―SOUMA`SVIEW―
犬兎が仲間に加わって半月。日本は行楽シーズンに差し掛かっていた。
日本に存在する都市、藤ノ宮市に置かれた、『オルトロス』の本部に俺とメリッサと翼さんは集められた。正確に言えば、俺達だけではなく、他の幹部クラスのメンバーも集まっている。今から行われるのは幹部会議。その為に俺たちはここに来たのだ。
幹部会議とは、定期的に行われる、『オルトロス』内の幹部たちが集められ、方針や活動結果、そして生じた問題などを報告し、話し合う場だ。これは有事の際にも緊急で招集されることもある。今回は定期の方だ。
「お、颯真。久しぶりだな。」
俺たちが本部を歩いていると、前方から俺と同じくらいの高身長で、細身の男が話しかけてきた。
「ん?影狼か。元気にしてたか?」
「まあ、ぼちぼちと言ったところか。」
このぼさぼさ頭に、暗い紫の目を持った男の名は『支闇影狼
』。コードネームは【フェンリル】。『虚影班』の班長だ。
影狼は人と話すのが苦手で、口数は必要最低限なものだが、こいつと俺は馬が合うのか、出会ってから数日ほどで仲良くなり、今では一緒に食事に行くような仲だ。ただ、こいつは暗殺を得意とする男で、『仕事』の時にはおぞましいほどの殺気で相手を動かなくさせる程の威圧と、大鎌で相手の命をを一撃で刈り取るほどの力を持つ。
「そうか。まあ、悪いわけじゃないならいいさ。」
そんなことを話しているときにふと思い出した。
「あ、そういえばあいつはどうした?」
「ああ、あいつか?あいつなら、颯真も来るならメリッサも来るだろ理論でついてきたはずなんだが・・・」
俺たちの話題に上がった人物を探すと、すでに俺の後方・・・つまり、メリッサのもとにいた。
「あいつ・・・影狼に無意識に気配でも消すように教育されたのか?」
「俺はそんな教育を施した覚えはないぞ。」
俺たちの視線の先にいる人物は金色の髪をストレートロングに整え、黒いワンピースを着た、緑目の女がメリッサと楽しそうに話をしていた。
「メリッサさん。お久しぶりです。元気にしてましたか?」
「はい。レイラさんこそ、最近はどうですか?」
「最近は調子がいいですね。お料理も今までよりも難しいものを作れるようになったんですよ。」
「そうなんですね。それはよかったです。また、食べてみたいです。」
「あ、それじゃあ、その時にはまたご指南をお願いしても?」
「もちろんです。」
彼女の名は『茨咲
レイラ』。コードネームは【ギルティソーン】。影狼の部下で、影狼の友人にして民間の協力者が経営するバーの従業員として表向きでは働く、オーストラリアと日本のハーフの女性。外見的には髪色以外は日本よりの顔だちをしているので、それに気づく人は少ない。
彼女は幼い時に故郷を魔術師に襲われており、その際に呪いをかけられた。その呪いは魔力が暴走し、あたりに大量の長さ三十センチほどの木の棘を生やしてしまうというものだ。俺たちは彼女の名前にちなんで、それを『茨』と呼んでいる。彼女はオーストラリアに派遣されていた『オルトロス』の人間に助けられ、そのまま組織に所属。翼さんが呪いを安定させる為に『魔剣グリッサンド』を造り、それを定期的に握ることで呪いを安定させ、自在にその力を扱えるようにした。
メリッサとはご覧の通り仲が良く、会った時にはこうして家事談義をしている。メリッサにとっては唯一の友達と言えるだろう。
「っと・・・そろそろ時間か。メリッサ、俺たちは会議の方に行ってくる。レイラ、メリッサを頼んだぞ。」
「かしこまりました。颯真様。いってらっしゃいませ。」
「はい。颯真さん。影狼さんも、いってらっしゃい。」
そして、俺と影狼。そしてついでに蚊帳の外だった翼さんは会議が行われるミーティングルームの方へと歩いて行った。
「よし、全員集まったな。それでは、これより幹部会議を始める。」
会議室に全員が集まったところで、光牙さんが前の席に座り、話を始める。
ミーティングルームはよくある警察の捜査会議に使われるような形式の部屋となっており、それぞれの席に座っている俺たちの眼前には大きなスクリーン。俺達から見てスクリーンの右側に置かれた席には光牙さんと会議の書記をしている翼さんが座っている。
「まずはいつも通りの定期報告からだ。」
