水神薄荷は【ノーフェイス】。サラン・ウィンドリッジは【サーバント】。これは確定だ。
俺の任務の一つである、【ノーフェイス】へ武器を渡す。変装後の姿の話を聞かされていなかったため、最初はどうなるかと思ったが、あとは武器を渡すタイミングを考えるだけなので、これはもう実質クリアと言ってもいいだろう。あとは金平さんだ。
俺たちは引き続きホールに残り、金平さんに接触することにした。
「金平さん!」
タイミングを見計らい、金平さんの周りにいる人の数が減ってから声をかけた。
「おや…槐君か。いやはや、久しぶりだね。」
「はい!その時はありがとうございました。」
「いやいや、こちらこそ、君の意見から考えさせられることもあったからね。」
金平さんはにこやかに話をする。その様子だけでは何も分からない。
「にしても、すごいですね…こんな船を貸し切っちゃうなんて。」
俺は探りを入れていく。それを察知されないようになるべく遠回しに。
「まあね。私の友人たちが盛大に祝いたいと申し出てくれて、手配までしてくれたんだよ。」
「ほう…ご友人が?それまたすごいお金持ちのご友人ですね。」
「ああ…研究の際にもいろんな方面で協力してくれたし、ほんとにいい友人だよ。」
と、遠くを見るような目で語る。
「そういえば、その研究って何をしてたんですか?」
「やっぱり槐君はそこを聞いてくるよね。」
見透かしていたかのようにうんうんと頷く金平さん。俺が理屈や理論を気にするタイプの人間であることを知っているからこその反応だ。だからまだ怪しまれてはいない。
「そうだね…どこから話そうか…この世界に存在しているセフィラム能力者や妖怪などといった、超常的存在。今でこそそれは当たり前の存在となっているわけだけど、彼らの持ついわば未知のエネルギー。これを解析したんだ。セフィラム能力を使う上で必要となるエネルギーの解析は、既にいろんな機関が行っていたからスムーズだったんだけど、妖怪たち人外の存在は未だに解析の前例がなくてね…」
「それでも解析できたんですよね?」
俺がそう尋ねると、「ああ」と言って頷き、こう続けた。
「それこそ、協力者のみんながいなかったら、無理だったよ。研究に協力すると言ってくれた妖怪たちからエネルギーサンプルを取り、それを解析したんだ。その結果を踏まえて、様々な方向からアプローチしてみたところ、人間にそのエネルギーを付与することに成功した。まあ、詳しく話すと、それこそ一日かかっちゃうから、説明は省くけど、ざっくりとした研究の流れはこんな感じかな。」
俺は金平さんの説明に相づちを入れながら聞いていた。
「なるほど。だいたいは理解できました。ありがとうございました。あ、それと、本日はおめでとうございます。これからの活躍も応援していますからね。」
「ああ、君の活躍にも、期待しているから、頑張ってね。」
金平さんはそう言って、にこやかな笑みを浮かべた。普通に接していれば、気さくないい大人…という印象を受ける。少なくとも、さっきの水神さんよりは好印象を受けるはずだ。
「はい!」
俺はそう元気に返事をして、ホールを後にする。向かう先はこの船にあるバーだ。
「お、槐よ、ようやく来たか。」
実は俺は宮瑞に頼んでサランさんと水神さんをバーに呼んでほしいと言っておいたのだ。
「ああ、それで…」
俺がその席に近づくと、宮瑞の対面側に二人分の人影が見えた。
一人は銀色。そして、もう一人は金髪。これだけなら宮瑞がちゃんと二人を呼んだように見える。だが、実際は違った。
「サランさんと、レノーアさん?どうしてここに?」
金髪の持ち主は水神さんではなく、レノーアさんだった。
「私は『たまたま』宮瑞さんとこちらのバーで出会ったのですが、せっかくなら同席しないか…と宮瑞さんにお誘い頂いた次第です。」
サランさんがそう言った。それは分かる。なぜならそうするように宮瑞に指示したんだから。
「私は先にこのバーで飲んでいたのだけれど、見知った顔が二つも来たじゃない…ということで、二人ひっくるめて誘ったのよ。」
「な、なるほど…?」
自慢げに話すレノーアさん。普段ならその豪胆さをほめたいところだが、今はただのありがた迷惑でしかない。
「まあまあ、細かいことはよいではないか、槐よ。ほれ、妾の横に座るといい。」
豪胆なやつは俺の身近にもいたようだが。
俺は言われた通りに宮瑞の横に座った。
「あらあら、二人は仲がいいのね。」
レノーアさんにそんなことを言われる。その顔はにやついた笑みであったことから、恐らく、俺たちの関係を誤解しているようだ。
「レノーアさんが想像しているような関係ではない…とだけ言っておく。」
俺が冷静にそう答えると、レノーアさんはひどくつまらなそうな顔を浮かべて、
「あら、そうなのね。ざーんねん。」
と言った。絶対この人は酔ってる。テーブルを見れば、宮瑞とサランさんの近くには透明な液体、レノーアさんは琥珀色の液体がそれぞれ入ったグラスが置かれている。宮瑞は日本酒が好きだから、恐らく日本酒。バーに日本酒があるのか、バーに行ったことがない俺は知らないが。レノーアさんはウィスキー?テキーラ?正直お酒には詳しくないので、種類は分からないが、多分、度が高いものを飲んでいるんだろう。そして、サランさんは…?
