「…どうしてお前が…」
俺たちの前に立ち塞がった者の正体。それは…
「…加賀信介。」
先程までのチャラそうな顔はどこに行ったのだろうか、冷え切ったような眼差しで俺たちを見ている。
「どうしても何も、最初から俺はお前らの敵だったってことだ。見ればわかるだろ?」
そんな冷酷な言葉を告げた後、彼はこうつぶやいた。
「にしても…こんなにあっさり突破されるなんて、あの研究員たちも使えないな…」
その言葉から察するに、あの部屋も、襲ってきた研究員も、全ては彼が仕組んだ事なのだろう。俺と同じ結論に至ったのだろう。秋月さんとレノーアさんが激昂する。
「じゃあ、お前は最初からわっちらを騙してたってことかよ!わっちはお前のこと、いい奴だと思ってたのに!」
「本当、貴方には人の心が無いのね。」
だが、加賀はその言葉を気にした様子もなく、俺の顔を見た。
「そんなくだらない話はどうでもいいんだ。俺の目的は足止めじゃない。槐くんと、サラン。君たちを回収することだ。他のやつらに興味はない。二人を差し出してくれれば見逃してやるよ。」
「は?なんで俺とサランさんが?」
俺がそう聞き返すと、加賀はフッと笑い、こう話した。
「お前、昨日の夕食を食べた時、変な幻覚を見ただろ。あれ、俺たちが料理に仕込んだ物なんだ。それも、とある実験の適合者にしか幻覚が見えないようなやつだ。」
その真実を聞いて、俺は昨日見たあの光景がフラッシュバックした。何度思い出しても背筋が凍る。
「…ということはつまり、槐はお前らのやってる神話生物の力を付与する実験に適合したっていうことか。」
水神さんが前に出て言った。すると加賀はたいそう驚いたような顔を一瞬浮かべるが、すぐに納得したように笑う。
「ああ、そうだ。正確には、異種族の力が体に入っても耐えられるかどうかを見たんだが…そうか、そういえばお前は水神翼の弟だったな。それならあの実験のことを聞いていてもおかしくない。なるほど、あいつは俺たちを裏切ったのか…となると、お前はサランの協力者か何かか?」
「お前が知る必要はない。」
二人の目と目の間でバチバチと火花が散っているようだった。
しかし、そんな中で声を上げたのはそれまで黙っていた別の存在だった。
「もうよい。御託はそれまでにしよう。」
それは宮瑞だ。宮瑞はズカズカと前に進み、水神さんをその場からどかし、加賀を睨みつけた。
「妾には実験がどうだとか、そういうことは全く分からぬ。水神やサランとお主らが過去にどんな因縁を持っていようが、妾の知ったことではない。だが、一つだけ、妾にも分かったことがある。」
そう言って、加賀を蹴り飛ばす。
「お主が槐を苦しめたということだな?」
怒気を孕んだ声が甲板に響いた。加賀の体が壁にぶつかった音をかき消すほどに。
「ってぇな…そこまで本気でキレなくたっていいだろ。」
加賀は何事も無かったかのように立ち上がる。
「お主ら、ここは妾に任せてくれ。このような下郎に構っている場合ではなかろう。」
「それにしたって、あいつ、今ので無傷だったぞ。一人で大丈夫なのか?」
俺がそう言うと、後方から声が聞こえた。
「それならば、私もお手伝いしましょう。」
潮風に銀の髪をなびかせたサランさんだった。
そんな彼女に水神さんが心配そうに声をかける。
「…もう大丈夫なのか?」
「はい。ご迷惑をおかけしました。」
と言うと、彼女はさらに一歩踏み出し、宮瑞の横に並んだ。
「あなたの顔は思い出しましたよ、加賀信介。よくも私の体をおもちゃにしてくれましたね。」
先程の宮瑞に負けないくらいの怒気で加賀を威圧する。
「はっ…成功作サマに覚えてもらえてたとは、光栄だな。わざわざ名前まで変えて、そんなに俺に会いたかったのか?」
「心にも思っていないようなことは、口にするものではありませんよ。」
この会話から、サランさんは加賀たちが行っていた実験の被験者だったということだろう。その事実に驚きたいところだが、今はそんな時ではない。
「皆さん、ここは私たちに任せて、早くホールへ向かってください。」
サランさんの言葉で思い出す。今は俺が道案内をしていた。俺はすぐに走り出し、
「皆、こっちだ!」
