第六話:塔・三

ーKENTO`SVIEWー
俺は颯真に言われるがままに指定された場所へ向かった。そこは県内最大のスタジアム、松浜スタジアムだ。
俺はその入り口の前でふらふらしている。どうやって入ったらいいのかわからない。正面の入り口から入れるかと思ったが鍵がかかっている。関係者用の入り口から入ったらいいのか?とはいえ俺の存在がどの範囲にまで知らされているかがわからないため、容易に組織の名前を出せない。
「これじゃあ俺が不審者だな。」
などと呟いていると、
「あの、すみません。」
後ろから声をかけられた。振り向いて見てみると、きっちりとしたスーツを着こなし、眼鏡をかけた真面目そうな黒髪の男性がいた。年齢は二十代後半から三十代前半だろうか。見た目ではそのくらいの印象だ。
「魅守犬兎さんでしょうか?」
俺の名前を知っている・・・ということは関係者だろうか。というか、昨日もらった事前資料で見たような顔だ。
「あ、はい。そうですが。貴方はもしかして・・・」
「はい。鏡のマネージャーをしています。宮原と申します。」
この男性は宮原作馬みやはらさくま 。もらった事前資料に書いてあった。百姫のマネージャーで凄腕の若手マネージャーとのこと。資料をしっかり見ている余裕と時間がなかったため、その程度しか覚えていないが。
「本日は『白鷺』からの紹介で警備会社から来たとお聞きしました。どうかうちの鏡のことをお願いします。」
深々と頭を下げる宮原さん。俺は一般の警備会社から派遣されたということになっているらしい。それもこれも、『銀狼』の兄弟組織『白鷺』が裏で手を回しているようだ。ちなみにそこまで俺は知らされていない。てっきり『オルトロス』として護衛をするのかと。
異能犯罪対策局。政府公認の公開組織。セフィラム能力者や妖怪などの異能を持った存在がひきおこす事件を解決する組織。そのうち戦闘班というのが俺や百姫の父親がかつて所属していたらしい『銀狼』と呼ばれ、もう一つの情報操作・収集を得意とする情報班を『白鷺』と呼ぶ。颯真によると二十五年前の種族戦争で裏でこそこそ活躍していた『オルトロス』の存在を見つけたらしい。今回の任務だって異能犯罪対策局からの依頼だ。おそらく『オルトロス』のあまり存在を表に出したくないという方針をくみ取ったのだろう。とにかく、俺たちの組織と直接的な協力関係はないが、悪くない関係ではあるのだろう。
「あーはい。わかりました。彼女のことは俺が絶対に守って見せます。」
俺は力強く言って見せた。
「いやぁ頼もしいです!それではさっそく楽屋の方へ行きましょう。」
そう言って宮原さんは歩き出す。俺はその後ろへついていった。しかしここで気になることがあった。
この人はセフィラム能力を保有している。
いや、だからなんだという話だが。どんな能力なのだろうと。そう気になった。戦闘系なら・・・自力で守れるのでは・・・?などと考えてみたが、即座にその考えを否定。たとえそうでも素人が人を護衛するのはとても難しいことだからだ。
初任務ということもあって俺の気が高ぶっているようだ。
そうこうしているうちに百姫の楽屋に到着した。
「ここが鏡の楽屋です。」
コンコンと心地のいいノックの音がする。そしてそのすぐ後に女性の声が「どうぞ」と返事をした。
その声を確認した宮原さんはドアノブをひねり扉を開く。そして導かれるがままにその部屋の中へ入る。
「失礼します。『白鷺』の紹介で派遣されました。魅守犬兎です。」
俺がそう言うと、中にいた女性は俺の顔を見て・・・
「やっぱり!犬兎君だ!」
長い黒髪をなびかせた大人っぽくも子供らしさを残したかわいらしい女性はその紫色の瞳で俺の全身を上から下へ。下から上へと視線を動かして見ていた。それは俺のことを見定めているというより、懐かしいものを見たことで興奮しているだけのようだった。というか、まさにその通りだろう。なぜなら彼女こそが鏡百姫だからだ。
「お、おう。久しぶりだな。百姫。」
これが、俺と百姫の再会の瞬間。そして、別の演目フラグメントが幕を開けた瞬間だった。
「ごめんなさい。宮原さん。ちょっと犬兎君と二人きりにしてもらえますか?実は私たち幼馴染で、久しぶりに会ったから昔話に花を咲かせたくて。」
百姫がそう言うと宮原さんは「わかった。」と一言だけ言って部屋を後にした。それを確認した百姫は再び俺に向き直って
「とりあえず、立ち話もなんだし、座ろっか?」
その提案にうなずいた俺は言われた通り楽屋の中に設置されていたソファに腰かけた。
「いやぁにしても久しぶりだね。まさかこんな形で再会するなんて。」
「そうだな。俺も正直予想してなかった。お前がこんなに有名になってるなんて。」
「あーそっか。犬兎君の家、テレビとかないもんね。」
苦笑いをする百姫。まあ、あんな樹海に電波が通ってるほうがおかしい。
「それよりも私は犬兎くんが『オルトロス』に入ったことのほうが驚きだよ。」
