第二十三話:死神・二

―KENTO`S VIEW―
俺たちは宮瑞が依頼してきた、変死体事件の調査を開始した。
実のことを言うと、最近になって変死体が発見されるようになったことや、行方不明者が続出していることは知っている。というより、宮瑞と出会う前に、深夜さんから教えてもらっていた。そして、その犯人の最有力候補が、『あの女性』だということも。
「すみません、俺、『銀狼』の関係者なんですけど、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
『銀狼』からもらった身分証明書(武装許可証)を見せながら、近くにいた若い男性にそう声をかけた。
一応、行方不明事件、変死体事件に関してであれば『銀狼』の名前を出して調べてもいいと、深夜さんに言われている。実際、『銀狼』の名前を使うだけで相手からの信用を得やすいので、助かることこの上ない。
「え?あ、ああ。はい。何でしょう。」
「最近、この辺りで行方不明者が続出するようになったようなのですが、何か知っていることなどありませんか?」
 このようにして、聞き込みをすること三十分。俺たちは集合ポイントに集まった。
「お前ら、収穫はどうだ?」
颯真の言葉に対し、それぞれが成果を報告する。
収穫があったのは俺と白さんだけ。俺は、聞き込みをした人のうち、一人だけ友人が町はずれの森付近で変死体になって発見されたという情報を手に入れたので、それを報告した。
一方で白さんは、この近辺で何人かが行方不明になっているという情報を話した。
「とりあえず方針は決まったな。犬兎と白は念のためその森へ調べてみてくれ。メリッサと宮瑞は俺に着いてこい。それでいいな?」
颯真の指示に、全員が頷いた。
―その時だった。
「危ない!」
メリッサの声と発砲音が鼓膜を震わせ、俺の体はメリッサの腕によって突き飛ばされた。
「うっ…」
メリッサが小さく呻く。尻もちを付いた俺はメリッサの姿を見る。すると、彼女の左肩から血が流れていた。
「メリッサ!」
颯真が声を上げてメリッサのもとに駆け寄り、彼女の体を支えた。一体何が起きたんだ。
「ふむ…これは少々面倒なことになったな。」
宮瑞がそんなことを言いながら周りを見ていた。俺も宮瑞が見ているものに目を向けると、そこには俺たちのことを徐々に包囲していく黒服姿の人たちがいた。
「いや~囲まれちゃったね…」
白は苦笑いを浮かべていた。黒服たちはこちらに銃を向けている。メリッサを…いや、俺を撃とうとしたのはこいつらだろう。
 俺たちは自然と互いに背を向けて円形に並んだ。
 そんな中、颯真は手のひらに魔法陣を展開していた。
「颯真さま、私なら大丈夫です。ですから、一緒にやりましょう。これは上手くやれなかった私の落ち度でもあるので…」
メリッサはいつの間にか藍色の刀を手に持ち、颯真の横に並んだ。
「…無理はするなよ…ダイヤモンド・ノーフェイス。」
「かしこまりました…エッジ・オブ・アイオライト。」
透明な宝石と、藍色の宝石が刃の形となり、斬撃が黒服たちに向けて放たれた。
「であれば、妾もそれに続こう…ふん、喰らうといい。妖術、第伍幕、風刃ふうじん!」
「それじゃあ俺も、いっちょやるかぁ。妖術、第漆幕、双刃黒斬そうじんこくざん!」
宮瑞と白は妖術を発動し、風でできた翡翠色の刃と、漆黒の刃を放った。
四色の刃はそれぞれの方向へ飛翔し、黒服の集団を攻撃した。当然、それを受けた大多数が致命傷を受け、地に倒れ伏す。しかし、奴らのうち、一部は武器を捨て、腕を禍々しい巨大な爪のようなものに変貌させ、こちらへ突撃してきた。
「なっ、あやつら、豪華客船の時の輩と同じか!」
「…チッ。予想が当たったか。」
宮瑞と颯真が各々嫌そうな表情を浮かべる。
黒服たちは連携の取れた動きで、颯真たちを翻弄しながら攻撃を仕掛けてくる。激しい戦いの中、俺は自身の刀、『終焉しゅうえん歌兎うたうさぎ』の柄を握り、抜刀する。その桜色の刀身は、優しくも鋭い輝きを放っていた。
「…いい機会だ。試してみるか。」
俺は、感覚を研ぎ澄まし、体の中を流れるものに集中する。強い能力だがデメリットが大きい『パニッシュメント・ラスト』じゃない。もっと汎用的な力を求めて俺が考案した妖術。宮瑞からもらった妖力を使った俺の新しい力。それを今、ここで―開演する。