と、声をかけた。すると、
「おうよ!」「わ、わかったわ。」「ああ。」
それぞれ返事をして俺の方へと走ってきた。
宮瑞とサランさんの無事を信じて、俺は、俺たちは金平さんの元へと急いだのだった。
―MELISSA`S VIEW―
「はあ、俺の相手が女二人とはな。」
「槐も欲しかったのだろう?ならば追わなくてよかったのか?」
「いや、どちらかと言うと、サランの方が実験価値はあるからな。それに、それを見逃すほどお前らは弱くないだろ。」
「よく分かっているではないか。」
お二人がそんな会話を繰り広げ、互いに臨戦態勢をとる。私も、スカートの下に忍ばせていたナイフに手をかける。先ほどは実験の時のトラウマがフラッシュバックしたことでまともに動けなかった。でも、私は過去と決別をするためにここまで来た。それならばこんなところで止まっている場合じゃない。いつまでも鉄格子の中で泣くことしかできなかった私のままでいては、ダメなのだ。
私が決意を固めた瞬間、お二人が同時に駆け出す。
「炎よ、灼け。」
「妖術、第弐幕、暴風!」
魔術によって生成された炎の球と、妖術によって生成された風の球がぶつかり合う。すると、とてつもない熱風が、爆風のように巻き起こった。
「…なら、私がそこに合わせましょう。」
私はナイフを三本前方に投げた。少しだけ魔力を込めたので、風に負けずまっすぐ飛んでくれるはず。
「まあ、そう来るよな。」
加賀はそのナイフを素手ではじき返した。
「なっ…」
「その程度か?成功作!」
刹那、私の目前まで迫り、零距離で火球を放とうとする。この距離で喰らえばひとたまりもない。だが、
「私と魔術勝負はやめておいた方がいいですよ。不完全魔術回路構築…」
「ん?なんだこれ。」
彼の火球が生成されようとした瞬間、その姿は消滅した。
「レベルⅡ・フェイルマジック。」
私の不完全魔術回路の一つ、フェイルマジックは、魔術回路を構成するという行為自体を改良したもの。それを相手の魔術に合わせて使うことで、魔術をそもそも発動させない、ということができる。そしてそれをいきなり使われたせいか、彼の動きが一瞬困惑で止まる。たった一瞬だが、戦いのレベルが高ければ高いほど、その一瞬は命取りとなる。それにこれは、一対一の戦いではないのだから。
「妖術、第拾幕、風神乱舞!」
宮瑞様が体に風を纏い、加賀に突進する。しかし、その動きは制御できていないようで、何度も壁や床にぶつかっている。そしてついに、加賀は上空に打ち上げられた。
「うっ…やっべぇ…」
いくら魔術に精通していても、空中に飛ばされてしまえばどうしようもできない。
「助かりました。宮瑞様。あとはお任せを。不完全魔術回路構築…」
本来ならば対象を守ることのできる防御魔術。それを暴発させるとどうなるか。これは私も意外な結果だった。
私は宙を舞う加賀に向けて右手を伸ばし、
「レベルⅣ・ロードミステイク」
指を鳴らした。すると…
「ぐ…ぁ…」
そんな小さな苦悶の声と共に、加賀は力なく甲板に落下した。
ロードミステイクは、攻撃を防いだり、衝撃を緩和するはずの防御魔術が変化して、対象の体に強い圧力を、全方向からかけるという、本当の意味で体が軋んでしまう魔術。まあ、私が今まで受けてきた実験に比べたらその痛みは可愛いものだが。
「ふぅ…これは終わったということでよいのか?サランよ。」
宮瑞様が私に近づき、話しかける。
「はい、さすがに不完全魔術は連発すると疲れますね…宮瑞様は大丈夫ですか?先程から何度も妖術を使っているようですが。」
「ああ、それに関しては心配するな。確かに風属性は妖術の中でも妖力を大量に消費する部類だが、妾には桜の妖怪としての特殊能力がある。」
「特殊能力…ですか?」
私が尋ねると、宮瑞様は胸を張って答えた。
「うむ…それは、光合成だ。」
「光合成…?もしかしてできるんですか?」
「まあ、実際のものとは違い、妾の場合は太陽の光から妖力を作り出す、というものだがな。今のように太陽光が届くところでならば妾は攻撃を連発できる。」
「な、なるほど…」
自慢げに話す彼女を見ると、やはり疲れた様子はない。言っていることは本当なのだろう。と、そんな話をしていると、
