…やば…い…」
白が膝をつきそうになる。このままでは、せっかく出てきた触手が引っ込んでしまう。まだ、全部を出させることはできていないというのに。だから…
「…構わないって言ったよな。」

―ダイヤモンド・ノーフェイス―
俺は構えていた大剣にダイヤモンドを纏わせ、その刀身を巨大にする。
「喰らえええええええええ!」
そして、それを思いっきり振り下ろした。戦いの余波ですでにボロボロだった建物は、俺の一撃とエラの触手の衝突によって、壁や、天井がどんどん崩れたり吹き飛んだりする。
そして遂に、エラは残りの触手も全て使い、俺の攻撃を防いだ。
「これで終わりよ。逆行しなさい!」
「がぁああああああああああ!行け!犬兎!」
俺は吹き飛ばされながら叫んだ。
それを分かっていたかのように、一陣の風が、桜色の軌跡が、俺の横を駆け抜けた。

―KENTO'S VIEW―
 ずっと待っていた。このタイミングを。
俺が倒れた時から、俺は狙っていた。あの触手が全部出てくるタイミングを。
颯真ならやってくれる。たった一瞬でいい。そのチャンスさえ作ってくれれば、俺は間に合わせられる。軋む背中に鞭を打ち、ひたすらに耐えていた。抜刀の構えをしているのがバレないか、怖かったが、颯真たちが派手な攻撃をしてくれたおかげで、バレなかった。
颯真が俺を呼んだ瞬間…
「パニッシュメント・ラスト。」
俺の刀が桜色に光り輝き、背中に溜め込んだ妖力を解き放つ。

―――『終焉の【斬】さいごのいちげき』―――
瞬きをするよりも速く、俺は駆ける。その一太刀を浴びせるために。
そして、一筋の軌跡が…
全ての触手を斬り刻んだ。
「なに…っ!」
動揺するエラ。対する俺は、痛みと技の反動で後ろに倒れそうになる。踏ん張る気力などもう残っていないため、このまま倒れるのだろう。だが、その直前、俺は見てしまった。
―メリッサが真っ赤な瞳でこちらを見つめているのを。
それを最後に、俺の意識は途切れた。

…………………………
 次に目が覚めると、そこは、赤黒い肉塊に囲まれた洞窟のような場所だった。
「なんだ…ここ……あっ、メリッサは?颯真や白はどうなった…!?」
俺が現状を把握しようと立ち上がると、脳内に声が響いてきた。
「はあ…?これ、メリッサと、エラの…声?」
そして次の瞬間には、映像が脳裏に流れ込んできた。
「これ…は……」
その惨たらしい映像に、俺は怒りを抱かずにはいられなかった。
メリッサが今までに受けてきた仕打ち、それも、颯真が言っていた施設にメリッサが入る前の、虐待の様子だ。虐待後の施設での拷問の映像も、俺のボロボロになった体を震わせる。
「あァ…………アイツだけは、二人のタメニモ…」
俺に降り注ぐ冷たい雪と共に、俺の意識は闇に飲まれた。
「ゼッタイニ、コワサナキャ。」
秘守術ひかみじゅつ、兎ノ道、白銀世界ノ鬼