「妖術、幕開け、疾風怒刀しっぷうどとう!」

俺の体が淡く緑色に光る。
「犬兎…お前…」
颯真の驚く声が聞こえる。だが、それを気にしている場合じゃない。
俺は刀に妖力を込め、その刃を何もない空間に振り下ろす。
すると、刀身に風が渦巻き、それが前方へ勢いよく突き進む。そして、その先にいた黒服たちに直撃し、奴らを吹き飛ばした。
「ほお、妾の妖力をオリジナル妖術に昇華させたか。やるな、小童。」
宮瑞の感心する声が聞こえた。そう、これは俺のオリジナル妖術。
 『疾風怒刀』は全身に宮瑞からもらった風属性の妖力を纏い、体あるいは刀から絶大な威力の風を噴射できるようにする術。俺が颯真の強さに近づくために考案した、汎用的な力の結論。
 「まだだ!」
俺は両足から風を噴射し、上空へ跳び上がる。
「くら…えっ!」
重力にしたがってその刀を振り下ろし、落下の瞬間に周囲へ強烈な風を噴射する。その周辺ににいた敵は為す術もなく吹き飛んだ。
 そして、俺は敵が残った方へ振り向く。奴らは今の攻撃を見て俺のことを警戒したのか、一斉にこちらへ走り出し、飛び出し、いろんな角度から俺を攻撃しようと試みる。それならそれでいい。一瞬で斬り伏せるだけだ。
俺はもう一度納刀し、姿勢を低くして抜刀の構えを取った。そして、背中に風の妖力を集中させていく。なるべく多く。もっと多く。まだ足りない。俺の刃は、風を斬る。そのための速さを溜め込む。
「くっ…今の俺じゃ、これが限界か。しょうがない、行くぞ!」
俺はきしむ背骨のあたりから、その妖力を噴射する。風という形で。いや、もはや風とは言えない。これは、ジェット噴射だ。いや、それすらも越えているかもしれない。
俺はそれに合わせて、抜刀する――――

歌兎うたうさぎ風横一閃かぜよこいっせん
――――俺の世界から音が消える。
一体、どれほどの速さで駆け抜けたのだろう。
この刹那が永遠のようにも感じられる。
そして、遂に足は、止まる。
その瞬間、今までに聞いたことのないような轟音が、遅れて俺の鼓膜を殴りつけた。
「くっ…やばいな…これ…」
俺は耳に走る激痛に耐えながら振り返る。すると、そこにいたであろう存在はすべて倒れ伏しており、少し遠くで呆然と俺のことを見る颯真たちが見えた。いや、一人だけこちらを見ていない。というか、目をそらしている。メリッサが。
「いやぁ~犬兎くん、その妖術は確かにすごいんだけどさ…」
白さんが言いにくそうに頬をかいた。代わりにデリカシーがなさそうな赤髪の男がその一言を口にした。
「お前、服が破けて半裸になってるぞ。」
「え……」
手放しに喜べない勝利となってしまった。

―SOUMA'S VIEW―
 犬兎が服を着替えるために一旦帰ったところで、俺とメリッサ、宮瑞の三人は目的の場所へと向かった。ちなみに白は、どうせ一緒に行動するなら…と、犬兎に着いて行った。
 「それで颯真よ、お主は今、どこに向かっておるのだ?」
俺の後ろを歩く宮瑞がそう尋ねてきた。
「俺たち三人の共通の知人の家…といったところだ。」
「あの方は現在、『オルトロス』の監視下にありますからね。私たちは住所を教えられているんですよ。」
「それはもしや…!」
俺とメリッサの遠回しな説明でようやく理解してくれたらしい。
 「さて、着いたぞ。ここだ。」
俺が立ち止まった家の表札には、『金平』と書かれていた。
その家のインターホンを鳴らす。すると…
「はーい。」
と言って女性が出てきた。
「…本当に金平と暮らしてるんだな、レノーア。」
「あ、貴方達は…」
豪華客船の一件で知り合った、レノーア・ローズ。彼女は俺たちの顔を見ると、驚いた表情を浮かべた。
「よお、今、金平はいるか?」

