第二十一話:法王・三

―KENTO'S VIEW―
 俺が足しげく『銀狼』に通っていることなんて、颯真にはバレているのだろう。
俺がここに来ている本当の目的も。
「…そこだ!」
渾身の横一閃。
「…くっ、やるな。」
目の前のオレンジ髪の剣士は、かろうじてその一撃を受け流すが、流しきれずによろめく。俺はそこへ追い打ちの袈裟斬りを繰り出…
「はい。犬兎、ストップ!」
俺たちの間に深夜さんが割って入る。
「え、ちょ…」
俺は勢いを殺せず、深夜さんに斬りかかってしまう。
「『終焉回路ラストプログラム』。」
しかし、その斬撃が深夜さんの体に当たった瞬間、金属と金属がぶつかったかのような甲高い音が部屋中に響いた。
「…それ、親父の能力…」
終焉回路ラストプログラム』。それは俺の親父、『魅守一兎みかみいちと』が持っているセフィラム能力だ。自身と自身が触れているものの設定をいじることができるらしい。
「忘れた?僕の能力は他の人の能力や技をコピーすることができるんだよ。」
「そういえばそうでしたね…」
つまり、深夜さんは自分の能力で親父の能力をコピーして、自身の体の硬さを変えたということらしい。
 「それにしても、強くなったじゃないか、犬兎。今、君が手合わせした『しゅう』は、現在『銀狼』に所属しているメンバーの中では一部例外を除いて最も刀の扱いが上手い子なんだけどね。いやぁ、大したもんだね!」
深夜さんは微笑んで、俺の頭をポンポンと叩いた。この歳になっての子ども扱いは流石に恥ずかしい。
 俺は頭ポンポンから無理やり抜け出して、さっき相手をしてくれた男性、『楓焔秋ふうもしゅう』に近づく。
「あの、お手合わせ、ありがとうございました。」
俺が一礼すると、秋さんは小さく首を振った。
「いや、礼を言うのは我の方だ。かねてより高名を聞いていたあの英雄の息子さんと手合わせをさせてもらえるとは…いい経験になった。感謝する。」
秋さんは手を差し出してきた。それを見て俺も手を伸ばし、硬く握手をした。
「うんうん。こうして輪が広がる。実にいいことだね!」
 腕を組み、感慨深そうに頷く深夜さん。俺はそんな彼に顔を向ける。
「それで、深夜さん。そろそろ今日の本題を教えてくれませんか?話したいことがあるって言ってましたよね?」
俺は秋さんとの握手を解いて、深夜さんに近づく。
「…そうだね。それじゃあ、真面目な話、しようか。」
人格が入れ替わったかのように態度を豹変させる深夜さん。その姿勢に思わず、生唾を飲み込んだ。
「とりあえず、僕に着いてきて。」
深夜さんは俺に背を向けて歩き出す。俺はその後に続く形で歩き始める。
 部屋から出る直前で、秋さんに軽く会釈をして、深夜さんが進んでいった廊下へと足を踏み入れる。
「まず、君が調べてほしいと言っていた神話生物の力を人間に付与する実験だけど、それに該当しそうな組織を見つけた。」
深夜さんは廊下を歩きながら、振り向きもせずに淡々と話し始めた。
「本当ですか?それで、その組織はなんなんですか?」
俺の問いに対して、深夜さんは、
「……まだ、不確定なんだけどね。それは後で教えることにしよう。」
なぜか、言い渋った。
