第九話:女帝・一

ーTUBASA`SVIEWー
私は鳴神翼。二十五歳、独身。秘密結社『オルトロス』で社長、南雲光牙の秘書のような仕事をしている。その関係でたまたま出会った青年、颯真を引き取り私は彼と養子縁組を組んだ母親となった。
そんな私は今、息子の颯真くんに呼ばれて、彼の家に行ったのだが・・・
「あれ?颯真君とメリッサちゃんは?なんで犬兎君しかいないの?」
彼が住むそこそこ大きな洋風のお屋敷というレベルの建物の扉を開いてリビングに行くとそこでは颯真君でもそのメイドのメリッサちゃんでもなく、犬兎君が椅子に座ったままくつろいでいた。
「あ、翼さん。やっと来た。」
犬兎くんはこちらに気が付くとそんな言葉を発した。
「え?どういうこと?」
私が棒立ちになりながらそう聞くと
「あの二人ならデートに行きましたよ。」
「デート!?」
思わず叫んでしまった。いや、あの二人はたまに一緒にお出かけに行くことがあるけど、仕事であるなんでも屋をさぼってまで行くことは無かった。ちなみに今日は月曜日。定休日は木曜日と日曜日。つまり今日はバリバリ営業日だ。
私の疑問を察した犬兎くんは口を開く。
「なんでも、颯真が昨日の事件でメリッサを置いて一人で戦闘乱入してメリッサの機嫌を損ねたから、その機嫌を直してもらうためにデートに行ったらしい。」
昨日の事件・・・というのは、鏡百姫の殺害計画を止めた話だろう。たまたま颯真君がなんでも屋の依頼で請け負った仕事の対象とその主犯が同一人物だったからフルボッコにしてたって犬兎君の報告書には書いてあったけど、それでメリッサちゃんを怒らせちゃったのか。
「それで、俺に店番を頼まれたんですけど、俺も知り合いと会う約束してるんで。翼さん。」
そう言いながら犬兎君が自分の荷物をガサゴソと持ちあげた。
「店番お願いします。」
その言葉と同時にドアの閉まる音がした。
「え?ちょ・・・まだ何も言ってな・・・え?逃げ足速くない?」
しばらく私は本物の棒のように立ち尽くすことしかできなかった。

ーSOUMA`SVIEWー
俺はメリッサの機嫌を直してもらうためにメリッサを誘って出かけた。テキトーに街を歩きながらメリッサに行きたいところを尋ねてみたのだが・・・
「なあ、メリッサ。どこか行きたいところはあるか?」
「いいえ、ありません。颯真様の行きたいところについていきます。」
これしか言ってくれない。
今までだってそうだ。メリッサは俺に合わせるばかりで、自分から進んで何かを望んだことは無い。
「・・・よし。服を買いに行こう。」
「え?」
俺の提案にメリッサは困惑の表情を浮かべる。
「いや、メリッサっていつもメイド服を着ているだろ?だから私服くらいあったほうがいいんじゃないかと思ってな。」
俺がそう言うと、メリッサは苦笑しながら
「そんなこと言ってますけど、颯真様だっていつもそのパーカーじゃないですか。」
この話の流れからわかる通り、俺たちはいつも決まってこの服装だった。俺は黒いパーカーを、メリッサは街中でもメイド服を。だが
「それはそうだが、黒パーカーとメイド服じゃベクトルが違いすぎるだろ。メイド服だけだといろいろ不便だろ。今だって周りから好奇の視線を浴びてるわけだし・・・」
俺がそう言うとメリッサは
「私は気にしませんよ?」
と真顔で何の恥ずかしげもなく言うので俺は思わず、
「俺が気にするんだよ・・・!」
と叫ぶように、それでも絞り出すような声で言った。
「どういうことですか?」
「あーもう!いいから行くぞ!」
メリッサが聞き返してきたのを無視して俺は近くにあった衣料品店にメリッサの手を引いて入った。
「いらっしゃいませー」
店員の出迎える声が響くこの店は落ち着いた雰囲気で、服の種類も豊富そうだった。だが、明らかに女性用のものしか置いてなかったので、男の俺は少し居心地が悪い。だが、メリッサに似合う服はいくらかありそうだ。
「やっぱりいいですよ。私はメイド服で十分なので。」
と、まだそんなことを言うので、俺は
「そこの店員さん、彼女に似合いそうな服をいくつか見繕ってくれないか?」
と、近くの女性店員に声をかけた。
「はい、大丈夫ですよ。」
明るい笑顔でその女性店員は返事をすると、メリッサを見て、
「わあ、すっごい美人さん・・・」
と、見とれているようだった。実際、メリッサは絶世の美女と言っても差し支えないくらいの美人だから、同性であっても目を奪われてしまうのだろう。
「はっ・・・すみません、わかりました。私でよければ、ぜひやらせてください!」
女性店員の目がキラキラ輝いている。そのやる気に満ち溢れた女性店員にメリッサは腕を引かれ、更衣室の方へ連れていかれた。

