第四話:塔・一

ーKENTO`SVIEWー
「ああ、わかった。俺程度の力でいいなら、お前らの組織に加入する。」
俺は颯真の条件を呑み、秘密を聞くことにした。なぜここまで彼らの秘密を知りたいのかというと、あの建物での戦闘の一部始終を見ていたが、その力から邪悪な力が感じられたからだ。
「そうか、なら、教えてやるよ。俺たちの秘密を。」
めんどくさそうにそう言う颯真は、こちらから目をそらし、あからさまに嫌そうな顔になる。
「・・・俺たちは昔、とある実験施設に入れられていたんだ。」
先程までの強気な態度とは一変。弱々しい声でそう話し始めた。
「もちろん、非人道的で違法な奴だ。そこで行われていたのは神話生物の力を人間に付与する実験だ。その実験では拷問じみたこともたくさん行われ、俺は記憶を失った。メリッサのほうが扱いはひどく、まともな精神状況も保てていなかった。」
そうゆっくりと話す颯真を横目にメリッサの方を見てみると、下を向き、顔には影が差していた。
・・・正直、ここまでの話だと思ってはいなかった。嫌なことを思い出させた罪悪感と、話してくれているのだからしっかりと一言一句聞き逃してはいけないという責任感がわいてきた。
「まあ、そこでメリッサの存在を知った俺は、こいつを助けたいと思っていたんだが、実験のせいで無駄に与えられた膨大な知識がここで助けて、逃げ出したところで根本的な解決にはならないという結論に至り、何もできずにいたんだ。その後、後に俺の養母となる女性の協力で俺たちは施設を破壊することに成功したって感じだな。」
そこまでほぼノンストップで話した颯真の顔はいいとは言えなかった。少なくとも、俺の軽はずみな質問のせいで気分を悪くしてしまったのだから、俺自身も後味はよくない。
「・・・その力は、その実験のせいで得たってことか?」
これ以上聞くのはよくないとは思ったが、俺はこいつらのことを理解したいと思い、つい聞いてしまった。
「ああ。俺は無貌の神と呼ばれる、ニャルラトホテプの力の一部を、メリッサは白痴の魔王と呼ばれる、アザトースの力の片鱗と、星の吸血鬼の力を得た。これが俺たちの力の根源だ。」
颯真はそこまで説明すると、「ふう」と息を吐き、腕を組んで俺に尋ねた。
「お前の知りたいことは、これで十分か?」
再び先程までと同じ強気な態度に戻ってはいるが、まだ表情は暗いままだ。
そして、俺はそれに対し、
「ああ、十分すぎるくらいには十分だ。」
と俺は言うしかなかった。これ以上は踏み込んではいけない。それはバカな俺にもわかることだった。
「そうか、まあ、とりあえず、今日は遅いからもう寝ろ。組織のことに関しては明日詳しいことは話す。」
そう言って、颯真とメリッサはそそくさと部屋から出て言ってしまった。
二人が退出した後、俺はベッドに寝転んだ。
今日の話を聞いて、俺は二人の力になりたいと強く思い、そのまま眠るのだった。

