第十四話:隠者・三

そして俺たちは乗船後、すぐに広いホールへと案内された。ホールはとてもきらびやかで、結婚式の披露宴でも始まるんじゃないかと思わせる程だった。
「いやぁ~すっごい豪華なホールだね~今までにもいろんなパーティーに顔を出したことがあるけど、ここまでの物は初めてだよ…」
加賀がそんなことを言った。
他のみんなもその豪華さに息を呑んでいるようだった。
その後、俺たちは係員に案内された真っ白なテーブルクロスがかけられた円形の机を囲むように座った。
そして、俺たちが座って数分すると、突如照明が消え、ホールに用意されていたステージにスポットライトが当てられる。パンフレットによると、今からオリエンテーションが始まるようだ。
オリエンテーションと言っても、金平さんの功績や、このパーティーを開くに至った経緯など、ここに招待された人たちなら知っている、尚且つパンフレットにも乗っているようなことばかりを司会がプロジェクターを駆使して紹介しているだけで、正直つまらない内容だった。そして、舞台上には紺色の髪、ガラス部分が楕円状のメガネ、裾が膝のあたりにまで届いた白衣。そんな恰好が目立つこのパーティーの主催者、金平さんいる。だが、彼はメインでしゃべっているわけではなく、ほとんど舞台上で見世物のように立っているだけだった。
その退屈さにしびれを切らしたのか、加賀が話しかけてきた。
「あ、そういや、お前らって金平さんとどんな関係なんだ?俺は研究について取材しているときに知り合ったって感じだけど…」
そう聞かれて、俺達は誰から話そうかという空気でお互いの顔を見ていた。
「あー…じゃあ、俺が順番に聞くかぁ…」
それを察知したのか、言い出しっぺの加賀は自分から仕切り役を買って出た。
「そうだなぁ…よし、水神、お前から聞こう。」
「…俺か?」
誰もが触れないようにしていた彼に加賀は勇敢にも真っ先に声をかけた。
「俺は特別金平と関係があるわけじゃない。ただ、俺の姉が研究の協力者だったから姉が招待されたんだが、あいつがどうしても外せない用事とやらで来れないから代わりにパーティーに参加させられたってだけだ。」
案外素直に話してくれたので、俺は拍子抜けだった。正直、我関せずといった性格をしていそうだと思っていた。
「なるほどね。じゃあ、次はサラン。」
「あ、私ですか?私も水神さんと似たようなものですよ。私の母親が研究に携わっていたのですが、本日は予定が合わず…なので、代わりに私が参加した次第です。」
サランさんはそう淡々と言った。初めて顔を見た時も思ったが、サランさんは控えめに言ってめちゃくちゃ美人だ。そのためか、話しているだけで場の雰囲気も自然と明るくなる。
「そうだったのか。んー次は直接関わりがありそうな人に聞きたいなぁ~…というわけで、レノーア、次は君でいいかな?」
レノーアさんはそう言われると仕方ないといた感じで肩をすくめ、話し始めた。
「全く…仕方ないわね。察してる人も多いと思うけど、私は金平とは研究仲間よ。ほら、彼って脳の機能や身体能力をサポートして、拡張することができるシステムを開発したじゃない?」
これは金平さんが獲得したノーベル賞の内容の一つだ。なんでも、このシステムはSシステムと呼ばれ、人間にできることの範囲を広げたということで多くの人々から賞賛された研究だ。
「その研究、実はセフィラム技術も絡んでるのよ。だから私のようなセフィラム技師が呼ばれたのだけど…」
「うんうん、なるほど。まあ、俺は取材の関係でレノーアのことは知ってたけど。」
レノーアさんの話の後でそんなことを言う加賀。それに対してレノーアさんは呆れたように返した。
「どうせそんなことだろうと思ったわ。貴方の顔はたまに研究の時に見たことがあったもの。」
「はは…まあ、些細なことはいいじゃないか。それより、次は秋月に聞こうかな。」
そして次に声をかけられたのは秋月だった。
