第十一話:女帝・三

衣料品店を出た後、俺とメリッサは街を散策し、たまたま見つけたクレープ屋でクレープを買ったり、雑貨屋を覗いてはお互いに似合いそうなアクセサリーを見繕ったりしていた。最近は依頼も任務も立て込んでて、こんなにもゆったりとした休日を送ることは無かったので、この時間が宝物のようにさえ感じる。こんな普通の休日も、メリッサは送ってこれなかったんだ。俺はどうだったのか知る由もないが。
「颯真様、次はどこに行きますか?まだ時間はありますけど。」
時間はまだ昼の一時だ。帰るにはまだ早い。というか、もう少し休日を満喫したい。
「そうだな・・・それじゃあ・・・」
「誰か!その人を捕まえて!」
俺の言葉を遮るようにそんな叫びが聞こえた。このパターンは十中八九、
「ひったくりよ!」
「・・・ひったくり、か。」
「そのようですね。」
それを察していた時にはすでに体と頭が動いていた。
叫んでいたのは俺の後方約70メートルにいた女性。そして、その犯人は、俺達とは反対方向に向かって走っている。後ろ姿から推測することしかできないが、おそらく男。叫び声を叫んでいる間の時間は4秒。一般人の反応速度は遅くても0・6秒程度。俺たちの『仕事』以外の時の集中力では反応速度は0・3秒程度。そこまで踏まえてひったくりからの時間は約5秒。人間にとって最も足が速い時期とも言える、十代後半~二十代前半くらいの男性の50メートル走の平均はおよそ7・3秒。つまり、1秒で約7メートル走るということになる。よって、現在は女性から35メートル離れており、俺たちからは105メートル離れていることになる。
この計算を【共感覚】でメリッサと共有しながら0・1秒で済ませ、次の瞬間、
「かしこまりました。【門の創造】、余裕をもって115メートル先に繋げます。」
メリッサが魔術を使用。【門の創造】はその名の通り、門を生成する。その門は、自身の指定した座標に空間の概念を無視して繋げることができる。
そして、その門をくぐると、俺たちはひったくり犯のちょうど目の前にワープした。
「は?なんだよお前ら!」
その男は俺たちに気が付くと、高速移動で俺たちの横を通り過ぎて行った。さすがに想定が甘かった。最初の時点で能力を使っていなかったから、少なくとも逃走に向いた能力は持っていないと思っていた。
「でも、この距離なら・・・【邪眼】!」
メリッサが【邪眼】で男を睨みつける。すると、男は数百メートル先で路地裏へと曲がろうとしたところで盛大に転んでしまい、路地裏へヘッドスライディングしていった。
「よし、これならいける。『ダイヤモンド・ノーフェイス』!」
俺はその路地裏で男を閉じ込めるようにダイヤモンドで檻を造った。
俺たちはそこへ全力疾走していくと・・・
「あー・・・ダイヤ、適当にぶっ放したからな・・・」
男はダイヤの檻に頭を打って気絶していた。路地裏に逃げ込むのは予想できていたから、魔術をそのタイミングスライディングとほぼ同タイミングで放ったのが悪かったのか・・・それともただただ『不運』の度合いがひどかっただけだったのか。
「まあ、当然の報いですよね。」
とりあえず、気絶してる間に、と俺たちがその男を拘束していると、
「やあ、鳴神颯真。さすがの手腕だね。」
と、路地裏の奥からこちらに歩いてくる全身を知ろのコートに身を包んだ美青年がいた。
「誰だ、お前。なぜ俺の名前を知っている?」
俺は警戒しつつ、そう聞いた。
「うーん、僕は、よく観測者・・・という名前で呼ばれることが多いね。でも、君には・・・君のオリジナル。と言ったほうがわかりやすいかな?」
俺のオリジナル。つまり、俺に付与された力の本来の持ち主。
「・・・ニャルラトホテプ。」
「そう!大正解!」
そいつは楽しそうに笑っている。
「にしても、そっちのメイドには僕の魔術が効かないんだね。」
オリジナルは、メリッサの方を見て、興味深そうに言葉にした。
「魔術・・・?」
その言葉を理解できなかった俺に、メリッサが説明をする。
「颯真様、その者は私たちに接触してから私たち以外の時間を止めています。」
「正確には、鳴神颯真以外・・・なんだけどね。まあ、片鱗といえど、アザトースには逆らえないってことかな。」
そんな考察をしているときでさえ、そいつは楽しそうだった。