そして、各班の班長達が報告を始める。その内容は、最近の活動状況や、近辺での異変などなど、報告内容は班によって別々だ。俺は犬兎が解決させた百姫を狙った事件のことを重点的に報告した。
そして、最後は『虚影班』の報告となった。
「それでは、虚影班から報告をさせていただきます。」
いつもはぶっきらぼうな影狼も丁寧な口調で報告を始める。
「まず、我々は神話生物に関することで様々な諜報を続けていたのですが、そこで発覚したことが一つ。」
影狼はそこで少し間を開けて、
「金平朝陽に不穏な動きがありました。もしかしたら、何か怪しい実験をしているようです。」
金平朝陽。彼は世界的に有名な研究者で、医学、生物学、物理学、心理学、科学などなど・・・幅広い分野で活躍しており、多くのノーベル賞を受賞した研究にかかわっていたり、自身もノーベル科学賞を受賞している、才能ある男だ。素晴らしい功績を残している彼だが、黒いうわさもあり、そこのあたりを影狼たち『虚影班』は調べていたのだろう。その結果、怪しい動きを見つけた。
影狼はまだ話をしている。そして、次に発せられた言葉は俺を驚かせた。
「具体的には、神話生物の遺伝子に関する実験です。人間にその力を付与する実験だろうと踏んでいます。」
「なに!?」
俺は思わずそんな声を上げてしまい、一瞬周りの視線が俺に集まる。
神話生物の遺伝子、そしてその力を人間に付与する。その二つの単語は、俺、そしてメリッサにとっては無関係な話ではない。もしかしたら俺たちの実験に関係しているのかもしれない。そんな期待と不安が俺の心を満たした。
俺の反応を気にせずに光牙さんが影狼に尋ねる。
「なるほど。それが本当ならば由々しき事態だ。それは世界のバランスを崩しかねないからな。それで?その実験を止める算段はついているのか?」
その言葉に対し影狼は、
「止められるかどうかはわかりませんが、金平朝陽に接触するチャンスならあります。」
「ほう・・・?」
影狼は表情を一切変えずに淡々と説明を続ける。
「彼は次の連休の時に幻の豪華客船、『シルバートワイライト』で一泊二日のパーティを行うそうです。そして、その招待状をもらった人間が一人、虚影班にいました。彼はまだ新人ですが、彼に潜入調査を頼もうと思っています。」
影狼がそこまで説明すると、前で光牙さんの横で書記をしていた翼さんが顔を上げ、恐る恐る右手を挙げた。
「あの~ちょっといいかな?」
「どうした?【ウィズダム】。言いたいことがあるなら遠慮なく言え。」
【ウィズダム】というのは翼さんのコードネームだ。
光牙さんにそう催促されると、今度は翼さんが話し始める。
「実は、その招待状、私ももらってて・・・ほら、私って心理学者だから、一回それ関連の潜入任務をしたことがあるんだよ。それでその時にちょっとだけ関わりがあったんだよね・・・」
翼さんは潜入任務の際は心理学者『水上翼』として潜入することがある。俺とメリッサを助けるときにもその手法で潜入していたらしい。
「それで提案なんだけど、この招待状には、『ご家族やご友人の方もご一緒にどうぞって書いてあるんだよ。だからさ、」
次に来る言葉は容易に予想ができた。翼さんの性格、そして先程からチラチラと俺の方を見てきていた。そして、今この瞬間にも俺の方を見ている。これが意味することはただ一つ。
「颯真くん。君が潜入しなよ。メリッサちゃんと一緒に。」
「翼、お前、正気か?」
光牙さんの反応はごもっともだ。もし例の実験と関係があるなら、俺やメリッサは顔を覚えられている可能性が高い。それにメリッサにとってはトラウマも多い話だ。
「当然、変装はしてもらうし、偽名も私が用意する。颯真君は私の弟ってことにして私の代わりに行ってきて。メリッサちゃんは友達枠で行けばいい。一応、本人意思は確かめるつもりだけど、あんまり断っては欲しくないかな。断られちゃうと、頭の固い上の人たちが何を命令してくるかわかったもんじゃないしね。これが最善手だよ。」
「確かに・・・そうだな。【ノーフェイス】、行けるか?」
光牙さんにそう聞かれたが、何も言えずにいた。俺の中に迷いが生まれたのだ。
考え込んでいる俺に翼さんが声をかける。