「わっちか?わっちは昔人間にいじめられていたところを金平さんに助けてもらったんだ。それ以降はたまに遊ぶことがあったんだが…あいつは人間の中だといい奴だと思うぜ。」
男勝りな口調で、金平さんのことを話す秋月さんは、金平さんを慕う女性と言うより、舎弟のように見えた。
「へぇ~それは初耳だったよ。やっぱ金平さんはすごいな……あ、次は御縁ね。」
感心したといった表情から一遍、素晴らしい切り替え速度で今度は俺に振ってきた。
「ああ…俺は大学の講義の時に特別講師として来てくれて、その時にいろいろ話をして知り合ったって感じだな…」
俺がそう答えると、割り込むようにして宮瑞が
「ちなみに妾は一人でパーティーに行くのは不安だからと無理やり連れて来られただけだからな。妾に話を聞いても無駄だぞ。」
と言った。
「なるほどね。皆の話を聞いて改めて思ったけど、すごい人脈だな…」
感心と言うよりもはや呆れに近い。正直、それに関しては俺も同感だ。
『それでは皆さん、これより自由時間となります。夜会の時間まで、ゆっくりとこのシルバートワイライトをご堪能ください!』
俺たちの話にちょうど区切りがついた頃、そんな司会の挨拶が聞こえてきた。どうやらオリエンテーションが終わったようだ。
「お、ついに自由時間みてえだな。」
秋月が言う。
「よし、それじゃあ、ここからはみんなバラバラと言うわけで……それじゃあ、またあとで!」
そんな加賀の言葉で俺たちは一旦解散した。
「さーて。どこに行こうかな…」
このレベルの豪華客船なんて、人生で一回乗れるかどうかも分からない。だから楽しんでみたいという気持ちもある。だが、あくまでこれは任務だ。遊んでいてはいけない。まあ、怪しまれないために多少は遊ぶ必要があるのかもしれないが…
「槐よ。少しよいか?」
「ん?どうした?」
心の中で意気込んでいた俺に宮瑞がいきなり声をかけてきた。
「いやなに、先程の面々の中に少々気になる者がいたのだが。」
「え、誰?」
俺がそう聞き返すと、宮瑞は周りを気にしつつ耳打ちをしてきた。
「サランと名乗っておった女だ。」
「サランさんが?」
俺の言葉に「うむ」と言って頷くと、話を続けた。
「あやつなのだが、話の間、頻繁に水神という男のことを気にかけるような様子を見せておったのだ。」
「え?マジで?」
「大マジだ。最初は恋慕の情でも抱いているだけかと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。」
「それだけではない…って、どちらにせよその恋慕の情とやらは抱いてることが確定してるのか?」
俺がそう尋ねると、宮瑞は
「妾の目に狂いはない。」
と即答で言い切った。
「まあ、あの様子はなんというか…依存?に近い感じではあったがな。確信はないが、念のため頭には入れて悪いということはなかろう。」
「…そうだな。そういうことなら、行く場所は決まった。」
宮瑞の話から、俺は次にどう動くか決めた。
「ほう…?して、何処へゆくつもりだ?」
「水神薄荷に話を聞こう。」
俺がそう言うと、宮瑞は怪訝そうな顔を浮かべた。
「妾の話、聞いておったのか?妾は、サランが…」
「だからこそだよ。」
俺は宮瑞の言葉を遮るように言った。
「サランさんが何か怪しいというのなら、彼女が気にかけていたという水神さんを探ってみてもいいんじゃないか?それで何も収穫が無ければ二人は無関係。サランさんが一方的に想いを寄せてるだけってことで話はつく。」
「むう…確かに一理はあるが…」
「まあ、実際問題、水神さんが嘘をつく可能性もあるけど…それを言い出したらサランさんの方だって同じことが言える。そうだな…宮瑞。お前は俺が水神さんから話を聞いてる間、サランさんの様子を見ていてくれないか?」
俺がそう宮瑞に指示をすると、
「うむ。お主がそこまで言うのならば大人しく従うとしよう。」
 そして俺たちは水神さんを探すことにした…だが、その姿はすぐに見つかった。まだホールにいたのだ。それも、遠くから金平さんの様子をうかがうかのように。金平さんは、ホールに残って招待客の人たちといろいろ談笑をしている。その様子をじっと眺めていた。だが次の瞬間。