ー数分後
「お待たせしました!今、メイドさんには着替えてもらっているところですよ。」
そんな風に女性店員が話しかけてきた。
「そうか。助かったよ。ありがとう。」
と、俺が礼を言うと
「いえいえ、私もあんなかわいい子の服を選べて楽しかったですよ。」
と言ってくれた。こういう店に勤めている人の中にはそういう人もいるのか。
「それよりも、本物のメイドさんと出会うなんて初めてですよー!びっくりしちゃいました。」
「まあ、普通は見ないよな・・・」
だからこそ周りからは視線を集めるんだろうけど。
そんなこんなで店員と雑談をしていると
「・・・着替え終わりました。」
少し恥ずかしそうなメリッサの声が・・・
「ああ、見せてくれ。」
俺がそうメリッサに言うと更衣室のカーテンが開かれた。そしてそこにいたのは・・・
紺のベストにその首元から覗く白いワイシャツの襟と赤い紐リボン。赤いチェックの短めの膝上まで伸びたスカート。そしてそのスカートの丈ほどの長さの裏地が赤い、黒のパーカーを羽織っている。足元を見れば黒いニーハイソックスと茶色のローファーが目に映る。女子高生のような若々しく
「ど、どうでしょうか・・・」
メリッサの顔は恥じらいで赤く染まっている。
「・・・店員。」
「鈴木です。」
「鈴木。」
「なんでしょう。」
俺は鈴木に尊敬と感謝の念を込めてサムズアップしながらこう言った。
「控えめに言って、いいセンスしてるよ。」
「お気に召したようで何よりです。」
鈴木もまたサムズアップして返してくれた。
「あ、もう一着ご用意したので、そっちも着てしまいましょう!」
「え・・・あ、はい。」
鈴木がハイテンションでメリッサにそう言うとメリッサは最初の時ほど拒否することはなく、むしろ少し乗り気になっているような気さえした。

ーさらに数分後。
「・・・颯真様、着替え終わりましたよ。」
メリッサが声をかけてきたので俺は
「お、見せてくれ。」
と言って、メリッサが入っている更衣室の方へ目を向けた。
カーテンが開かれた先には
「・・・どうでしょうか?似合ってますか?」
恥じらうメリッサ。彼女の服装は黒いオフショルダートップスにデニムのスキニーパンツでメリッサの華奢なスタイルが引き立っている。控えめに言って・・・
「可愛い・・・」
思わず声を漏らしてしまった。
「あ、ありがとうございます・・・」
メリッサも恥ずかしそうではあるが、嬉しそうにはにかんだ。
「いやあ、冗談抜きでお似合いですよ!」
鈴木も笑顔でそう言っている。こういった場では大体がお世辞だったり、服を買ってもらう為のヨイショ節だったりするのだが、これに関しては本心で言っているように聞こえた。
「それじゃあ、今日はその服装で行こうか。鈴木、この服とさっき試着したやつを全部くれ。」
「え?颯真様?全部?そんなお金・・・はありますね。」
メリッサが困惑している。だが、金に関しては問題ない。俺は金が有り余っている。メリッサの服を買うくらい惜しくはない。
「はい、わかりました!あ、今着てる服のタグはもう切っちゃいますね。」
「え?鈴木さんまで・・・え?全部買うんですか?」
メリッサがそんなことを聞いてきたので
「当たり前だろ?これからもその服を着て、たまにでもいいから一緒に出掛けるんだよ。」
と俺が言うと
「・・・はい、それもいいですね。」
と、微笑んだ。その微笑みはどこか・・・いや、確実にうれしそうだった。

「ありがとうございました!やっぱり可愛い子の服を選ぶのは楽しいですねー!また、来てくださいね!」

鈴木の元気な見送りと共に俺たちは店を後にした。
そして歩きながら再び似たような会話をする。
「それじゃあ、次はどこに行こうか?」
「颯真様のお好きなようにしてください。」
機嫌はよくなったみたいだが、そのスタンスは変えてくれないようだ。
「まあいい、テキトーにあたりを散策するか。」
「はい。颯真様。」
俺たちの休日(サボタージュ)は始まったばかりだ。