第十三話:隠者・二

―ENJU`S VIEW―
「これか…シルバートワイライトってのは。」
俺は乗船所に入るところで目に入った大きな船を見ながらそうつぶやいた。
俺の名前は『御縁みえにしえんじゅ』。最近、秘密結社『オルトロス』の一員となった人間だ。所属は『虚影班』。なんでも、俺は生まれつき、生きてさえいれば誰にでも備わっているという『魔力』を有していないようで、その体質を有効活用できるかもしれないと、半ば無理やりスカウトされた感じだ。
「ふむ…噂に聞く通り、豪勢な見た目をしているな。さすが、幻と言われるだけのことはある。」
「お前はなんでそんなに上から目線なんだよ…」
俺は、今俺の隣で上から目線な発言をした女性の方を見る。服装は今の時代ではあまり見ない、白っぽい長着に黒い羽織の、いわゆる和服。そして何よりも目を惹くのが、ピンクのウェーブがかかったロングヘアに、二本の茶色い木の枝のような角。見た目だけでも十分特徴的なこの女性の名は『桜宮さくらみやみず』。珍しい…というか、どこまでが苗字でどこからが名前なのか分からないような名前だが、正解は…苗字や名前の概念が無い…と言ったところだろうか。彼女は桜の木から生まれた妖怪で、そういう人間にとってのあたりまえは通用しない存在なのだ。
一応、呼びにくいので俺は『宮瑞』と呼んでいる。
「それで?槐よ。妾たちはこれから何をするのだ?よもや、この豪華客船で、ただ逢引をしに来ただけではあるまい。というか、そもそも一人だと不安だからと、妾を呼ぶのはよいが、要件を先に伝えてくれんか。」
「いや…メールに送ったはずなんだが…」
「なっ…」
俺は先日、『オルトロス』から任務を言い渡された。単独任務だ。内容は…
 『金平朝陽に不穏な動きあり。彼の動向を調査し、場合によっては実力行使をして彼を止めても構わない。ただしその場合、共に作戦に参加する、『破魔班』班長の【ノーフェイス】に装備を渡してもらいたい。』
とのことだ。戦闘の危険があるとなると、俺は雑魚に等しい。魔力が無いため、魔術は使えない。その代わり、自分にも魔術の類は効かないという利点はあるが、セフィラム能力や妖術、なんなら純粋な暴力相手となると、話は別だ。なので、自称上位妖怪の宮瑞に協力を要請した。幸いにも、この豪華客船で行われるパーティーでは家族や友人も一緒に参加できるとのことだったので、それを利用させてもらった。
「…にしても、まさか金平さんが…」
実は、俺と金平さんは大学で金平さんが特別講師として来てくれた時に出会った。そのとき、俺が知らないいろんな事を教えてくれて、すごくいい人だと思っていたのに…
「人は…いや、妖怪もか。まあ、なんでもいいが、生きとし生ける者には誰だって他人には見せない側面を持っている。お主はその一端を見ていたにすぎない。たったそれだけの事だ。」
「そう…かもしれないな。」
宮瑞の言葉に、曖昧な肯定でしか返すことができなかった。
 そんな話をしながら、俺たちは他の乗客たちが並んでいる列の最後尾に着いたところで、足を止める。
「乗客の皆様、金平朝陽様のパーティーにようこそおいでくださいました。」
俺たちが列に並んで数分後、スーツを着た女性が俺たち乗客に声をかけてきた。恐らく、彼女はこのパーティーの司会者的立場の人間だろう。
「当パーティーでは、企画の都合上、乗客の皆様を七、八人程度のグループに分けさせていただきます。これより乗船受付を開始しますので、その際に皆様にはくじを引いていただきます。そして、そのくじに書かれた番号がそのグループの番号となりますので、後ほど同じ番号を持つ方々で集まっていてください。もちろん、ご家族やご友人と来た方々は、代表者一名がくじを引くという形で問題ありません。」
司会女性の丁寧な説明が終わると、列は前に進みだした。
受付は、招待状を見せ、同伴者の人数を伝えるだけですんなりと終わった。その際にグループ分けのくじと、このパーティーの、一泊二日分のスケジュールが大まかにが書かれた紙をもらった。
「槐よ、あの者たちが妾達と同じ番の札を引いた者たちではないか?」