……………………………

 「…『シルバートワイライト』の件では本当に迷惑をかけたね。改めて、謝罪をさせてくれ。」
俺たちと向かい側のソファに座り、深々と頭を下げる金平。
「気にすることはない。結局お主も巻き込まれた側だったのだろう?それならば、妾に責める権利などないしな。」
「まあ、あの分かりにくいメッセージはどうにかしてほしかったけどな。」
将棋の駒がどうとか、本当に言ってる意味が分からなかった。あれを解くのに一時間はかかったことに対して文句を言いたい。
「い、いやぁ…他の研究員に見られても問題ないレベルで難しいのを作ろうと思ったら、アレしかなくて…」
本人も分かりにくいという自覚はあったのか、申し訳なさそうに背を丸めていた。
「まあまあ、結果的には何とかなったのだから、それでいいじゃない。」
そう言いながらレノーアは人数分のお茶を机に並べた。
「それはそうと…槐くんはどうしたんだい?てっきり彼も一緒にいるのかと…」
「ん?ああ、あやつなら風邪でぶっ倒れておるぞ。」
金平の問いに宮瑞がそう答えた。
「…そういえば、もう一人いましたね、例の事件での無理が祟って風邪をひいた方が。」
「いや…まあ、そうだな。」
メリッサの言葉と視線が痛い。「本当に心配したんですからね。」と言ってるようにも感じるのが心苦しい。
「…さ、さて、本題に入ろうか、金平。」
メリッサの視線から逃れるように俺は話を切り出した。すると、さっきまで緩い雰囲気だった金平の表情が真剣そのものに変わる。
「ああ、そうだね。何でも聞いてくれ。答えられることは全部答えよう。」
「じゃあ、単刀直入に聞くが、今現在この近辺で発生している行方不明事件と変死体事件。これらについて心当たりはあるか?」
「あるよ。というか、あの豪華客船にいたのと同じ組織が犯人のはずさ。」
金平はよどむことなく即答した。恐らく、俺たちが訪れた時点でこのことを聞かれると予想していたのだろう。
「ならば聞くが、この一件を収めるためにはどこを叩けばいい?」
俺が前のめりになってそう尋ねると、金平は顎に手を当てて考えこんだ。
「うーん。僕自身、あの組織については存在しか知らないからな……」
そう呟く金平だったが、少しすると、「あっ」と小さな声を零した。
「あの組織の関係者で、この辺りを陣取ってる人がいるんだけど、もしかしたらその人が一連の事件の犯人かもしれない。」
金平は真っすぐと、それでいて確信に満ちた瞳で俺を見た。
「して、そやつの名は?」
友人を殺された身として気になるのだろう。宮瑞も俺と同じように前のめりな姿勢になっていた。
「…ああ、彼女の名前は―――『エラ・スチュアート』。スチュアート財閥の代表取締役社長だ。」
「なっ!」
「すちゅあーと?どこかで聞いたことがあるな…」
「……………………。」
金平の言葉に、俺、宮瑞……そしてメリッサは、それぞれの反応を示した。
メリッサの反応からして、俺が考えていることは当たっているのだろう。正直、ここで出てくるとは思わなかった。
 スチュアート財閥。その名前は前々から気にはなっていた。ここは日本だ。外国人よりも日本人が多い環境なんだ。メリッサと同じファミリーネームという時点で、怪しまないのは無理がある。だが、俺にはそれを誰かに聞く勇気が中々湧かず、今の今まで放置していた。そのツケがここで回ってくるなんて、完全に予想外だ。
 「知ってるかもしれないけど、スチュアート財閥は、薬の研究を中心に規模を拡大してきた。でも、その裏で、例の組織が行っている実験にも手を貸していたんだ…とは言っても、このことは、僕に宿っていたあの怪物の知識の残りカスでしかないから、これ以上は分からないけど。」
「……いや、十分だ。ありがとう。」
俺はそれだけ言って、立ち上がる。メリッサも、俺の動きに合わせて立ち上がる。
「颯真、それとメリッサよ。お主ら、顔色が悪いようだが、大丈夫か?」
宮瑞が俺たちにそう声をかけて追うように立ち上がる。俺はそんな彼女を無視して、
「じゃあな、金平、レノーア。またいずれ会おう。」
と言った。するとレノーアは心配そうに眉をひそめてこう言った。
「ええ。またいつでも来て頂戴。それと、気をしっかり持つのよ。」
続けて金平が
「あの人と君たちにどんな因縁があるかは分からないけど、気を付けるんだよ。」
と言ったので、俺は振り返らずに声を絞り出した。
「…ああ、そうさせてもらうさ。」
そして俺は、メリッサの手を優しく掴んで、金平の家を後にした。

―MELISSA'S VIEW―
 ああ、やっぱり、こうなりますよね。

――――ごめんなさい、颯真様。