第二十二話:死神・一

―KENTO`S VIEW―
 「うむ、付け焼刃だが、何とかなったな。」
横を歩く宮瑞が満足そうに言った。
俺はその言葉を聞き流しながら、手のひらを開いたり閉じたりして、感覚を試している。
「元々、俺にも少しだけ妖力が流れていたんだ。でも、こんなに莫大な量の妖力があるってのは…なんか変な感覚だな。」
俺は先ほど、宮瑞に無理やりな方法で妖力を流し込んでもらった。それにより、俺にも風属性の妖力が流れるようになったのだ。体の構造をちょっといじったらしいんだが、正直、結構痛かった。
「さて、叶ったかどうかはともかく、お主の願いを聞き遂げてやったのだ。今度は妾の野暮用に付き合ってもらうぞ。」
挑発的な笑みを向けてくる宮瑞。多分、俺の悩みを聞いた時からこうする気だったのだろう。顔に「時は来たり!」と書いてあった。
「まあ、ちゃんとやってくれたみたいだし、それくらいなら付き合おう。」
「いい返事だな。まあ、野暮用と言うが、内容は結構重たいんだがな!」
それは野暮用と言うのだろうか。笑い飛ばす宮瑞は明るいような、暗いような、よくわからない雰囲気を帯びていた。
「というわけだから、今からもう二人ほど協力者を確保しに行くぞ!」
「あ、俺だけじゃないんだ。」
「うむ。そもそも、その二人のもとへ行く途中でお主とエンカウントしたわけだからな。お主の協力は誤算中の誤算だ。まあ、いい誤算だったがな。」
「そう思ってくれてるならよかったよ。」
 そんなやり取りをしながら歩いていると、
「あれ、宮瑞じゃん。」
正面から歩いてくる和服を着た白髪のケモ耳男に呼び止められた。正確には俺ではなく、宮瑞が。
「む…ツクモか。珍しい顔が歩いているではないか。」
どうやら、『ツクモ』と呼ばれた男性と宮瑞は知り合いのようだ。
「そうだ。小童に紹介してやろう。こやつは『ツクモ』。自称、瓦礫の神だ。」
神という言葉を聞いて、白さんの方を見る。確かに、高密度のセフィラムエネルギーに近い何かを感じるが…それと同時にすごい密度の妖力も感じる。本当に神なのか?
俺がそんなことを考えていると、
「どうも~瓦礫の神です。」
白さんは軽そうな笑顔と挨拶をしてきた。対して、さっきまでの調子に乗ったニヤけ顔が一転、めんどくさそうなジト目に変わった宮瑞。なにがなんだかよく分からないが、とりあえず、俺も挨拶をすることにした。
「あっ…と、魅守犬兎です。一応、宮瑞とは古い知り合いで…」
「なるほど。君がかの有名な妖怪の王の子供ってわけか。まあ、俺は一応神様だけど、そんな堅苦しくなくていいよ。俺も、宮瑞とは古い知り合いってだけだしね。」
「そ、そうなのか…」
白さんの距離の詰め方に驚くも、なんだかんだ適応し始めてるような自分がいるのも驚きだった。
「それで、二人は何してたの?」
白さんがそう尋ねると、宮瑞は「はあ…」とため息を吐きつつ、言葉を出した。
「ちょっと調べたいことがあってな。人手を集めていたところだ。お主も来るか?」
「うーん。そうだな、ちょうど暇してたし、俺も行くわ。」
笑顔でサムズアップする白さん。対して宮瑞は誘った側にも関わらず、少し嫌そうな顔をしていた。
「…なあ、宮瑞。なんでそんなに嫌な顔してるんだ?」
俺は宮瑞に近寄り、小声で聞いた。
「戦力としては申し分ないんだ。それこそ、剣の腕だけで言えば、お主と同等以上だ。だがな…女たらしの節があってな……あんまり連れ歩きたくないんだ。特に今から行くところには。」
宮瑞はコソっと答え、もう一度重そうな息を吐いた。
つまり、実力はあるが、女たらしだから同行したくないというわけだ。だが、女たらしを連れて行きたくない場所とはどこなのだろうか。
「それ、聞こえてるからね?」
ズズっと俺たちに近づいてきた白さんが不満そうな声を漏らした。
「うむ。すまんな。とりあえず行くぞ。相手が可愛らしいからと変な気だけは起こすなよ?」
「分かってるって。」
ズカズカと明らかに不満そうな歩き方をする宮瑞。それを軽い足取りで追う白さん。俺もその後に着いて行く。
 そして、俺は宮瑞の言葉の意味をすぐに理解することになるのだ。しかし、正直、宮瑞が心配しているようなことにはならないだろうな…とは思った。