「さて、この部屋だ。」
深夜さんはとある一室の前で立ち止まった。
「ここは僕の執務室なんだ。一応、有栖も呼んであるから、ここにいるはずだよ。」
 深夜さんが扉を開くと、その中には社長室と思い浮かべた時のイメージそのままの光景が広がっていた。高級そうな重厚感のある木のデスクや、革で覆われた座り心地のよさそうな大きなイスなど。そして、部屋の中にあるソファには、一冊のファイルを広げて読む有栖さんがいた。
「あ、犬兎君!元気?」
「あ、はい。有栖さんも元気そうで何よりです。」
俺は有栖さんに一礼した。
 「さて、話の続きをしたいんだけど、その前に一つ確認をしてもいいかい?」
深夜さんはいつの間にか社長用みたいなイスに腰掛け、俺の目を見据えていた。
「はい、何ですか?」
「君の今の身の回りを勝手に調査させてもらったんだけど、君は、メリッサ・スチュアートという女性と懇意にしているね?」
鋭い目のままだったせいか、威圧されているように感じてしまい、一瞬身がすくむ。
「…はい。その通りです。」
俺は隠す意味もないので、肯定した。だが、どうしてメリッサの名前しか挙がらなかったのだろうか。メリッサのことを調べる過程で、『鳴神颯真』という要素は避けて通れないはずだ。それなのに…
「それなら、僕らが今から言う事は覚悟して聞いた方がいい。」
「それってどういう…」
深夜さんは、有栖さんに目配せをした。
「犬兎君。ちょっとこっちに来て。私の隣に座っていいから。」
俺は促されるままに有栖さんの隣に座った。すると、有栖さんは先ほどまで読んでいたファイルを目の前のローテーブルの上に置いた。ページを開いたまま。
「あの…これは一体…」
俺がそう尋ねると、隣にいる有栖さんが答える。
「『白鷺』…情報班の人に纏めてもらった、例の組織の情報をまとめたファイルだよ。組織の名前まではなんとか割り出せたみたい。流石だね。」
言いながら、有栖さんはページの一部を指さした。
「…『ワールド・スタビライザー』…?」
「うん。これがその組織の名前。日本語にすると、『世界安全装置』だってさ。胡散臭いよね。」
有栖さんが苦笑しながら言った。
「その『ワールド・スタビライザー』ってのとメリッサになんの関係が?」
「さあ?」
有栖さんは肩をすくませた。
「『ワールド・スタビライザー』の情報は組織名以外ほとんど掴めなかったらしいの。だから、メリッサ・スチュアートとの直接的な関係は分からないよ。」
「直接的な?」
俺は資料から顔を上げて有栖さんの顔を見て聞き返した。
「うん。つまり、間接的には関係してるってこと。実は、『ワールド・スタビライザー』と繋がりがありそうな企業…というか、財閥は掴めたんだよ。」
有栖さんは、言いながら資料を一枚めくる。その動きに合わせて、俺たちのことを遠目に見守っていた深夜さんが声をかける。
「犬兎。今から言う内容は、よくメリッサ・スチュアートと行動を共にしている、鳴神颯真には言わない方がいいと思う。まあ、絶対ではないけどね。」
「それってどういう……!?」
聞くよりも早く、見てしまった。そして、気づいてしまった。
資料の中にあったのは…

