第十六話:欲望の果て・上

―SOUMA`S VIEW―
サランこと、メリッサがバーに行って槐たちと話をしている間。俺は一人でこの船を探索していた。俺自身、気になることあった為、あまり他のことで時間を使いたくなかった。だからこそ、あいつの呼び出しには応じず、メリッサだけを向かわせた。
メリッサにはバーに行っても水しか飲むなときつく言っておいたので、何も問題はないはず。
「…さて、どこから手を付けていこうか。」
俺は目的のものを探すために、船内を回ろうかと思ったのだが、さすがに広い。広すぎる。
雪無の言っていた隠し部屋なんてものを配置するには十分すぎる広さだ。
「…一旦甲板に出てみるか。」
難しいことは考えずに、潮風に当たる。もしかしたらヒントが隠されている可能性もある。そんな希望論を頭の中で立てて、甲板へと足を進める。
「意外と不安になるもんだな、【共感覚】がないと。」
俺とメリッサ、すなわち、薄荷とサランの関係が敵側にバレる可能性もあるため、【共感覚】は使っていない。そのせいか、メリッサの身に何か起きていないか、そんなことばかり考えてしまう。
実際、その隙を見抜かれたせいで槐には正体が見破られたわけだが…己の未熟さを痛感する。
「…にしても、甲板も人が多いな。」
海をバックに写真を撮る人、船体から身を乗り出して潮風を浴びる人など、各々がそれぞれの楽しみ方で甲板にいる。
「全く、お気楽なもんだな。」
自分たちが危険に晒されているとも知らないで。
そんなことを考えながら、俺はあたりを見渡す。すると…
「ん…?あれは?」
視界の端に、何かが映った。

―ENJU`S VIEW―
次の日。昨日の気味の悪い光景を思い出しながら俺は目覚める。結局あの後、気分が悪いと言って、あまり食事に手を付けずに退室した。
「おはよう、槐。どうだ?少しは気分もよくなったか?」
「あ、ああ…まあまあだな。」
先に起きていたのだろう、宮瑞が心配そうに俺の姿を見つめている。宮瑞は俺の付き添いということで、同じ部屋に泊まるようになっていた。なので、彼女がここにいることには疑問はない。だが…今はそれよりも恐怖が勝っている。
「まあよい、それより、今日は何やら催し物があるのだろう?」
宮瑞は俺のことなんて気にしていないかのような素振りで話を変えた。わかっている。宮瑞はこんな態度をとっているが、昨日から明らかに様子がおかしい俺のことを気にかけてくれている。
「ああ、パンフレットによると『宝探しゲーム』だそうだ。」
「なんと幼稚な…」
「言ってやんなよ、優勝者には豪華景品だそうだぞ。」
「それで釣れるような妾だとでも?その程度の欲なんざ、百年以上前に捨て去ったわ。」
いつもやってるようなアホらしいやりとり。いつもどおり振る舞ってくれるのは、宮瑞の優しさなのだろう。
「ま、こんなところで騒いでても仕方ないし、さっさと飯でも食って宝探しゲームに参加しようぜ。」
「そうだな。今日の妾は寿司の気分だ。」
「あったらいいな。そんなもの。」
「なぜ妾の期待を潰すようなことを言うのだ。あるかもしれんだろう。」
「はいはい…」
そんなことを言い合いながら、俺たちは部屋を後にした。