「楽しそうだが、そんな余裕はあるのか?」
倒れ伏した加賀が私たちを見てそう言ってきた。というか、あれで気絶してなかったのか。
「…どういうことですか?」
私が聞き返すと、加賀は小さく笑う。
「はは…【AZ-01】…俺たちがお前にやったような実験を、俺たちは金平にもやってたんだがな、金平にはヤバイ神話生物が寄生しちまったんだよ。まあ、つまり…だ。」
「これまでの金平様の行為は、全て操られていたが故の行動…?」
「大正解だ。かわいそうな奴だよな。あのままだと、あいつ、何もしてないのに殺されるぞ。」
そう言って加賀は大笑いした。
「宮瑞様、急ぎましょう!このままではあの方たちが無実の人間を殺すこと…に?」
私がそう言い切るときには、私の体は宙に浮いていた。いや、正確には、抱えられていた。
「お主、少し軽すぎやしないか?」
「ちょ、何してるんですか?」
私の問いに答えることは無く、彼女はこう唱えた。
「行くぞ、妖術、第壱幕、陣風!」
「へ…?」
「気を付けよ、舌を嚙むぞ。」
次の瞬間、私は強い風に襲われた。
―ENJU`S VIEW―
走ること数分、ようやくホールにたどり着いた。道中は爆発の影響で天井が落ちていたり、床が抜けたりしていて通りにくくなっていた。そのせいで想定よりも時間が経ってしまった。
「おやおや、君たち、ようやくここまで来たのか。」
ステージ上には狂ったような笑みを浮かべる金平さんがいた。
「金ひr…」
「金平さん!」
俺がしゃべろうとしたら、レノーアさんに突き飛ばされた。
「これはいったいどういうことなの!?あなたは一体何をしているの!?」
レノーアさんの叫ぶような問いに彼はこう答えた。
「簡単な話さ、人々に神々の力を付与させる研究、そのいいモルモットを探すために君たちを呼んだ。たったそれだけのことさ。レノーアくん、君には分かるかい?この研究の素晴らしさが、人間を神のような存在へと昇華させる、この研究の素晴らしさが!」
「そのためなら、非人道的な実験も厭わない…と?」
「もちろん、実験に犠牲はつきものだろう。」
金平さんがまともな思考を持っているということに希望を持っていたレノーアさんへ、残酷な真実を突きつけた。
レノーアさんは、ガクリと膝を突き、崩れ落ちた。
「そんな…金平さん…信じていたのに…」
そんな彼女に目もくれず、金平さんは俺たちに顔を向けた。
「さてさて、君たちはそんなつまらない話をしに来たわけじゃないだろう?力づくで僕を止めようとしているのは分かっているさ。いいよ、相手してあげよう。」
そう言って不敵に笑う金平さん。
「てめぇ…こんなかわいらしい女を泣かせて何とも思わねえってのかよ!」
秋月さんの怒号。しかし彼はヘラヘラとした態度を変えない。
「ああ、だってどうでもいいからね。」
「ぜってぇぶっ飛ばす。妖術、第壱幕、死滅刀」
「やれるものならやってみなよ。」
そんなやり取りをしている中、水神さんは一歩も動こうとしなかった。
「…水神さん?どうしたんだ?」
俺が小声で尋ねる。すると、彼は俺に一枚の紙を渡してきた。
「昨日お前らがバーでサランをいじめてるときに甲板で拾ったやつだ。さて、この意味、お前ならどう受け取る?」
渡された紙には、
『相手に取られた将棋の駒。それが今の僕。欲望に溺れ、契約をしてしまった…誰か…愚かな僕を助けてくれ…』
と書かれていた。これは、講義の時に見たことがある、金平さんの字だ。一体どういうことだろう。
俺は考える。
相手に取られた将棋の駒、つまり、その後は相手の駒となり、今度は敵となる。いや、どういうことだよ。
俺が考えていると、水神さんが声をかけてきた。
「…ヒントだ。将棋の駒になったつもりで考えてみろ。」
その言葉を聞いて、今一度考える。
将棋の駒からしたら、やられたと思ったら今度はなぜか今まで共闘していた味方に刃を向けていることになる。いや、もっと現実的に考えよう。敵軍の兵に捕まり、今度は奴隷兵としてかつての仲間と戦うことになる。
奴隷…?いや、もっと根本的に考えれば、将棋の駒自体、操り人形みたいなものじゃないか。
まさか…金平さんも?
