第五話:塔・二

ーSOUMA`SVIEWー
俺はメリッサが作った最高にうまいカレーうどんを食べながら、二人の会話を見ていた。
その二人というのは、犬兎と翼さんの二人だ。翼さんはウザイ絡みをしてくるので、犬兎が不憫に思える。
「犬兎君って彼女とかいるの?」
「いや・・・」
「犬兎君の目ってオッドアイなんだね。キレイだなぁ~」
「ああ、右目が母の目の色のピンクで、左目が父の目の色の黄色で・・・」
「犬兎君の剣術って不意打ちとはいえ颯真君でもまともに反応できなかったんでしょ?誰から習ったの?」
「父親ですけど・・・」
「犬兎君のお父さんってあの魅守一兎なんだよね?」
「ああ、はい。」
初対面でも物怖じしないような態度をとっていた犬兎だが、翼さんのようなタイプは苦手のようだ。まあ、それに関しては俺も完全に同感でしかない。
「おい、翼さん。それくらいにしておけ。」
そろそろ止めないと犬兎がほんとにかわいそうだと思った俺は翼さんを止めた。
「そんなくだらない質問より大事な話があるだろうが、バカ。」
俺は義母相手でも容赦なく辛辣な言葉をかける。事実だからな。
「バカとは何事だ。私、これでも心理学者なんですけど。」
そう、この人は表では心理学者としてカウンセリングなどをして暮らしている。たまに彼女の培ってきた経験や知識をメリッサに教えたりしているので、メリッサもある程度は心理学に明るい。
「はいはい、そうですねー。そんなことより、犬兎。お前の話だが。」
俺は翼さんの言葉をテキトーに受け流し、本題に入った。
「お前はこれから、俺たちの班。『破魔班』に所属してもらう。近いうちに『オルトロス』の社員寮に入れるように手続きしてもらったから、そのつもりで。」
俺がそう軽く説明をすると、犬兎は頷いた。
「あと、俺たち破魔班に任務が下されたんだが。これは全て犬兎に一任しようと思う。」
俺が淡々と説明すると、犬兎の表情が驚きに変わった。
「ちょっ・・・え?待て待て待て!初任務で俺、単独任務?」
「もちろん。」
「えー」
困惑、不安、面倒。そんな感情が感じられる犬兎の表情。こればかりは仕方がない。
「これには理由があってだな。俺とメリッサは万事屋の依頼が溜まってるんだ。ストーカー調査やら落とし物の捜索やら。」
俺が溜まってる依頼の例を挙げているとメリッサが
「あと、不倫調査も今日来ましたよ。」
「え?マジ?」
俺はそれを聞いて思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「いや、でも、他の破魔班のメンバーとかいないのかよ。そいつに任せりゃいいじゃねえか!」
犬兎の意見はごもっとも。だがそうできない事情が俺の班にはある。
「あのな、犬兎。人手というものがあってだな。」
「は?」
俺がそう言いだすと犬兎は首を傾げた。気にせず続ける。
「オルトロスってさ、ここだけじゃないんだよ。全国展開してるんだよ。海外にはそんなにないけどさ、日本にはそれなりに支部があるわけ。」
ここまで言えば察しのいい者は気が付くだろう。
「まあ、つまり、この地域にいる破魔班のメンバー。ここにいる三人だけなんだよ。」
「え?」
そんな犬兎のアホみたいな声が静かに響いた。
「つまり、人手不足ということですね。」
メリッサが追い打ちをかけるかのようにそう言った。
「は?」
「まあ、他の地域でも二人くらいしか派遣できてないし、この本部付近にいるのが颯真君、メリッサちゃん、犬兎君だけなのは仕方がないとも言えるよね。」
翼さんも説明をする。犬兎は、軽く引いたかのような表情を浮かべた。
「というわけで、お前の実力を確かめるためにも、明日からの任務、一人で頑張れよ。」
俺が明るく犬兎に言葉をかけると、
「え?明日・・・『から』!?」
どうやらこいつ、一日で終わるような仕事ではないと察したようだ。
「おい、明日ってのはいいとして、からってなんだよ。数日続くのかよ!」
犬兎が犬のようにわあわあ吠えてる。
「ぐだぐだうだうだうるせえな。護衛任務なんだから仕方ねえだろ?」
面倒になったのでさっさと説明してやった。
「お前は、近いうちに松浜スタジアムでライブがある、かがみ百姫ひゃっきの護衛をするんだよ!」
松浜スタジアムとは、俺たちが住んでいる県にある最大のスタジアムだ。そして、鏡百姫とは最近若者を中心に人気のある歌手のことだ。その美貌もさることながら、歌唱力もあると数々の音楽家たちの耳を唸らせた、日本最高峰の若手歌手だ。そしてなにより、こいつの父親が・・・あれ?待てよ?