朝食を取り終え、ホールへ集合する時間となる。ちなみに、寿司は無かった。というより、和食自体が少なかった。
ホールに行き、席に着いた時には、みんなから昨日のことを心配された。「昨日はなんか気分が悪そうだったみてぇだが、大丈夫だったか?」「体調管理はしっかりしたほうがいいわよ。」などなど、俺はそのすべてに「大丈夫だ」と返して、何事も無かったことを装う。
「それでは皆さん!大変長らくお待たせしました!」
俺がそんな風にみんなを軽くあしらっていると、照明が急に暗くなり、舞台にスポットライトが当たる。そこには、金平さんと司会者が立っていた。
「これより、宝探しゲームのルールをご説明させていただきます!」
司会者の元気な声がホールを支配する。さっきまで俺に声をかけてくれたみんなもステージ側に体を向けた。そして、『宝探しゲーム』のルール説明が始まった。
簡単にルールをまとめるとこうだ、まず、この船内のいたるところに宝箱が隠されている。その中に入っているポイントが書かれたカードを集め、最も多くのポイントを集めたグループが豪華景品をもらえる。ということらしい
「みなさん、ルールは分かりましたか?このゲームを始める前に、主催者の金平様より、ご挨拶があります。」
司会者がそう言うと、金平さんはマイクを手に取り、話し始める。
「皆さんへの日頃のお礼も兼ねて、素敵な景品をご用意させていただきました。ですが、ケガがあっては元も子もありませんので、安全には十分気を付けて、このゲームを楽しんでください!」
そう言って、さわやかな笑顔と共に丁寧なお辞儀をした。すると、再び司会者がしゃべりだす。
「それでは、豪華景品を求めて!宝探しゲーム、スタートです!」
司会者が拳を元気よく上に突き出してそう言った。その瞬間、ホールの照明が元に戻り、扉が勢いよく開けられる。他のグループの人たちはそれぞれこのホールから飛び出していった。
「さて、みんなも頑張れよ。」
加賀さんが出発しようとした俺たちにそう言った。
「あら?加賀さんは参加しないのかしら?」
「おいおい、みんなでやったほうがぜってぇ楽しいだろうがよ。」
「なにか、参加できない理由が?」
レノーアさん、秋月さん、サランさんがそんなことをそれぞれ言った。対して彼は、
「いやいや、このゲームの様子を写真に収めてこようかなって思ってな。こういうイベントはいろんな視点から取った方が記事にしやすいんだよ。」
と微笑する。
「なるほどな、じゃあ、いい記事ができるよう、こっちからも応援してやるよ。」
秋月さんの言葉にみんながうなずく。嘘だ。薄荷さんは興味なさそうにしている。
「はは、ありがとう。それじゃあ、行ってくるよ。」
そして、加賀さんは俺たちのグループを離れ、どこかへと姿を消した。
「よぉーし、わっち達も宝探しに行くぞ!」
と、意気込む秋月さんを先頭に、俺たちも船内の探索を始める。

そして…
宝さがしは順調に進んだ。俺たちは船内をあちこち移動していたのだが、
「あら、こんなところにあったのね。」船内に設置されていたゲームコーナーや、
「ふ、この様な隠し方では妾の目は誤魔化せぬぞ。」昨日行ったバーの片隅。
「あ、私も見つけましたよ。」自販機が置かれているスペースにあった長椅子の下。
本当にいろんなところに隠してあった。次々と宝箱を見つけ、活躍している女性三人に対し、女性陣の中で唯一まだ自力で見つけられていない秋月さんはちょっと悔しそうだった。
「お前らすげぇな…!わっちも負けてらんねぇ!お前ら、ついてこい!」
そう言って秋月さんは一人で突き進んでしまった。
「あー…暴走してるなぁ…まるで機嫌が悪い時の宮瑞みたい…」
「あ?」
「ゴメンナサイ。」
「んな茶番やってないで、さっさとあいつについていくぞ。迷子になられても目覚めが悪い。」
そこまで黙っていた水神さんに注意されてしまった。仕方がないので、俺達は彼女のあとを追うことにした。