―SOUMA`S VIEW―
メリッサが淹れてくれたコーヒーを一口。やはり美味い。
「流石の腕前だな、メリッサ。なんならまた腕を上げたか?」
「恐縮でございます。颯真様に喜んでもらえるよう、日々研鑽を重ねておりますので。」
メリッサは軽く頭を下げた。
昼食後のコーヒータイム。今日は依頼もなかったので、こうしてゆったりとした時間を過ごしているのだ。
 だが、こんなまったりとした時間は、騒がしい連中が来れば一瞬で壊れる。
「颯真!メリッサ!二人ともここにおるか!?」
―無礼者め、チャイムくらい鳴らせ。
バターン!と大きな音を立てて開かれたドアとともに、騒がしい女妖怪の声が聞こえた。
「…この声…以前豪華客船でご一緒した方ですよね?」
「桜宮瑞…こんな早い再会になるとはな。」
しかし、俺たちがくつろいでいるリビングに向かう足音は三人分。一つは宮瑞。もう一つは槐だとして、もう一つは誰だ?
そんなことを考えていると、俺の予想はいとも容易く飛び越えられた。
「宮瑞と…えん…じゅじゃねえな、お前、犬兎じゃねえか。」
「よ、よう…颯真。」
無遠慮に突入してきた桜の木の妖怪の後ろには、俺の部下、魅守犬兎がいた。
「あ、どうも、お邪魔しまーす。」
「いやお前は誰だ!?」
そして、もう一つの足音の正体は、和服を着た白髪のケモ耳男だった。
「俺の名前はツクモ。白と書いてツクモだ。一応、瓦礫の神様だけど、宮瑞の古い知り合いって感じだから、よろしく。そっちの可愛いメイドさんも、よろしく~。」
「は、はい…よろしくお願いします。」
白はウィンクをしながら挨拶をしてきた。メリッサも困惑している。瓦礫の神って…本当にこいつは神なのか?
俺は彼の言葉が信じられず、メリッサの方を見た。俺の視線の意図に気づいたのか、メリッサは軽くうなずいた。どうやら本当に神様らしい。カプリス様といい、俺のオリジナルといい、どうして目の前に現れる神は威厳がないのだろうか。
「ではお三方。ゲストルームの方へご案内しますので、着いてきてください。」
メリッサはメリッサで、ひどく落ち着いていた。
メリッサが丁寧な所作で三人をゲストルームへと連れていく。
「…はあ、コーヒータイムはこれでおしまいか。」
俺は後ろ髪を引かれながらメリッサたちの後を追った。

 ゲストルームに入れば、すでに三人は来客用のイスに座っており、メリッサは俺と来客三人の分のお茶を淹れ始めていた。
「それで?このメンバーでここに来たってことは、単に遊びに来たってわけでもないだろ?」
俺がイスに座りながら尋ねると、宮瑞が「ああ。」と頷いた。
「実はだな、少し前…それこそ例の豪華客船の件よりも前のことなのだが、妾の友人が変死体となって見つかってな。そのことを調べるのに手を貸してほしいのだ。」
真剣な面持ちで話す宮瑞。その態度に、先ほどまではちゃらんぽらんな態度だった白も、いつの間にか硬い表情で話を聞いていた。
「なるほどな。それで、その変死体の特徴を聞いてもいいか?」
俺の問いに対し、宮瑞は気難しそうな表情を浮かべる。というより、少し俺に遠慮しているようだった。
「…うむ。それがだな、その者はおなごだったのだが、体から触手が生え、皮膚の一部は鱗のようなものに生え変わっており、右手は怪物の手のように禍々しいものになっていたようなのだ。それで以前、豪華客船で体の一部が怪物のように変化している人間が現れたであろう?それでもしや…と思ってな。」
宮瑞が俺に遠慮していた理由が分かった。『シルバートワイライト』にいた、俺たちの因縁の相手のことを知っている。それでこの前のような堂々たる振る舞いをしていないのか。
「事情は把握した。まあ、その組織のことなら、俺たちくらいしか頼めるやつもいないよな。いいだろう。手伝うという形でなら請け負ってやろう。」
俺がそう言うと、宮瑞の表情は明るくなる。
「ほ、本当か?それは助かる。報酬は槐の給料から天引きでいいぞ!」
「ああ。あいつの上司の影狼に話しておこう。」
俺がそう答えると、白は宮瑞の肩を叩いて、「よかったな。」と声をかけた。
 しかし一方で、話を聞いていた犬兎の顔は、緩んでいなかった。
犬兎は俺の視線に気が付くと、わざとらしく眉間にしわを寄せ、わざとらしく眉を八の字にして、わざとらしく目を俺から見て右に動かした。
俺が視線移動だけでその右側を見ると、そこにはお茶を配り終え、依頼内容を書類に書き留める、メリッサがいた。おそらく、『そういうこと』だろう。正直な話、俺も同じことを考えていた。
 俺と犬兎の懸念点。それは、メリッサだ。
以前、豪華客船でのあの組織との邂逅は、メリッサに大きな打撃を与えた。今回の事件でもし連中と衝突することになったとして、俺が危惧している『あのトリガー』が引かれない保証なんてどこにもない。
宮瑞も、メリッサにとって奴らがトラウマだと分かった上で頼んできているようだから、彼女のことは責めようがない。
断ってもよかった。俺とメリッサが穏やかに過ごすだけなら、それでよかった。わざわざ危ない橋を叩いて渡るような真似はしなくてもいいんだ。だが…

