―KENTO'S VIEW―
「颯真!」
俺は朝一番に颯真の屋敷へと駆けつけた。
「…犬兎。来てくれたか。」
ちょうど、颯真が屋敷から出るところだった。
「お、二人とも早いね~。で、メリッサが居なくなったってホント?」
俺より少し遅いくらいのタイミングで白さんも駆けつけてくれた。
「白にそのことを言った覚えはないが?」
「俺が言ったんだよ。もちろん、宮瑞にもな。」
颯真からメリッサが行方をくらましたという報告をもらった後、すぐに二人にも連絡をした。ただ、宮瑞は槐とかいう人の看病もあるため、少し遅くなると言っていた。
「それより、メリッサがいなくなった原因に心当たりは?」
「これだ。」
そう言うと、左肩をはだけさせる颯真。そこをよく見てみると、人の歯形のようなものが痛々しく残っていた。
「ふーん。この噛み傷、吸血鬼のものみたいだね。」
傷跡を見た白さんがそう呟いた。
「ああ。メリッサは吸血鬼の一種の遺伝子を持っているからな。吸血することができることくらい、何もおかしいところはない。だが…」
「なぜ吸血行為をしたのか。多分、メリッサはなんかの衝動で颯真の血を吸っちゃったんだよ。そんでご主人様を傷つけることに怯えて逃げ出したって感じじゃない?」
白さんの推理に颯真も頷く。だが、俺には疑問があった。
「いや、待てよ。お前ら、いくら状況証拠が整っているとはいえ、その噛み跡がメリッサって断定できるのか?」
俺がそう問うと、颯真はさも当然かのように、
「メリッサの歯型の大きさくらい、俺が分からないとでも?」
と言った。
「え、きも―――」
「すまーん!遅くなった!」
「ぐはっ…!」
俺が颯真への罵倒を口にしかけたところで宮瑞が突撃してきた。
「お前な…陣風使いながら走るなよ…」
「緊急事態なのだろう?であれば妖術で駆けつけるのは当たり前だ。」
宮瑞は腕を組んでふんぞり返った。
「そんなことより、だ。メリッサのことを探しに行くのであろう?もし連中に捕まりでもしていたら大変だ。こんなところで話していないで今すぐ街中を探した方が良いのではないか?」
「ああ、そうだな。お前らには悪いが、手分けして探してきてもらえるか?」
「りょーかい。」
「分かった。」
白さんと、立ち上がった俺がそう返事をする。
「ああ、そうだ。颯真よ、お主に渡す物があるんだった。」
「あ?」
宮瑞はそう言うと、黒い腕輪のようなものを颯真に渡した。
「これは?」
「実はだな、先ほど妾たちの家に影狼という槐の上司が槐の看病に来たのだ。その時に小童から連絡があってな。それを聞いた影狼から渡すように言われたものだ。」
宮瑞の話を聞きながら、颯真はそれを右腕に装着する。
「なるほどな。それで、使い方は聞いたか?」
「いや。だが、それは影狼のセフィラム能力をもとに作ったものだと言っておったぞ。お主にはそれだけ伝えておけばよい…とな。」
宮瑞がそう言うと、颯真は納得したかのように頷いた。
「ふん、あいつらしいな。使い方は分かった。それじゃあ、そろそろ行くぞ。」
颯真はそう言って歩き始めた。
「あ、おい!」
俺は慌てて颯真の後を追った。
「じゃあ、妾はあっちの方を探しておるからな!見つかったら連絡する!」
「そんじゃあ、俺はこっち行ってくる!」
宮瑞と白さんはそれぞれ別の方向へ歩いて行った。だが、俺は別行動はせずに、颯真の後ろを歩くのだった。
「お前、俺に何か用か?」
「まあ、な。」
歩き始めて数分。颯真が呟くように尋ねた。
「お前が『銀狼』でこの事件の真相を教えてもらっていたことなら別に怒ってないぞ。もちろん、エラのことを黙っていたこともな。」
颯真が威嚇するような鋭い視線を送ってくる。
「い、いや…その、それもあるんだが、俺が話したいのはそのことじゃないっていうか…」