……のだが。

「あれ?ここはどこだ?」
秋月さんはそんな声を漏らす。
「確かにさっきまで私たちは船内を歩いていたはずよね?」
「うむ…だが、何やらこの部屋からは嫌な予感がするぞ。」
彼女たちの言葉通りだ、先程まで俺たちは船内を歩いていただけだ。別に、どこかの扉を開いたとか、そういうこともない。それなのに、俺たちは気が付いたら変な部屋の中にいたのだ。
この部屋のいたるところにフラスコやら試験管やら、実験などで使うようなものが置かれていた。
「…この…部屋…は…」
「………チッ。」
サランさんと水神さんの顔色はあまりよくない。もしかして、何か知っているのか?
「も、もしかしたらここにも宝箱があるかもしれねぇし、探してみようぜ!」
そんなわけねえだろ。俺がそう言おうとした時、
「…おい、鬼娘、むやみに動くな!」
宮瑞がそんな声を上げる。その様子は、まさに鬼気迫る。と言った様子で。
「…構えろ、槐。」
水神さんが横から近づいてきて、片手で俺の体を後ろに向けた。その視線の先には出入り口と思わしき扉。
「…一体何が?」
俺がそう尋ねた瞬間、それが答え合わせの瞬間だった。
「お前ら、動くな!」
扉を勢いよく開けてきたのは黒い服を着た人…間?いや、人間とは思えない。確かに体の姿形は人間そのものだ。
…一部を除いて。
「なによ、あれ…まるで怪物の手じゃない!」
「妖力も感じねえ…妖怪でもないのか!?」
そう、怪物の腕のように、巨大で、凶悪な爪を持っていた。そして、そんな見た目の怪人が六人も入ってきた。
「動けば苦しみながら死ぬことにな…」
「妖術、第壱幕、陣風!」
怪人の一人が何かを言いかけた刹那、宮瑞が妖術で高速移動をし、その一人を思い切り蹴り飛ばした。ちなみに、陣風は高速移動するだけの妖術なので、蹴りは単純に彼女のフィジカルだ。
「う…な、なんなんだ貴様…!」
「ほう?妾の蹴りを受けてもまだ立てるとは、なかなか丈夫なようだ。」
いきなりのことに誰もが困惑していた。
「…チッ、抵抗するというなら…行くぞお前ら!」
そんな威勢のいい掛け声と共に怪人たちが襲い掛かってくる。全員が俺たちを逃がさないように室内で扉をかばうように。
「…面倒だな。」
冷静にこの状況を分析する。
水神さんは武道の心得があると聞いたことがあるが、それでも基本は武器を使っているはずだから、その戦闘力は制限されている。サランさんは先ほどから青ざめた顔で動こうとしない。レノーアさんはただの人間みたいだし、秋月さんは妖怪とはいえ、どれほどの実力か分からない。戦力的に頼れるのは自称上位妖怪の宮瑞だけ…
ならば俺にできることはただ一つ。ただ任務を遂行するのみ。
「…宮瑞。一分くらい時間稼ぎをお願いしてもいいか?お前に運んでもらったアレを取りに行く。」
俺は宮瑞に近づき、耳打ちした。すると、
「ほう?たったの一分でよいのか?五分でも構わぬぞ?もっとも、それだけあれば、倒してしまうやもしれぬがな。」
と、挑発的な笑みを俺に向けてきた。
「お前の体力を温存するのは『俺達』にとって重要だからな、そこまで無理はさせないさ。」
俺も同じような表情で返す。
「よかろう、ならばその大役、妾が務めよう!妖術、第肆幕、木枯らし!」
そう彼女が叫んだ瞬間、敵の周りに大量の枯れ葉が舞った。
「今だ!行け!」
その声とともに、俺はこの部屋を駆け出した。俺の相棒に、必要以上の体力を使わせないために、組織内最強の彼の本領を発揮させる為に。