――「自分たちの過去は自分たちで精算してきてよ。他人に押し付けられても迷惑なだけだからさ。」

『シルバートワイライト』に乗り込む前に翼さんに言われた言葉が思い起こされる。
 ため息を吐いて、俺は犬兎に頷いて見せた。
「…そうか。それじゃあ、みんな、さっそく調べよう。颯真、何か案はあるか?」
犬兎が立ち上がり、声を上げた。
「一応、当てがないわけじゃない。だが、警戒されないよう、そこには俺、メリッサ、宮瑞の誰かだけで行った方がいい。」
俺がそう言うと、白は顎に手を当て、
「じゃあ、俺らは何をしたらいい?やることないじゃん。」
と言った。それに対して俺は、
「何も今からそこに行くわけじゃない。今からは事件について、他に何か情報がないか探すんだ。本当に例の実験が関わってるなら、実験の為に拉致された行方不明者がいてもおかしくない。その辺の話を通行人に聞きこんでみてもいいかもな。」
と答える。
「確かに、一理あるな。それじゃあ、さっそく行くか?」
犬兎は腰に携えた刀の柄に手をかけ、俺たちに尋ねた。
「…犬兎、お前、今から戦場にでも行くのか?」
「そうじゃないが、俺は『銀狼』から武装許可証をもらってる。刀の装備は問題ない。」
「小童。颯真が言ってるのはそういう問題ではないと思うぞ…」
宮瑞の言うとおりである。
「では、今から外で調査をするということでよろしいですか?」
「うん。よろしくてよ、可愛いメイドさ――って痛い!」
白がイスから転げ落ちた。
「そういうのをやめろと、妾は言ったのだが?」
「ご、ごめんて…」
どうやら、白の足を宮瑞がわざと踏んだらしい。
「はあ、バカしかいねえ…」
心配しかないが、俺たちは屋敷を出て、外で聞き込みを開始した。

 だが、すぐに聞き込みをしている場合じゃなくなった。
まさか奴らがこんな強硬手段を使ってくるとは。いや、タイミングが良すぎる。というか、早すぎる。
事件を調べ始めてからそんなに時間は経っていない。
聞き込みを開始してから少し時間が空いていたのなら、自然な流れだった。でも、まだ聞き込みを開始してから二、三人に声をかけた程度だ。それなのに、何だこの状況は。
 俺は、いや、俺たちは思っている以上に最悪な演目に首を突っ込んでしまったのかもしれない。
俺たち五人は、急に俺たちを囲んできた大勢の黒服どもに対し、互いに背中を向けて円陣を組んだ。
「…ダイヤモンド・ノーフェイス。」
「…エッジ・オブ・アイオライト。」
俺とメリッサの技。透明な宝石と、藍色の宝石が刃の形となり、斬撃を放つ。
「ふん、これでも喰らうといい。妖術、第伍幕、風刃ふうじん!」
「いっちょやるかぁ。妖術、第漆幕、双刃黒斬そうじんこくざん!」
宮瑞と白の技。風でできた翡翠色の刃と、漆黒の刃が放たれる。
そして…
「試してみるか。妖術、幕開け、疾風怒刀しっぷうどとう!」
犬兎は、俺が知る限り初めて妖術を行使した。

 この演目は、今までとは何かが違う。そんな気がする。もちろん、悪い意味で。