「え?鏡・・・百姫?なあ、颯真・・・」
「もしかして・・・犬兎・・・」
俺はなんとなく予想できてしまった。この先の展開が・・・
「俺、会ったことあるぞ。」
「お前、会ったことある?」
俺たちは同時にそう言いあった。
そのやり取りを見たメリッサも俺と同じ結論に至った。
「ああ、犬兎様のお父様、魅守一兎様と百姫様のお父様、鏡深夜様って確か、かつては同じ『銀狼』に所属していた、いわば同僚でしたね。それなら幼少の頃にでも顔を合わせていても不思議ではありませんね。」
メリッサの言う通りで、魅守一兎と鏡深夜は当時から仲が良かったという話を聞いたことがあるので、その二人の子どもでもある犬兎と百姫が会ったことがあるのは全然ありえる。
「ああ、昔、俺の家がある樹海の集落で一緒に遊んだことがあったな。まさかそんな有名になってるとは・・・ああ、それならその『銀狼』が出てこないのも納得だな。」
犬兎もそこまでバカではなかったらしい。
「まあ、そこで『銀狼』が出しゃばったら、身内をひいきしてるって言われちゃうもんね。でも、今回の件は内容が内容なだけに普通のまともな組織が引き受けたくないのもわかるしね。だからこそ『うち』に回されたんだろうけどね。」
さっきまで俺に辛辣な扱いを受けて大人しくしていた翼さんが急に元気を取り戻してそう言った。
「それってどういう・・・」
犬兎が翼さんにそう聞くと、翼さんは真剣な表情で説明した。
「案の定、百姫ちゃんのところに脅迫状が来たんだけど、その脅迫状が特殊でね・・・白紙の手紙が送られてきたんだけど、百姫ちゃんが触ると『お前を無残に殺して、お前のライブを台無しにしてやる』っといった文字が表れたんだって。まあ、魔術とか、セフィラム能力が関係してるのは確かだよね。」
翼さんの説明を聞いた犬兎。不安な表情が強く表れている。
「な、なあ、ということは、犯人は魔術師だったりセフィラム能力者だったりするってことか?」
犬兎がそう尋ねた。俺はそこに補足して、
「妖怪や、神話生物の可能性も残っているがな。」
俺の言葉に犬兎は恐怖したような顔を浮かべる。
「俺は・・・そういった力に対抗するだけの力がないんだ。両親が半妖なのに妖力を受け継げなかったし、セフィラム能力だってない。親父の特訓からも逃げてばっかだった。だから・・・」
そういえば、魅守一兎は妖怪の王とも呼ばれる強大な半妖だった。犬兎からそんな妖力が感じられなかったから完全に忘れていた。だが、そこは対して重要じゃない。
「それでも、お前にできることはあるだろ。強大な力が全てじゃない。あの一太刀を見ればわかる。十分な基礎はできてる。あとはそれを応用するだけだ。自分の特技をうまく活かせ。今回の任務は護衛だ。敵を倒すことじゃない。そこに固執すれば、失敗するぞ。」
俺がそう言うと、犬兎は
「はあ・・・そこまで言われたらやるしかないよな。俺も百姫とは知らない仲じゃないし・・・」
犬兎は承諾した。まあ、俺も不安要素がないわけじゃないから、『保険』はかけておくが・・・
「まあまあ、お仕事の話はここまで!今日は犬兎君の歓迎会だよ!明るく楽しくしていこう!」
翼さんはビールを片手にそう言っている。絶対このアホは酔っている。