その威圧感にすっかり委縮してしまった俺は、ついついどもってしまう。
「…じゃあなんだ?」
さっきまで俺に向けていた威圧感を鎮めて、再び前を向いて歩きだす颯真。
「その…これはおせっかいかもしれないけどさ。お前、もっと自分の欲望に素直になっていいんじゃねえの?」
俺がそう言うと、颯真の足はピタリと止まった。急に止まるとは思わず、俺はこけそうになる。
「俺は割と自己中心的に振る舞っていると思うが?」
颯真は心底納得できないと言わんばかりに不機嫌そうな顔で俺を見た。
「いや…颯真の行動基準って、颯真の中のメリッサ中心じゃないのか?」
「………そう、かもしれないな。」
颯真の視線が下を向く。
「俺、お前と出会ってそんなに経ったわけじゃないけどさ、なんとなく、お前自身の願いとかを押し殺してるような気がするんだよな。いつもメリッサの為に譲歩して、自分は一歩下がる…今まで俺が見てきた颯真は、そんなスタンスでやってる気がするんだ。」
「…たしかにそうかもしれないな。だが、俺が自分の欲望に素直になったところで、メリッサはどうなる?それでアイツは幸せになれるのか?」
揺らぐ瞳で強く俺の目を睨む颯真。この人は変なところで頑固だ。
まあ、こんなことで引き下がる気はさらさらないが。
「じゃあ逆に聞くが、今まで、メリッサは幸せになれていたのか?」
「………」
「もし、お前がメリッサの幸せを願って、一歩下がってるんだったら、やめた方がいい。命令でもなんでも、してしまえばいい。」
「でも、それは…!」
「正しいことじゃないかもしれない。でも、少なくともお前は幸せだろ?」
俺に言い返そうと踏み込みかけた颯真の足が引っ込む。
「俺はな、思うんだ。正しいことが必ずしも正解とは限らないって。」
「そうだと…いいな。」
颯真は、俺に背を向けた。
「…なあ、颯真。お前はどうしたいんだ?」
―TSUKUMO'S VIEW―
そろそろ裏切ってもよさそうだ。
もともと、仲間になったつもりもないし。
俺はそんなことを考えながら歩を進める。
自分が神だからだろうか、俺は神の力を察知することができる。その特性を利用してこの街全体に意識を向ければ、メリッサの居場所を特定することなど容易い。
気がかりなのは、颯真の持つ神の力と同じ力を持った気配が、颯真以外に二つあることだ。
邪魔をされなければいいのだが。
「さてと、この辺のはずだけど……おっ、いたいた。」
俺は路地裏でうずくまる銀髪の少女を見つけた。
「メリッサ、こんなところにいたんだ…で、どしたん?」
そう声をかけながら彼女に近寄り、しゃがんだ。
「…あなたでしたか。私は、颯真様の近くにいない方がいい。そう判断しただけです。」
一瞬だけこちらのことを見たが、すぐに拗ねた子供のように顔を伏せてしまった。
「そんな拗ねるなって。別に颯真を殺したってわけでもないんでしょ?」
俺がそう言うと、また顔を上げて、涙ながらに声を上げた。
「だとしても、私のせいで颯真様が危険な目に…私がいるから颯真様は危険な目に遭うんです。だから、私なんて、いない方がいいんです!」
「でも、本人はそう思ってないんじゃないかな。」
俺がそう優しく言うと、
「本当に、そうでしょうか?」
と聞いてきた。まあ、それに対する俺の返答はたった一つ。
「知らん。」
「え?」
俺の言葉を聞いたメリッサが素っ頓狂な声を上げる。他人の思考なんて、俺には分からないし、仕方がない。
「でもさ、たまには自分の気持ちに、欲望に素直になってもいいんじゃないかな。好きなんでしょ?颯真のこと。」