宮瑞が指し示した方向にいた人たちをよく見てみると、その人たちの手には俺が引いたものと同じ、『9』と書かれた番号札があった。
「だな。俺たちもいこう、宮瑞。」
「うむ。」
俺たちがその集団へ行くと、既に五人集まっているようで、俺たちが最後のようだった。
「お、どうやら六、七人目が来たようだね。」
「そうみてぇだな。」
一人は周りと比べて比較的ラフな格好で、チャラそうな印象をうける、黒髪の男性。二人目は紺色で少し短めの、いわゆるウルフと呼ばれる髪型の女性。よく見てみるとその頭には角が二本生えている。恐らく妖怪だ。
「あら、また妖怪かしら?国際色も種族色も豊かでいいわね、このグループは。」
三人目は、上品な雰囲気を醸し出している黒髪ロングに緑色の瞳が美しい女性。顔立ちからして、この国の人ではなさそう。
「お二人もこの班なんですか?二日間、よろしくお願いしますね。」
「・・・・」
四人目は銀髪で、前髪を全て右に流し、さらさらなポニーテールが特徴的な、こちらも外国人女性だ。そして、五人目は今のところ一言も喋っていない、金髪で眼鏡をかけた、ぱっと見で暗い印象の男性。
この五人が俺たちのグループのメンバーらしい。
「そんじゃ、まだちょっと時間あるみたいだし、それぞれ自己紹介でもしようぜ。」
チャラい男がそう言って仕切りだす。
「言い出しっぺだから俺から名乗るよ。俺の名前は加賀かが信介しんすけ。普段はジャーナリストとして働いてる。これでも社内じゃ、いつもトップ記事を任されてるんだぜ?まあ、よろしくな。」
加賀がそう名乗り終えると、その横にいた、角の生えた女妖怪が、ノリノリで名乗った。
「お、じゃあ、次はわっちが自己紹介してやろう。わっちの名前は秋月しゅうづきらんっていうんだ。一応、種族は妖怪の中でも鬼人族でな、仲間内じゃ姉御って呼ばれてんだ。二日間よろしくな、お前ら。」
そして秋月の次は黒髪の女性。
「…順番的に、次は私のようね。私はレノーア・ローズよ。出身はドイツ。職業はセフィラム技師よ。どうやらこの船ではあなた達と行動することが多くなりそうだから、よろしく…とだけ言っておくわ。」
レノーアがそう名乗った。セフィラム技師と言うのは、ここ二十年で急速に発展したセフィラム能力の解析。そして、能力の科学技術への転用に伴って需要が高まった、セフィラム能力技術専門の技術者だ。例えば、セフィラム能力を動力として稼働する自動車など。そういったものの開発に携わっている。今のこの世界にとっては無くてはならない存在だ。
「それでは、次は私ですね。」
今度は銀髪の女性が自己紹介をするようだ。
「私はサラン・ウィンドリッジと言います。イギリスの大学でセフィラム学を専攻していて、今、その勉強中です。あと、私は幼少の頃に日本で暮らしていたので、日本語は問題なく話せます。」
サランがかわいらしく微笑んだ。そのおかげで柔らかくなった空気だったが…
「…水神みなかみ薄荷はくりだ。よろしく。」
水神と名乗った金髪の男の、ぶっきらぼうでテキトーな挨拶のせいで。一気に空気が凍った。
「…あー…俺の名前は御縁槐。大学生だ。二日間という短い間だけど、よろしく。」
なるべく雰囲気を戻そうと明るく振る舞ったが、無理だった。
「…はあ、致し方あるまい。妾の名は桜宮瑞。桜の大木より生まれし上位妖怪だ。何か困ったことがあれば、遠慮せず妾に声をかけるといい。ある程度の問題なら解決してやるぞ………槐が。」
「今しれっと俺に面倒ごとを押し付けようとした!?ふざけんじゃねえぞこのババア!」
「妾はまだ三百歳。妖怪の中では若輩者よ。それに、お主ごときに喧嘩を売られたとて、負けるはずがないのだからのお?槐よ。」
「これからお前の飯は太陽光だけな。ぜってー作ってやんない。」
「なっ!それは卑怯だぞ槐!」
などと俺たちが言い合いをいているうちに、周りの空気は先ほどより柔らかくなった。まあ、結果オーライと言うことにしておこう……問題の水神は未だに表情が無く、笑いもしていないが。
ともかく、これから、この疑惑だらけの豪華客船で、楽しい愉しいパーティーが幕を開ける。
俺たちは船の中へと歩を進めるのだった。