「で?オリジナル様が、わざわざ時間を止めてまで俺になんのようだ?」
そんな俺の質問に対し、ニタニタと笑みを浮かべながら、
「いや?そんなものは無いよ?とりあえず、そろそろ顔を出しておこうかと思ってね。ほら、顔合わせ。こういうのって、人間の間では大事なんだろ?」
こいつの本心がよく分からない。だが、こいつはまともな思考を持ち合わせていない。
「まあ、そういうことだから、今日はこの辺で帰らせてもらうよ。今日のメインは、僕じゃないしね。」
「それってどういう・・・」
俺がその言葉の真意を聞く前に、奴は姿を消し、
「それじゃあ、僕を楽しませてくれよ?鳴神颯真。」
そんな声だけが残った。
「・・・一体なんだったんでしょうね。」
「さあ?」
俺とメリッサの間には困惑だけが遺された。

―しばらくして、
「本当にありがとうございました!」
被害者の女性にひったくられたというバッグを引き渡した。女性は、なんども俺たちに深々とお辞儀をしていた。
「俺たちは俺たちにできることをしただけだからな、礼なんていいさ。」
俺がそう言うと、
「そんなそんな!本当に助かったんです。お礼にお食事でも…」
女性がそこまで言ったところで俺は、早くこの場から立ち去りたかったため、恥を忍んで、打って出た。俺はメリッサの肩を抱くと、
「俺たち、久々のデートをしているので、今日は二人きりで過ごさせてください。」
内心はめちゃくちゃ恥ずかしい。というか、逃げる言い訳にメリッサを利用するということしか思い浮かばなかった俺が情けない。
俺は恐る恐るメリッサの方を見てみると、表情は恥ずかしさを頑張って我慢しているようだったが、耳が真っ赤になって、動きは完全にフリーズしていた。まあ、嫌がっていないのは確かなんだろうけど…
「あ、そうでしたか、それはすみませんでした。」
「はい、といわけなので、俺たちはこれで。」
そして、そそくさとその場から逃げ去った。

ある程度離れたところで俺はメリッサに話しかける。
「その・・・なんか、ごめんな?」
「いえ・・・あの場から立ち去るためには最善策だったと思いますよ。今日の私はメイド服じゃありませんでしたし・・・か、か、彼女のふりをすることくらいなら・・・」
何とも言えない空気が俺たちの間を漂う。正直、気まずい。こういう時、都合よくこの雰囲気を壊してくれるような誰かにであることができたら、どれほどうれしいことか。
「うう・・・ぐすん・・・」
どこからともなく、都合のいい泣き声が・・・
「なあ、メリッサ、今、女の子の泣く声が聞こえなかったか?」
「はい、確かに聞こえましたね・・・」
先程まで恥ずかしがっていた俺たちだが、さすがにそっちに注意が向いた。
「声のする方向はあちらですけど・・・」
メリッサが指さしたところには路地裏があった。
「って、また路地裏かよ。」
そう言いながらも、俺たちはそこへと向かった。
「うう・・・」
いた。路地裏に入ろうとしたところにいた。その子はふんわりとした黒い髪で、右目は隠され、左肩には三つ編みにされた髪が垂れており、さらに俺の物とは違い、ふんわりとしたポニーテールが特徴的だった。そして、左右の髪の両方に白いリボンが鎖状につながった物が垂れた、髪の毛にいろいろてんこ盛りした、白い軍服のような服を着た少女がいた。そして、俺が注目したかったのは、右の頭に生えた白い角。人間でないことは確かだ。
「・・・神。ですね。」
「え?」
メリッサの唐突すぎる言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「なんとなくですけど、気配が他の人たちとは圧倒的に違う気がして・・・オーラの気迫が先程の神と近いものを感じたので・・・」
とりあえず、神であるということはわかったので、話しかけてみることにした。
「あの・・・お前、大丈夫か?」
できるだけ優しく、でも警戒はしつつ話しかけてみた。すると、その神はこちらに顔を向けた。涙目ではあるが、真っ赤な目が俺を見据える。
「・・・になって・・・」
「は?」
ボソッと何かを言ったのはわかったが、何を言ったのかはわからなかった。
「私の信者になってくださいぃいいいいい!!」
「おおお!びっくりした。」