「颯真くん、もし本当にあの実験と関りがあるならここで行くしかないよ。自分たちの過去は自分たちで清算してきてよ。他人に押し付けられても迷惑なだけだからさ。」
その言葉で俺は覚悟が決まった。
「わかった。俺たちが行こう。」
そして俺は光牙さんをコードネームで呼び、一言だけ尋ねる。
「【フィクサー】、その方針でお願いしたいが、いいか?」
それに対して彼は、
「いいだろう、【ノーフェイス】および【サーヴァント】は『シルバートワイライト』で行われる金平のパーティに潜入し、彼の行っている実験について調査しろ。場合によっては武力行使が必要になるかもしれない。その時は臨機応変に頼む。」
「了解。」
と、話がまとまったところで翼さんがまたまた提案してくる。
「あ、そうだ、あの実験組織と関係があるなら、あんまり魔術依存の戦いはしないほうがいいかも・・・奴ら、他人の魔術に介入するのが得意だから・・・それも考えて、武器はいつも能力を応用した魔術で召喚してるやつじゃなくて、それを再現した特製の物を支給したいんだけど、サイズはでかいし、調整もこのペースだとギリギリに完了するから、持っていくのは無理そうなんだよね・・・颯真くんの家、ここからちょっと遠いし・・・」
翼さんがそう言うと、影狼が話に割り込んでくる。
「それなら、うちの班から潜入する新人に運ばせよう。あいつは社員寮に住んでいるからここからそう遠くない。」
「あ、それは助かるなぁ~それじゃあ、頼んだよ。」
「了解。」
影狼の提案のおかげで翼さんの懸念は一瞬にして消滅した。
「話がまとまったところで悪いのですが、『神行班』から一つよろしいでしょうか?」
丁寧な口調で声と手を上げたのは、白を基調としたワンピースに身を包んだ、赤い紐で結った青い髪のポニーテールが特徴の女性だった。
「【クリスタル】か。どうした?」
【クリスタル】というコードネームを持つ彼女は光牙さんの言葉を聞くと立ち上がった。彼女の本当の名前は『佐倉雪無
』。表ではフラワーデザイナーとして働いているが、組織内では日本刀を利用した太刀術と雪や氷、そして結晶魔術を得意とする実力者だ。彼女の太刀術は組織内で最強と言わる程で、その実力を買われて神話関連の情報を集め、その情報を多く貯蓄している班、『神行班』の班長を任された。なんでも、雪無の家はそういったことにも詳しいようで、その点も加味されているようだ。そして、彼女はメリッサにとっては剣の師匠でもある。つまり、剣術だけで言えばメリッサよりも強い。俺も彼女と剣だけで戦ったら勝てるかどうか・・・
そんな彼女が話を始める。
「金平さんのパーティが行われる、『シルバートワイライト』なのですが、実はとある噂を耳にしたことがありまして・・・【ノーフェイス】さん達が潜入するなら、一応話しておこうかと思うのですが・・・」
「ああ、構わない。話せ。」
雪無の発言に対し、光牙さんが発言を続けるように促すと、雪無は「ありがとうございます」と律儀に軽く頭を下げてから発言を続けた。
「『シルバートワイライト』は幻の豪華客船と呼ばれていて、この船を手配するには計り知れないほどの大金が必要になるというのは、ご存じの方も多いと思いますが、実はこの船には、この船の旅が快適すぎて乗った客が降りてこない・・・なんて噂があるんです。そして、この噂には続きがありまして、客が降りてこないのは快適すぎるからではなく、船の中にある隠し部屋に連れ去られて、そこで何かをされたからである・・・という噂です。なので、潜入されるお三方にはこの隠し部屋に十分に注意してほしいという忠告をさせていただきます。」
「ああ、ありがとう。潜入時には隠し部屋にも注意を払っておくよ。」
俺は雪無の言葉にそう返した。
そして、今度こそ話がまとまったところで光牙さんが立ちあがり、
「よし、それでは、この潜入任務については『破魔班』と『虚影班』が共同で指揮を執って作戦に臨んでくれ。くれぐれも気を付けてくれよ。他の班も彼らに助力を求められたときなどは積極的に協力するように!」
『はい!』
その場にいた全員が返事をする。
「それでは、本日の幹部会議はこれまでとする。各々、やるべきことをしっかりと果たすよう尽力してくれ。というわけで、解散だ。」
光牙さんの解散宣言でこの会議は幕を閉じ、新たな任務が幕を開けるのだった。