ーKENTO`SVIEWー
護衛任務を開始してからというもの、それらしいことは起きていない。
俺はセフィラム能力者であるということを隠している宮原作馬のことを注意深く観察しているのだが、なかなかしっぽを見せない。とは言っても、本格的な尾行をしているわけではないので俺が見てないうちに何かをしている可能性は十分に高い。ちなみにこれは余談だが、彼がセフィラム能力者であるということを自覚していないということはありえない。颯真に聞いた話だとこの国では能力を保有しているかの検査を定期健診のときに行われるらしい。一度能力を保有していないという結果が出た者であっても、検診の度に調べられる。これは後天的に覚醒する事例も稀に見られるからだそうだ。だが、彼ならばそういった調査が行われるから隠し通すのにも無理があるはず・・・
「・・・・・・くん」
もしかしてそういう能力?
「犬・・・くん」
いや、あるいは協力者がいるのか?
「犬兎くん!」
そこまで考え込んで、俺はその声に気が付く、そうだ、今はまだ護衛中だ。というか今日がライブ本番じゃないか・・・
これまで何もなさ過ぎたせいか、あるいは緊張のせいか、もう本番の日であることを忘れるくらいには時間が早く流れたように感じた。
「ああ、ご、ごめん。ちょっと考え事をしてた。」
「今からリハなんだから、しっかりしてよね!」
「ああ、もちろん。」
俺はそう言いながらステージ上に走り出す百姫を舞台裏の上手側から見送った。リハーサルをこなす彼女の姿は普段の彼女とは打って変わって凛とした雰囲気を醸し出しつつ、いつも通りの無邪気で可憐な彼女の一面も残っている。
そしてなにより歌もうまい。聞いていて落ち着く歌声だ。俺はその歌声を聞きながら周りに注意を払う。
ステージは後ろの壁がスクリーンになっており、そこに映像を映し出すようだ。百姫は別にアイドルではないので、それ以上に目立った仕掛けはなかった。そして、細工もされていないようだ。まあ、俺はそう言ったところはド素人なので、見落としがいくらかある可能性が高いが・・・
「・・・本当になにもない。あと数時間で本番だぞ?」
俺は爆弾の可能性も考えて探してはいるが何もない。宮原作馬も動きを見せていない。周りにいる人たちの話し声に耳を傾けてみても、
「あんなに凛とした雰囲気を纏っていてもまだ十九歳だってよ。すげえよな・・・」
「ほんとに、まだそんな歳だなんて信じられない。そりゃ容姿はまだまだ子供だけどさ、風格?っていうのかな、それが完全にベテランのそれだよね。」
「わかりみ深い~」
などといった雑談が聞こえるだけだった。というか、あいつもう十九歳だったのか・・・
そしてその後も何もないまま、時間だけが過ぎていった。
リハーサルが終わり、俺は刀を携え、周りの様子を確認しに行っていた。
この刀は親父から受け継いだものだ。この剣で何かを守れるなら、それに俺は賭けたい。
そんなことを思いながら、再びステージの方へ向かう。ライブ開始まであと一時間。他の警備員たちの間にも厳しい空気が流れ込んでいる。会場の外にはもう既にファンたちが並んでいるのだろうか。そんなことを考えながら俺はステージ周りを見張る。しかし異常は何もない。やはり極度の緊張が原因か、時間の流れが速く感じる。
そしてしばらくして、人々が流れ込んでくる。開場されたようだ。
舞台裏にも伝わってくるほどの熱気。俺はその圧に圧倒されつつあった。上手側に来た俺は百姫の姿を確認したので声をかけようかと思ったら、俺の存在にいち早く気づいた百姫は体をステージの方に向けたまま、俺に笑顔で振り返り、こう言った。
「それじゃあ、犬兎くん、行ってくるね。」
それに対し俺は
「ああ、頑張って来いよ。」
と。
俺は気の利いた一言を言えるような人間・・・いや、半妖ではない。だが、今のあいつにはこの一言だけで十分だろうと思った。そして同時に、こいつを俺が護らなければと思った。
そして俺は事前に舞台裏に隠しておいた刀、『終焉・歌兎』を手に取る。鞘を腰に括り付け、いつでも戦えるような状態にする。俺はそれほど強くはない。刀を振るのが精いっぱいだ。セフィラム能力などという便利な力も無ければ、妖怪としての特性も、妖術も使えやしない。でも、颯真の言った通り、俺は護ることに集中すればいい。
そう考えながら、始まった百姫のライブの音に耳を澄ませながら、基本的な準備運動を済ませておく。俺は足の速さにはかなり自信があるため、それを存分に生かせるよう、屈伸や伸脚などといった足の運動を重点的に行う。何かあったときにすぐ駆け付けられるように。
そしてある程度の準備運動が終わり、観客席の方を舞台裏から見える範囲だけでも肉眼で確認しておこうと注意深く確認していると・・・直感的に嫌な気配を感じ取る。
「・・・まさか!」
そう思った時には体が反射的に動き出していた。俺がステージに現れたことで大勢の人が驚く・・・なんていう暇もないまま、大きな岩の塊が百姫めがけて飛翔していた。
(刀じゃ無理か・・・)