―MIYAMIZU`S VIEW―
「行ったか。」
槐が部屋から出て行った。槐の見立てでは、おそらくこの後に強者が現れることを予見しているのだろう。だからこそ妾の体力を節約できるようにした。
「妾もあやつにここまで信頼されていたとはな…」
その信頼に応える為にも、ここで失態を犯すわけにはいかない。
「おい、鬼娘よ、お主は戦えるか?」
「あ、ああ。わっちはこう見えても死属性の使い手だ。戦力にはなるぜ。」
死属性。妖怪が持つ属性の中では、二番目に強いと言われる属性。ならば下手なことをしなければ足を引っ張ることも無いか。
「そうか、水神よ、お主はどうだ?素手でどこまでやれる?」
「…メr…サランとレノーアを護るので手いっぱいだな。あくまでも、素手での話だが。」
槐が取りに行った武器があればすぐに終わらせられるということだろう。やはりこやつは只者じゃない。
「仕方あるまい、一分ほどの間、護りは水神に任せる。それまでは妾と鬼娘で止めるぞ。」
「おう!…って、一分?」
「ああ、一分だ。」
そんな会話をしている頃には奴らの視界も戻り、妾に攻撃が向く。当然、それは誘いだ。木枯らしはその性質上、追い打ちで風を使えば枯れ葉も飛んで行く為、下手に攻撃ができなかった、というのもあるが、本当の狙いはこちらだ。
「全く、飛んで火にいる夏の虫だな。いや、火ではなく風か。妖術、第伍幕、風刃!」
妾は突っ込んできた者に対し、その爪が当たる寸前で、その手を風の刃によって切り落とした。
「ぐ…うああああ!」
その者は切り落とされたと同時に後方へ吹き飛ぶ。それも当然だ。本来は遠距離攻撃として使う妖術を、零距離で喰らったのだ。ただで済むはずもない。
「チッ…よくもおおおおおお!」
他の者が突撃してくる。今度は二人同時に。
「わっちの出番だな!妖術、第参幕、絶望!」
「ふん…そのようなもの、効くわけがないだろう!」
「な…!」
第参幕、絶望。確か敵を眠らせる妖術だったか。それが効かないということは、妖術による付与効果を無効化していると見た。妾の攻撃が通っている時点で、妖力の無効化ではない。ならばまだ勝算はある。
「さすがに室内だからな、加減はしよう。鬼娘!第玖幕を扉の方に向けて投げろ!」
「お、おう!行っけぇえ!妖術、第玖幕、闇の双剣技!」
そう言って、鬼娘は漆黒の剣を二振り、前方に投げた。当然、その二振りは攻撃してきている二人には当たらないし、待機している者たちにも当たらない。
「ふ…上出来だ。妖術、第漆幕、風鈴。」
リン…
そんな季節外れの音が鳴った瞬間、妾は剣の飛んできた先へ瞬間移動していた。
「これで仕舞いだ。」
その二振りを掴んだ瞬間、それは攻めてきた二人の背後を取った瞬間でもある。その背後から二振りの剣を振り下ろす。すると、剣は砕け、その攻撃を喰らった二人は倒れる。
「さて…そろそろか。」
妾が扉の方へ振り向くと、そこには…
「水神さん!これを!」
部屋に入ってきた槐は、抱えてきた大剣を力いっぱい投げた。
しかし重さゆえか、しっかりとは飛ばない。
だが、
「よくやった。」
そんな短い一言と共に、その大剣は妾の横から飛び出した黒い影によって握られた。
「褒美にこの戦いを一撃で終わらせてやろう。」
奴はその剣を握った態勢のまま、大剣を一周、振り回した。
「まあ、使い勝手は悪くない。流石は翼さんだな。」
それまで妾達を囲んでいた者たちは、みな、ひれ伏していた。そこにたたずむ、金髪の男の手によって。

―ENJU`S VIEW―
「これが…組織内最強…」
俺はその姿を目の当たりにした。ここまで強いとは。たった一振りで、三人倒してしまった。
「な、なんなのよ…これは…それに貴方達も、そんな大きな武器を持って…一体何者なの!?」
レノーアさんは戦慄しているようだった。そりゃそうだ。こんな光景、普通は見ない。だいたい、大剣なんて持ってるやつがいたら怖いわ。
「あーこれには深いわけが…」
「どんなわけがあったら大剣なんて…!」
俺がレノーアさんに説明を試みるのだが、時間というものは、それを待たない。
―ドカーン
「きゃあ!」「おおおおおお!?」
強い揺れと共にその音は聞こえてきた。
「爆発音!?」
耳を澄ませば、人々の悲鳴が。
「…大本を叩くしかないか。槐、宮瑞…そしてサラン。ホールに行って金平を叩くぞ。」
水神さんの指示に俺と宮瑞は頷く。サランさんを見れば、まだ青ざめた様子だったが、小さく頷いていた。
「ここまで乗りかかったんだ、わっちも行かせてもらうぜ!」
秋月さんがそう名乗りを上げた。
「そうか…いいだろう。さて、レノーア。」
水神さんはレノーアさんの方を向いた。
「俺たちが何者か、そして、こいつらがなんなのか、それを知りたければ付いて来い。最も、ここからはもっと危険だ。命の保証はできない。お前のように、金平に並大抵ならぬ想いを持っているような奴は、知らなくていいことだ。それでもいいなら、どうしても真実が知りたいなら、付いて来い。」
水神さんがそう言うと、レノーアさんは彼の目をしっかりと見て、
「わかった。私も付いて行くわ。」
と、力強く返した。
そして、俺たちはその部屋を出て、ホールの方へ向かった。

この部屋の場所は変なところにあって、ホールまで行くのに複雑な道を使う必要がある。というのも、先程大剣を取りに行くときにこの部屋の位置を確認したから、最短ルートはしっかり把握している。俺が道案内をしつつ、複雑な船内をみんなで駆け巡る。
しかしその道中、どうしても甲板を通る必要があって外に出た。だが、そこには俺たちの前に立ち塞がる、一つの影が…
「おや…お前ら、あの部屋に行った研究者たちを全員倒したのか?すげぇな。まあでも、逃げるっていうなら、許さないけど。」