俺の言ったことが図星だったのだろう、彼女は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「それは、できませんよ。だって私は、颯真様を苦しめた人の子供ですから。そんな身分の私には、分不相応なんです。」
「はあ…バカバカしいなぁ…」
メリッサの返答に、思わずため息を吐いてしまった。
「親がどうこうじゃなくて、メリッサがどうなのかってことを聞いてんの。親の罪が子の罪だとか。今はどうでもいい。自分のやりたいようにしなよ。」
「…私…は……私の気持ちに素直になってもいいんでしょうか。」
メリッサは、弱弱しい声をこぼす。
「それがいいことかどうかは分からない。でも、自分の中のモヤモヤは無くなるんじゃない?だから、言ってみなよ。自分の本当の気持ちを。」
―SOUMA & MELISSA'S VIEW―
―SOUMA'S VIEW―
白から連絡があり、俺たちはあらかじめ決めておいた合流地点で二人の到着を待っていた。
「白のやつ。本当にメリッサを見つけたのであろうな?」
「今はその言葉を信じるしかないんじゃないか?」
俺の後ろで宮瑞と犬兎が話しているが、俺はメリッサのことで頭がいっぱいになっているため、二人の話声など鳥のさえずりのようなものにさえ感じる。
「あれ、あそこにいるの、白さんじゃないか?」
犬兎のその声だけははっきりと聞こえた。俺はすぐさまその方向を見る。すると…
「メリッサ…」
白の後ろをゆっくりと歩く、俺の最愛の女性がそこにはいた。
「颯真…様…」
メリッサは俺に気が付くと、瞳に溢れんばかりの涙を溜めて、走り出した。
「颯真様!」
「メリッサ!」
俺も走り出す。彼女のことを、抱きしめてやるために。
―ANOTHER VIEW―
とあるビルの屋上にて。彼はその下で繰り広げられている騒動を眺めていた。
「嫌な気配を感じて来てみれば…やっぱり貴方でしたか。オリジナルさん。」
白いコートに身を包んだ彼は、その背後に立つわたくしに顔も向けずに
「ああ、君か。」
とだけ返した。
「それで、今度は何を企んでいるんですの?まさか、以前に飽きたと仰っていた玩具に手を貸す…なんてことはありませんわよね?」
わたくしがそう問いかけると、彼はようやく振り向いた。
「それは流石にないよ。アレに手を貸したところで、結末なんて分かり切ってるじゃないか。あいにく、何もかも予測できるような演目を楽しめるような感性は持ち合わせていないんでね。」
「そうですか。それを聞いて安心しましたわ。」
私はわざとらしく安堵の息を吐く。
「ま、ちょっと波風は立ててあげようかなーとは思ってるけど。」
ニヤニヤと口角を吊り上げるソイツに、嫌気がさしてくる。
「あ、そうだ。あの彼に何かプレゼントしようと思うんだけど、何がいいかな?」
楽しいことを想いついた子供のように笑顔で私に急接近する。
「あの彼って…私の次の作品のことでして?」
「せいかーい!」
そう言って満足げな笑みを浮かべる男は、私の周りでスキップをし始めた。
「いやぁ、彼って、僕の半分程度の力が使える君と違って僕の一割程度しか力を使えないでしょ?だから、それを無理やり二、三割程度まで引き上げたらどうなるかなって。」
「狂ってますわね。まあでも、」
私がそう言うと、「何かな?何かな?」と言って私の顔を覗き込む。
「貴方からセフィラム能力を与える…なんてのはいい落としどころではありませんこと?」
私の提案に、少しの間悩むようなフリを見せると、彼はまた楽しそうな笑顔に戻った。
「いいね~それ採用。それじゃ、さっそく行ってこようかな~」
彼は屋上のふちに立ち、私の顔をチラリと見た。
「また後でね。『NT-01』ちゃん。」
そう言い残して、屋上から飛び降り、姿を消した。
「…ひどく気に入られたものですね、『NT-02』さんも。」