急に大きな声を出せば、さすがの俺も声を出して驚いてしまう。
「お願いしますぅううう!」
「ちょっ、落ち着けって!泣くな!あ、あの?聞いてる?ちょっと・・・メリッサ!助けて!」
泣きわめかれるとなんかこっちが悪者に見えるので、俺は慌ててなだめようとした。

 ―数分後
「・・・やっと落ち着いてくれたか。」
「はい。ごめんなさい・・・」
なんとか落ち着いて話をできる状態になり、立ち上がった神と対話を試みた。
「とりあえず、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
メリッサの質問に、
「私は、デア・カプリス・アーレアって言います。一応、ダイスの女神をやってます。」
弱々しく答えていた。
「そのダイスの女神さまがなんでこんなところで泣いてたんだ?」
俺がそう聞くと、
「実は・・・私、神の中では若いほうで、信者もずっとゼロだったんですよ。でも、同じ時期に生まれた他の神、例えば、爆発の神とかは信者を獲得してて・・・それで周りから出来損ないは神界から出てけって追い出されて・・・」
「それで今に至るってわけか。」
爆発の神とかいう物騒な神がいることは触れないでおこう。
そんなかわいそうな神様に俺たちは遭遇した。どうしたものかと考えていると、脳内に声が聞こえてきた。メリッサの【共感覚】だ。
『颯真様、私たちでカプリス様の信者になってあげませんか?』
『お前、正気か?』
『はい。ダイスの女神でも、信仰することで何か御利益があるかもしれませんし。』
『お前、なにか企んでるだろ。』
『さあ、何のことでしょう。まあ、かわいそうだなとは思っていますけどね。』
メリッサの狙いが読み切れないが、正直、信者になってもいい気がしてきた。別にデメリットがあるわけじゃないならば問題はない。あと、なんか、めちゃくちゃかわいそうに思えてきた。
というわけで、俺は再び彼女に話しかけた。
「あー・・・カプリス様、とか言ったか?」
「うん・・・」
「俺たちがカプリス様の信者になるよ。だから、元気を出してくれ。」
俺ができるだけ優しくそう言うと、
「・・・ほんとに!?」
めちゃくちゃ目がキラキラしていた。神の威圧なんてものは欠片も感じられない。
「ああ。ほんとだ。な?メリッサ。」
「はい。」
俺たちは互いに顔を見合わせて嘘ではないと言ってあげた。すると、
「やった・・・!ありがとう!二人とも!」
と言うカプリス様の姿は小躍りしているようにも感じた。
「あ、そうだ、二人の名前を聞いてなかったね。」
元気な笑顔を浮かべるようになったカプリス様はとっさに思い出したかのように俺たちに聞いた。
「俺は鳴神颯真。で、こっちが俺のメイドの・・・」
「メリッサ・スチュアートです。これからよろしくお願いしますね。」
俺たちは優しく微笑みながら自己紹介をした。
「うん!よろしくね!」
カプリス様は、無邪気な子供のように返事をした。
「ところで、カプリス様の信者になるのって、どうしたらいいんだ?なにか、毎日やらなきゃいけないこととかあるのか?」
俺がそう聞くと、
「うーん・・・特にないよ。というか、二人が最初の信者だし、そういうのは二人に任せるね。あ、でも、よかったら、これからはたまにでいいから、サイコロで遊んでほしいかな。」
と、少し照れくさそうに言った。
「なるほど、わかった。」
「あ、そうだ!お近づきの印にお守り代わりのダイスをあげるね。」
と言って、メリッサには半透明の蒼い十面ダイスを、俺には半透明の赤い十面ダイスを渡してきた。質量もずっしりとしていて、質感も本物の宝石のようだった。一応、神器ということになるのだろう。このダイスからは確かに神力のようなものが感じられた。
「ありがとうございます。大切にしますね。」
と、メリッサは丁寧に礼を言った。俺としては、メリッサがここまで意欲的なのに驚きだ。利用するためか、まあ、きっかけは何であれ、俺以外のやつともいい関係を築いてくれるのなら、なんでもいいのだが。
「そういえば、二人に聞きたいんだけど・・・」
「ん?どうした?」
カプリス様は、さっきよりも硬い表情でその質問を口にする。非常にタイムリーな質問を
「二人って、付き合ってるの?」
その瞬間、俺たちの雰囲気は、思い出したかのように凍り付いた。