 『スチュアート財閥』

メリッサの苗字と、同じ文字。嫌な想像が俺の頭の中を埋め尽くした。

…………………………

 俺は、どうしてあの二人のために躍起になっているのだろうか。
答えは単純。俺があの二人の幸せを望んでいるからだ。
未来に希望なんてない。そう思って無気力になりつつあった俺の前に、二人は現れた。
あの二人がいる空間はどこか暖かくて、お母さんとお父さんのことを思い出す。
 明らかに怪しい俺を丁寧にもてなしてくれたメリッサ。俺の力を信じて任務に送り出してくれた颯真。

―俺は、俺が失った未来への希望を、二人に託したいんだ。

 ある意味で言えば、これは二人への執着と言えるだろう。でも、想わずにはいられなかった。過去や幸せを失い、真っ当な人生を送ることなんて許されなかったはずの二人が、あの大きすぎる入れ物の中では笑って暮らしている。そんな空間を見せられたら、二人が送るであろう未来のために、できることは何でもしてやりたいって。
 俺は、俺の偽善を、エゴを、誰かの為に残したいだけなんだ。

―俺はいずれ、全てを壊そうとするはずだから。

 「浮かない顔をしておるな、小童…いや、王子と呼んだ方が良いか?」
前から声をかけられてハッとする。そうだ、俺は今、『銀狼』の本部から帰っている途中だった。
顔を上げて前を見ると、その声の主の姿を捉えることができた。桜色の長髪に、茶色の角が特徴的な和服姿の女性…
「…桜宮瑞。」
「うむ。久しいな。かれこれ四年ぶりか?」
桜の木の妖怪、桜宮瑞。昔、俺が住んでいた里の住民だった妖怪。とある人間が気に入ったからと、里を出てその人間に着いて行ったっきり会ったことはなかったが…
「ああ、四年ぶりなのはそうなんだけど…お前、気に入ったっていう人間はどうしたんだ?そいつに着いて行ったんじゃないのか?」
俺がそう尋ねると、宮瑞は「はっはっは。」と軽く笑い、
「あやつなら風邪で寝込んでおる。最近初めての大仕事があったからな、その後始末をしていたようだ。まあ、不備があったとかなんとかで、何度もやり直しを食らっていたからの、それで体にガタが来たのであろう。」
とまるで面白がっているかのように軽く話した。そういえば最近、俺の知人にも大仕事が終わって風邪をひいたとかいう男がいたような…
「な、なるほど…それで今は買い出しか何かでもしてるって感じか?」
「いや、そういうわけではない。ちょっとした野暮用があってな。それを済ませようと思っていただけだ。」
宮瑞は一瞬だけ顔を曇らせた。しかし、それもすぐに切り替えると、いつもの明るい調子に戻る。
「それで、お主は一体どうした?何やら思い悩んでいるようだったが。妾で良ければ相談に乗るぞ。これでも三百年ほど生きておるからの、お主よりは多く経験をしてきたつもりだぞ。」
言いながら、俺に顔を近づけてどや顔を見せつけてくる。というか、三百年って、俺どころか親父よりも圧倒的な経験量なんだよな…
「…あまり人に話せるものじゃないから、多くは言えないけど…そうだな、簡単に言うと、もっと強くなりたい。」
「ほう?父親との修行をあれだけ嫌がっていた小童がそんなことを言うようになるとはな…一体どんな心境の変化があったのやら。」
さっきまでの自信ありげな顔は、あっけにとられたと言わんばかりにポカンとしていた。
「…そんな昔の話を持ち出されても困る。」
俺がそう答えると、宮瑞はまた笑い始めた。
「はっはっは。すまんすまん。だが、そうか…であれば多少は力になってやれるかもしれんな。」
「え?マジ?」
宮瑞の言葉に驚いた俺は、ポロっと言葉を漏らした。
「うむ。マジの大マジだ。」
「マジかよ…」
雑踏にまぎれたこの空間だけ、語彙力が消滅してしまった。
「それで、何をしてくれるんだ?」
俺が宮瑞にそう尋ねると、宮瑞は急に歩き始め、俺の横を通り過ぎる。
「ここではできぬ。妾に着いて来い。」
その言葉を聞いた俺は、何も言わず、彼女の後ろを歩いた。
「正直、今からやろうとしていることがお主の為になるかは分からんが、何かのきっかけは作ってやれるかもしれん。」
「それだけでも十分助かる。少しでも、力を付けて、やれることを増やしたいからな。」
俺は宮瑞の背中に向けてそんな言葉を発した。だが気になるのは、そんなことができるのなら、なぜ他の妖怪たちはそれをやってくれなかったのだろうか。それとも、宮瑞にしかできないことなのか?
「それで、今から何をするんだ?」
「至ってシンプルなことだぞ。とはいえ、ほんのちょこーっとだけ危険ではあるがな。」
「は?」
表情を見せてくれないからそれが本当に「ほんのちょこーっとだけ」なのかが分からない。
宮瑞は俺の不安を煽りたいだけなんじゃないか?
「案ずるな。お主は半妖だ。多少体をいじって無理やりな方法で妖力をぶち込んだところで死にはせんだろ。」
「いや絶対それ危険じゃねえか!?今まで皆がやってくれなかったのはそれが理由かよ!」
思わず大声でツッコんでしまった。
「大丈夫だ。多分大丈夫だ。昔やったことあるし。」
がははと笑いながら歩き続ける宮瑞。一体何が大丈夫なのだろうか。
「昔ってどれくらい?」
「二百年前だ!」
「絶対大丈夫じゃない!」
文句は言いつつも、俺は宮瑞に着いて行く。結局、危険を冒してでも力が欲しいのだ。

颯真に並べるだけの力が。

誰かの『未来』を、護れるだけの力が。

俺のエゴを、貫き通すための力が。