俺がそう思って水神さんの方を見ると、口元だけで俺に笑って見せた。
「おい、おめえら!何してやがんだ!あの腑抜けた奴をぶっ飛ばすんじゃねぇのかよ!」
突然、秋月さんが俺たちに向かって叫んだ。俺があの文章について考えている間、二人は既に戦闘していた。だが、秋月さんの戦況は芳しくないようだった。
「いや、秋月さん、待ってくれ!」
俺の静止も聞かず、金平さんに突撃する。
「うおおおおお!妖術、第弐幕、瞬殺の爪!」
両手に巨大な爪を出現させ、目にも留まらぬ速さで金平さんの体を貫く…などということはなく…
「妖力全開放…!妖術、第壱幕・重複、陣風!」
それ以上に速い何かが、秋月さんを横から吹っ飛ばした。
「ぐあぁ!いってぇな…何しやがるんだ!」
その正体は、ピンク髪に茶色の角が特徴的な女性と、その彼女に抱えられた、美しい銀髪を持つ女性、桜宮瑞と、サラン・ウィンドリッジだった。
「鬼娘よ、あやつを殺す必要はない。」
「はあ?お前、何言ってんだよ!頭おかしくなったのか?」
「はぁ…訳も聞かずにそのようなことが言えるとは…」
「…そんなことよりそろそろ降ろしてください…新幹線の外壁にへばりついていた気分です…」
「おっと、すまぬすまぬ。いまいち分かりにくい例えだったが、大変な思いをさせてしまっていたことだけは伝わったぞ。」
そう言って宮瑞がサランさんを降ろす。
「まあ、とりあえず、説明をさせてもらおうか、鬼娘。」
「おうよ。」
宮瑞は俺達にも聞こえるように話し始めた。
「先程加賀から聞き出したが、どうやらあやつの体の中には何やら神話生物が寄生してるようだ。ゆえに、奴は洗脳をされていたというわけだな。」
「…やはりか。」
宮瑞の言葉に水神さんがそう答えた。あの紙に書かれていたことに対する俺たちの解読は、どうやらあっていたようだ。
「ほう…?その様子では、水神は気づいておったようだな。まあ、つまり、だ。金平は何も悪くない、奴の中にいる怪物が悪いのだ!」
そう言って宮水は金平さんの方を指差した。
「…マジかよ。」
秋月さんが目を点にして金平さんを見た。
「それ…本当なの?」
崩れていたレノーアさんがゆっくりと顔を上げ、金平さんを見た。すると、金平さんは…
「ふっ…フハハハハハ!あの男、とんでもないことをしゃべってくれたようだ…だがまあ、おかげで取り繕わずに貴様らと戦える…その真実にたどり着いたこと、後悔するなよ?」
嗤う彼の体から、シュウシュウと煙のようなものが出てくる。そして、その影がだんだんと形を成してきたころには、金平さんの体は、糸が切れた操り人形のように倒れた。
そして、そこから現れたのは、
巨大な脳のような姿形をしたものにしっかりと双眼がついている。その顔とも呼べる物体からは無数の触手のような足が生えており、背中には羽がある。そんな、怪物が現れた。
「貴様らは知りすぎた。徹底的に殺してやろう。」
すると、ホール内に、大量の人型の怪物たちが召喚される。千体とかいるんじゃないかと思えるくらいだ。
「うおっ…なんだこれ…!」
「金平…さん?金平さん?」
秋月はかなり驚いているようだが、レノーアさんは正気を失っているようだった。
その中で、彼らは前に出る。水神さんと、サランさんだ。
「水神さん?サランさん?」
そして彼らは、来ている服を脱ぎ捨て、こう言うのだ。
「茶番は終わりだ…!」
赤い髪の男性と、銀髪のメイド服の女性が、そこには立っていた。