その言葉を聞いて俺も驚いた。
「は?『オルトロス』を知ってるのか?」
本来『オルトロス』は秘密結社だから知っているはずがないのだが。
「ふふん。これでもお父さんとは仲がいいからね~それくらいは教えてもらったよ。私の護衛をする人が誰か気になったし。」
そうだった。こいつの父親は『銀狼』の班長だった。それなら知っていてもおかしくはないか。
「お父さん、犬兎君の名前を見た時ひどく驚いてたよ。『どうして一兎と歌恋は教えてくれなかったんだ!』ってね。まあ、私も正直犬兎君は『銀狼』に入るものだと思ってたから。」
そう言いながらどこか楽しそうに話す百姫。ちなみに歌恋というのは俺の母の名前だ。
「まあ、いろいろあったから。多分だけど、俺の親父はこうなることを望んでいた・・・ような気がしないでもない。」
「だろうね。犬兎君のお父さん、未来が視えるんだもんね。」
それは俺たちの共通認識。だからこそ気になる。親父はどんな目論見があって俺と颯真たちを遭遇させたのか。恐らく、それが気になっているのは颯真もだろう。だからこそ、あんな暗い過去を話してでも俺を組織に引き入れたのだと思う。
俺が考え込んでいると、その様子が気になったのであろう百姫が俺に話しかけてきた。
「おーい。犬兎君?なんか考え込んでるみたいだけど、どうしたの?」
「ああいや、何でもない。」
「ほんとかな~?私にこたえられることならなんでも聞いていいよ。」
百姫はドヤ顔を決めていた。
「お前に聞くことなんて・・・・・・あ、あったわ。」
「あったんかい。」
そう俺が今気になっていることの一つ。そして、今の状況が俺と百姫の二人きり。正確には当人がいないからこそ聞くことのできる話。
「なあ、お前のマネージャーの宮原作馬って『セフィラム能力者』なのか?」
その瞬間。その刹那の間だけ、俺たちの間に静寂が訪れる。
「え?宮原さんは無能力者のはずだよ?犬兎君ならわかるでしょ?特異体質で。」
「あ、ああ・・・」
俺の中に一つの考えが浮かんでしまった。まさか・・・

ーSOUMA`SVIEWー
俺は今、不倫調査に出向いている。ちなみにメリッサはストーカー調査に行った。今日中には犯人をとっ捕まえて組み伏せて関節を極めていることだろう。なお、俺の左手には別の依頼である、落とし物の依頼人の母親の形見である懐中時計が握られていた。ここに来る道中で見つけたのだ。そしてここはどこかというと、不倫調査の依頼人の家の中だ。尋ねたら中に招かれ、お茶を出してもらった。机を挟み、依頼人と対面する形で椅子に座る。
「改めて、『万事屋風神雷神』の所長、鳴神颯真だ。貴方がうちに依頼してきた・・・」
宮原みやはら奈々なな です。昨日のメイドさんが言ってた通り、ほんとに敬語を使わないんですね。噂は聞いています。なんでも、地域の皆さんから信頼されている、とても優秀ななんでも屋さんがいるとかなんとか。」
俺たちの活躍はある程度の噂になっているようだ。この人の言う通り、近所の人たちとは仲がいい。メリッサはよく近所のマダムたちと家事談義に花を咲かせている。ちなみに俺はひねくれているので、敬語は使わない。使うとするなら本当に興味がなくてさっさと話を終えたい人に対してだ。だがそれも近所の人たちからはご愛敬ということになっているようだ。
「まあ、優秀かどうかはともかく、仕事はやり遂げるのが俺たちの流儀なんでね。それで?さっそく本題に入りたい。不倫調査と言っているが、現段階では浮気の可能性もあるのだろう?」
「まあ、そうなりますね。まあ、どちらにせよということで不倫調査ということにしました。私に黙って丸一日帰ってこないこともありますし・・・」
浮気か不倫かなんてのは正直どうでもいいのだが。配偶者がいるのに他人とそういった関係を持つのはどちらにせよクズでしかない。
「あ、そうだ。旦那さんのお名前を伺っても?」
「宮原作馬です。工作の作に馬と書いて。」
宮原作馬・・・?最近聞いた・・・といか見た名前だ。見たのはたしか、鏡百姫の護衛の為に渡された資料だったか?
「まさか・・・旦那さんってもしかして、鏡百姫の関係者だったり・・・」
「あ、はい。百姫さんのマネージャーをやってます。」
ビンゴ。となるとまさか。
「・・・わかった。とりあえず、彼はライブ前でも丸一日帰ってこないということはないんだよな?まあ、さすがに県外なら仕方がないと思うが、今回のライブは県内のはずだからな。」
「はい。その通りです。帰れないときは帰れないと言ってくれるはずなので。」
「それじゃあ、明後日くらいにはもう答えが出てると思うから。心して待っておけ。」
明後日。それは鏡百姫のライブ当日。その言葉を聞いた奈々さんは少し怯えたような表情で
「わ、わかりました。よろしくお願いします。」
と言った。
俺の推測が正しければ、これは浮気でも不倫でもない。人の命がかかった大事件だ。