「歓迎会を催した覚えはないんだが・・・」
「颯真君!そういった細かいことはきにしたら負けだよ!あ、メリッサちゃん!麦ジュース飲む?」
この酔っ払いはとうとうメリッサにビールを勧めだした。もう成人してるからビールを飲むという行為自体は問題ない。問題ないのだが・・・
「この酔っ払い!それはやめろ!一滴でもメリッサに酒を飲ませてみろ!その時がお前の命日だ!」
俺がここまでメリッサに酒を飲ませたくない理由。メリッサは酒に究極的に弱いからだ。少しでも飲めば一瞬でベロンベロンに酔ってしまい、普段はクールなメリッサも・・・なんか、うん、ぶっ壊れてしまうのだ。
例えば『しょうましゃま~わたひのへやでいっしょにねましょうよぉ~』みたいな・・・
あの時は本気で焦った。酔っ払いながら身体強化の魔術を自身にかけたメリッサの力に抗う術もなく、俺はそのままメリッサの部屋でメリッサの抱き枕にされたのは今でも覚えている。それが今現在、アホな養母のせいで始まろうとしているのだ。
「止まれこのエセカウンセラー!殺すぞ!」
俺がそう言いながら翼さんから麦ジュース(ビール)を奪った。
「お酒じゃなくて麦ジュースなのになぁ~」
一瞬大人しくなったかのように思えた翼さんだが、思いついたように表情が明るくなった。
「あ、そうだ!犬兎君!ここにいる誰かにしたい質問とかない?それか麦ジュースの飲む?」
アホな提案をしてきやがった。
「いや、酒は飲んだことないからやめておく。二十一歳だけど。」
犬兎の年齢がメリッサと同じだという事実に驚いているのも束の間、犬兎は次に驚愕のことを口にした。
「質問は・・・颯真とメリッサって恋人として付き合ってるの?」
「・・・」(颯真)
「・・・!?」(メリッサ)
「・・・(ニヤニヤ)」(翼)
しばらくの沈黙の後、俺とメリッサは口をそろえて、
『は!?』
たった一文字。たった一音。俺たちは叫ぶように驚愕の声を上げた。
そして俺の顔はカアァっと熱くなり、メリッサの表情も熟れたリンゴのように赤くなる。そして俺たちは大慌てでそれを否定する。
「いやいやいや!俺とメリッサが付き合ってるわけないだろ!?ただの主従関係だぞ!?」
「そ、そ、そうですよ!私が颯真様と恋人関係だなんて!そんな!それこそ分不相応ですよ!」
「いや、別に分不相応なんてことは無いけど・・・ああいや!あの・・・とにかく付き合ってない!」
「はい!私たちは!決して!恋人関係などではありません!分不相応です!」
めちゃくちゃ分不相応であることを主張してくるメリッサは今にも爆発しそうな赤さになっていた。まあ、俺の顔もさっきよりバカみたいに熱いので、どうせ赤面しているのだろうが。
「そ、そうか・・・なんか・・・わるい。翼さんを離してやってくれ・・・」
犬兎のその言葉で俺たちは気が付く。俺は翼さんの右手(さっきビールを奪った)を引っ張っていて、メリッサは翼さんの首を絞めていた。
「はっ・・・しまった・・・」
「殺ってしまいました・・・」
「いや・・・まだ生きてるとは思うけど・・・なんか、変な質問をしたみたいで悪かったな。」
こうして、酔っ払いがかき乱した夜は終わりを告げ、次の日へと向かうのだった。