俺が少し気になって聞こうと思った時、その前にレノーアさんが口を開く。
「…二人がハズレだったとは…なら、サランさんには好きな殿方とかいないのかしら?」
まだ恋バナをしようとしてたよこの人。それに対してサランさんは冷静に…
「な、な、そ、そんな方は、い、いらっしゃいませんよ?」
めちゃくちゃ動揺してた。おかしな言葉遣いになるほど苦手な話題だったのか。
「…その反応は大当たりね?どんな人なの?」
ぐいぐいサランさんに近づくレノーアさん。そして、顔を真っ赤に染めるサランさん。
……十中八九相手は水神さんなんだろうなぁ…
「この話はなしです!やめましょう!」
サランさんはそう言って、コップの中身を一気に飲み干した。
「さ、サランさん、そんな一気に飲んで大丈夫か!?」
「これは水です!」
「あ、はい!失礼しました!」
加入歴で言えば【サーバント】は俺の先輩にあたるからか、それとも、彼女の勢いに気圧されてかは俺にも分からないが、ついつい敬語で、元気よく返してしまった。
「も、もういいです!私はこれで失礼します!」
サランさんは逃げるようにその場を後にした。
…話したいこと、あったのになぁ…
そんな声は口に出せるわけもなく…その後はレノーアさんの恋バナにしばらく付き合わされた。
その矛先はは最初こそ俺たちに向けられていたが、酔いが更に回ったのか、途中からレノーアさん自身の話になっていた。
「私ね…金平さんのことが気になっているのよね…」
「そ、そうだったのか…」
急に金平さんのことが好きだと言われても反応に困る。
「彼の研究にひたむきな姿勢とか、彼の研究以外のプライベートな姿とか。」
話を聞いていて思ったが、この人の彼に対する感情は普通の憧憬とかじゃない、恋慕の情。恍惚とした表情で彼のいいところを次々と挙げていくレノーアさん。
俺はそんな彼女に罪悪感を覚えた。
俺たちの任務。事と次第によっては、金平さんを殺すことになる。
そんなこと、彼女には信じがたい話だろう。
そして時は経ち、夜の会食パーティーの時間となる。結局、レノーアさんに長時間付き合わされたせいであれ以上の探索はできなかった。水神さんやサランさんとの接し欲も結局できずに終わってしまったため、俺の心には不安が残る。会食後に話す時間はあるだろうか。それだけが気がかりである。
「あら、槐さんに宮瑞さん。先程はどうも。」
「あ、ああ。」
「あそこの酒はなかなかに美味であったな。」
俺たちが指定された円形テーブルの席に行くと、そこにはすでに着席しているレノーアさん、サランさん、水神さんの姿があった。サランさんはさっきのことを思い出しているのか、顔が少し赤い気がするが、まあ、気のせいと言うことにしておこう。
「お、全員揃ってたみてぇだな。」
「そうだな、まあ、時間的には遅れてるわけじゃないし問題ないか。」
そう言って席に近づいてきたのは秋月さんと加賀さん。
会食パーティーといっても、何か出し物があるわけではなく、「それでは皆さん、どうぞお食事を楽しんでください」という旨の挨拶を金平さんがした後は、次々と運び込まれてくる料理を各々食べるというだけだった。
「にしても、めちゃくちゃ豪華な飯だな。」
秋月さんはテーブルの上に並べられた料理に目を丸くしている。
確かに、普通に暮らしていれば食べることも無いような高級料理ばかりが並べられ、食べるのをためらってしまう。だが、さすがに食べないというのはそれはそれで食べ物たちにも失礼なので、出された料理を口に運ぶ。
どんな味が口の中に広がるのだろう。そんなことを考えながら咀嚼する。すると…
「これ…は…」
広がったのは味ではなく、光景だった。それも、凄惨な。
視界にノイズがかかったように世界が粗くなり、ぼやける。ふと、自身の体を見てみると…
体のいたるところにナイフが刺さっている。しかし痛みはない。体のいたるところに謎の管が繋げられている。
「なんだよ…これ。」
背筋に冷たいものが走るのを感じる。何が起きているんだ?さっきまで明るい雰囲気に包まれたパーティーに参加していたではないか。
「……じゅ?」
胸を灼くほどの焦燥感。冷や汗が止まらない。
「おい、槐。」
そして意識は覚醒する。
「あ…」
宮瑞の声が聞こえたかと思うと、視界はもとに戻っていた。ナイフも、管もない。全て幻覚だったのだと自覚する。
「まったく、どうしたんだ?」
「い、いや…なんでもない。」
周りを見れば、同席しているみんなが俺のことを不思議そうに見ていた。いや、一人だけ、水神さんだけは厳格な表情だった。
水神さんがさっき言っていた言葉。これが混沌だとでもいうのか…?
―ANOTHER VIEW―
(なるほど。御縁槐。彼が適合者だったか。)
同席している彼がこの食事を食べた時の反応。恐らくあれは、幻覚を見たということだろう。
この食事にはちょっとした魔術が混ぜ込んである。それはとある条件を満たしたものには幻覚を見せる…というものだ。
(それにしても、あのサランとか言う女、どこかで見たことがある気がするな…)
記憶の中を探る。銀髪で、ここまで容姿が整った女。特徴としては十分すぎる。
(ああ、そうか。)
だから、思い出すのは簡単だった。
(あの実験施設が破壊された時に多くの実験体が逃げ出した。その中に、確かにいたな。)
あの実験で唯一の成功作。それこそがサラン・ウィンドリッジの正体。
銀色に輝く髪を持ち、儚く感じる程に美しい貌を持った少女………それこそが
【AZ-01】だ。