そう思い、俺は飛び込むように百姫を抱えてその勢いのまま下手側へ飛んだ。すると岩の塊は飛び込んだ俺の背中の上ギリギリをかすめて、ステージのバックスクリーンに激突した。激しい衝突音と共に土埃が宙に舞った。当然、バックスクリーンの画面は岩が衝突した場所を中心に大破しており、画面も真っ黒になってしまった。こんなことになった為、観客たちはライブどころではなくなり、各々悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
「百姫。大丈夫か?」
左腕の後ろに百姫を下がらせた俺は岩が飛んできた方向に注意を払いながら、百姫にそう尋ねた。
「う、うん。大丈夫だよ。ありが・・・」
その礼の言葉を百姫が言い終える前に再び岩の塊が俺たちめがけて飛翔してきた。すると、警備員の人たちがこちらに駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけられたので、俺は
「はい、それよりも百姫を安全なところへ連れて行ってください。俺は犯人の足止めをするので。」
警備員の人たちにそう指示をした。そもそも『オルトロス』に依頼が来てる時点で、俺が異能者の相手をしなければならないということは明白だった。つまり、俺はこの場から引くことはできない。
「・・・そこか!」
観客の姿が減ったことで敵の姿を視認することができたので、抜刀の姿勢を取りながら対象めがけて全速力で走り出した。しかし、
「妖術、第弐幕、土流。」
突如俺の進行方向の地面から何かがあふれ出しそうな振動が起きているのに気が付いた。
「やっべぇ・・・」
スピードに乗り急には止まれない俺は無理やり自身の動きを止めるべく近くの観客席の背もたれを左手で掴んだ。そして慣性が働き下半身だけが前に進もうとする。しかし俺はその勢いを利用して逆上がりをするように宙で回転した。無理な動きをしたせいか、左手首が痛い。親父との特訓で得た身体能力のおかげでこんな無茶なことができたが、あまりやりたくない。だがそのおかげもあってか、動きを止めることに成功し、先程振動していたところからは土がすごい勢いで吹き出ていた。もし止まれなかったらあれに飲み込まれて一発でゲームオーバーだったかと思うと冷や汗が止まらない。
「ほう、いい判断だ。なかなかやるな。」
ある程度接近したため、そいつの顔を拝むことができた。容姿はだいたい三十代前後の男、フードをかぶり、顎に髭をうっすらと生やしたダンディな印象の男だ。
「土属性の妖怪か・・・面倒だな・・・」
妖怪には火・水・雷・風・氷・土・光・闇・死の九つの属性があり、各妖怪が保有している妖力に対応した属性の妖術が扱える。ごくまれに二種類以上の属性を扱える存在もいるようだが、基本は一人一属性だ。
「そう睨むな。素直にほめてやったというのに。」
その男はへらへらしながらそう言うと、こちらに手をかざす。恐らく妖術を使うつもりだろう。だが、妖術は声紋認証のような仕組みであるため、いちいち技の名前を口にしなければならないという決まりがある。つまり、次に何が来るのかが前もってわかるというわけだ。俺は相手の動きに注目しながら、刀を抜刀する構えを取る。
「妖術、第伍幕、不動甲岩。第陸幕、岩石時雨
。」
たしか、不動甲岩は地面から岩の剣を複数隆起させる技で、岩石時雨は岩の棘を無数に降らせる技だったはず。
「は?きつくね?それ。」
俺は純粋に思ったことを口にしながら男の方向へ走り出す。さすがに発動者本人には当たらないように調整しているはずだ。そしてついでに居合切りで仕留められたら万々歳というわけだ。そして俺の知識通りの技が発動し、俺は上と下の両方から攻撃を受けそうになる。ギリギリのところで俺は妖術の発動範囲を抜けて男に肉薄。その勢いのまま抜刀をし、居合切りを仕掛ける。だがその瞬間、男がボソッとつぶやいたのが聞こえた。
「・・・第肆幕、隆起岩堂。」
刹那、男の四方八方を囲むように岩の壁が出現する。俺はその岩にはじかれてしまった。
(クソ・・・罠だったのか・・・)
最初に使った二つの妖術は俺のような奴にとって避け方は限られてくる。安全地帯として一番確実なのはやはり発動者の付近。当然、そこまで読まれており、岩の壁で俺の動きを止め、自分は安全なところから妖術を発動させる。卑怯だが確実な方法。なんとか上下の攻撃を回避しようと別の方向へ走り出そうとするが、奴は隆起岩堂でできた岩の要塞の周りに不動甲岩と岩石時雨を張り巡らせていた。逃げ場がない。
「念のため、トドメだ。妖術、第捌幕、石像の空想。第拾幕、黄金の巨石
。」
石像の空想は大量の石槍を飛ばして攻撃をする技、黄金の巨石は巨大な金鉱石を大量に降らせる技。完全に仕留めに来ていた。合計で五つの妖術を発動させ続けるという荒業にして明らかな強者であることを示すような存在。そいつを前にして、俺はたった一分程度の時間しか稼ぐことができずに敗北・・・
そんなことでは想いを俺に託した親父にもこの任務を任せた颯真にも顔向けできない。
最初から分かりきっていた。俺がどういたいのか。時間稼ぎなんて生ぬるい。こいつを倒す。
俺はそんなに強くはない。だからこそ、困ったらすぐ奥の手に頼ってしまう。
「・・・パニッシュメント・ラスト。」
俺の刀が淡く、それでいて眩しく桜色に光り出す。
「さあ、この演目を進めよう。」