「む…?」
「今のは…」
水神さんの横を、サランさんが通り過ぎた。そのほんの一瞬の間、彼らの唇が動いたように見えた。
「俺の気のせいだったらいいんだけどさ、あの二人、言葉を交わしてなかったか?」
「上位妖怪である妾の五感は人よりも優れておる。お主が妾と同じような光景を見ていたというのであれば、それは見間違いではないぞ。」
「んな分かりにくい言い回しすんな。大人しく「妾もそう見えた」って言え。」
俺は呆れたようにため息を吐いた。宮瑞はそんな俺に対して、
「それはそれとして、よいのか?話を聞かなくて。」
と言った。
「そうだった。こんな会話してる場合じゃない。おーい!水神さーん!」
俺は駆け足で彼の下まで向かった。
「…なんだ?」
水神さんは、俺の姿を認めると、テンションの低い声で返事をした。
「いや、少し水神さんに話を聞きたくて…ほら、さっきはそんなに話してくれなかったし。」
「聞かれなかったからな。」
「それって、聞かれたら答えてくれるってことか?」
「まあ、答えれる範囲なら。」
意外にも水神さんは素直に答えてくれた。
「あ、じゃあ、普段はどんな仕事してるのかって聞いてもいいか?」
水神さんは少し黙りこんだ後に、
「なんでも屋みたいなことをしている。やってることは私立探偵とそこまで変わらんが。」
と答えた。正直、ここまですんなりと答えてくれるとは思っていなかった。この調子で徐々に話を…
「だぁああああ!なんだ、このだーくねす『さーばんと』とやらは!」
宮瑞が後ろでそんなことを言って騒ぎ立てた…だが、俺は見逃さなかった。水神さんが一瞬宮瑞の言葉に反応したということを…
「宮瑞。お前何してんだよ。」
「お主に勧められて入れたげーむとやらで遊んでいたのだ。この『だーくねすさーばんと』と言う敵があまりにも強くての…」
「全く…」
だが、そのおかげでなんとなく掴めた気がする。
「あ、悪いな…うちのアホ妖怪が。」
「いや、構わない。人間社会に溶け込めているようで何よりだ。」
「まあ、溶け込んでいると言えば溶け込んでいるな。正直居ても騒がしいだけだけど…」
水神さんは何事もなかったように平静を保っている。そして俺は、確信を得るために、次の言葉を言ってみた。
「そういえば…さっきの席にいたサランさん…可愛かったな…あの人って今フリーなのか?」
この質問の真意を今回、潜入任務を行っているというのは俺以外にも二人いる。それが、【ノーフェイス】と【サーバント】だ。組織内で聞いた話だが、【ノーフェイス】と【サーバント】はお互いがお互いに甘いのだとか。それゆえ、相手のこととなると過剰に反応することがあるらしい。そして案の定、目の前の男の目は先程よりも少しだけ、よく見ないとわからないくらいには鋭くなっていた。
だが、それもほんの一瞬。次にまばたきをした時には、もう既に落ち着いているように見えた。いや、妙に落ち着いている。
「………はあ。少し話を聞いただけだが、あの女は部屋を清潔にするのが好きで、よく『掃除機』で部屋を掃除しているらしい。そのせいかは知らんが。『掃除』ができないような不潔な奴は苦手らしいぞ。」
と水神さんは俺に言った。
「……お前、『掃除』は得意か?」
その問いかけで確信した。『掃除機』『掃除』。先程から繰り返されているこの言葉が意味するのはたった一つ。俺のコードネーム【スイーパー】。直訳すると、『掃除機』『清掃する』。つまり、彼も、俺の正体に気づいたということだ。
「ああ。大得意だ。」
俺がそう返答すると、
「そうか。それなら安心だな。」
と言って彼はその場から立ち去ろうとする。
「そうだ、最後に一つだけ。お前なら大丈夫だとは思うが…この船には気をつけろ。下手をすると混沌へと引きずりこまれるぞ。」
「了解。」
そして今度こそ、彼は…【ノーフェイス】はその場から立ち去った。