ーSOUMA`SVIEWー
「勝手に行動したことは謝るが、これは悪くない話だろう?」
俺は今、『オルトロス』のアジトの社長室にいる。この部屋の内装は、全体的に暗い木目調の家具で揃えられ、シックな雰囲気が漂っている。あまり広いわけではないその部屋の奥にはザ・社長のデスクと言わんばかりの机と椅子がある。そして、その席に座る人物は、耳がはっきり見えるくらいには短く、暗い橙色の髪、その目の色は黄色にきらめいている、高身長のスーツを着た男性。その身長もあってか、普通の人間であればその威圧感でひるむことがあるだろう。
「はあ・・・」
しばらくの沈黙の後に、彼はため息を吐く。
「まあ、お前はそう言う奴だからな。俺が何を言っても無駄なのはわかっている。だが、ここまでするとは・・・」
彼の悩みの種を増やしてしまったようだ。
彼の名は南雲光牙なぐもこうが 。秘密結社『オルトロス』の現社長。翼さんの幼馴染で、社長であるが、翼さんには頭が上がらないようだ。そして、翼さんや俺が『上』と呼んでいる人間ではない。『上』というのは、いわゆる『オルトロス』のスポンサーのようなもので、彼らの存在があってこの組織はその存在を隠すことができている。なので、連中の意向には逆らえないというのがこの組織全体のスタイルだ。
「とりあえず、こっちの意見は通してもらうぞ。あいつは俺たちの任務を目撃したんだ。」
俺が社長相手でもひるまず強気な態度でそう言う。翼さん曰く、この組織で光牙さんにこうして強く言えるのは俺と翼さんくらいだそうだ。
ちなみに、今話しているのは犬兎が組織に加入するという話だ。俺が勝手に決めたことなので、彼を困らせるだろうとは思ったが、この選択は『オルトロス』にとって利になることしかないと思っている。
「そうだな・・・お前の言い分はごもっともだが、あまり足枷になるようなら・・・」
「魅守一兎。」
「・・・何?」
光牙さんが言い切る前に俺はその名前を口にした。すると彼はかなり驚いた様子で、目を大きくしながら俺を見た。勢い的には睨んでいるようではある。
「俺が勝手に勧誘した奴は魅守犬兎というのだが、そいつ父親の名は、魅守一兎というらしい。」
光牙さんはその言葉の真意を探るように、手を前に組み、そこに顎を乗せてこちらの様子をうかがう。
「・・・それは、本当なのか?」
俺の様子をうかがっていた光牙さんが先程よりも小さな声でそう言った。食いつくには十分だったようだ。
「ああ。その証拠に、あいつは【魔道具プライズ】と思わしき刀を持っていた。」
【魔道具】とは、神や天使などといった、神話的な存在によって生み出されたとされる、この世の理を超越したアイテムのことだ。
犬兎の刀、【終焉・歌兎】は恐らくそれにあたるのだろう。ただの推測でしかないから、そうだと言い切ることはできないが。
「・・・そうなると、ここでこちらに引き込まなければ【銀狼】に取られる可能性があるか。」

【銀狼】とは、政府組織、異能犯罪対策局、戦闘班の通称名だ。この組織はかつて、非公開政府組織として、裏でセフィラム能力者による犯罪を取り締まる為に存在していたが、当時の政界に存在していたセフィラム能力規制派の存在により、非公開の組織になってしまったが、種族戦争での活躍が認められ、正式に政府組織として認められたのだ。今ではその名を知らない者はあまりいないだろう。ちなみに、魅守一兎はかつてこの組織に所属していたらしい。それもあって、魅守一兎の子どもとなれば【銀狼】が欲さないはずがない。それほどに彼は大きな功績を残したのだ。彼がやったのは種族戦争の終結だけではない。彼自身、妖怪と呼ばれる怪異的人外の存在と人間のハーフで、種族戦争終結後、妖怪の権利を人間と同等のものにするべく、裏で様々な活躍をしたらしい。そのおかげもあってか、妖怪たちの間では魅守一兎のことを【妖怪の王】と崇める者も多い。

「そのとおりだ。魅守一兎の子どもということもあって、あの剣筋は素晴らしかった。魔術を使わなければ止められないくらいにはな。少なくとも、まともに剣術だけで挑めば、俺でも苦戦するだろう。」
「それでも苦戦するだけなんだな・・・」
俺の話に呆れたかのように苦笑する光牙さん。
「とりあえず、いいだろう。魅守犬兎・・・だったか?その男をこの組織に加入することを認めよう。所属班は颯真、お前の『破魔班』でいいな?」
光牙さんが姿勢を正してそう言うと、俺はうなずき、
「ああ、わかった。俺に任せておけ。」
と、言った。
「それじゃあ、今日はこれだけだ、俺は帰るぞ。」
俺がそう言いながら部屋から退室しようとすると、後ろから光牙さんに引き止められた。
「少し待ってくれ、そういえば『破魔班』に頼みたい任務があったのを忘れていた。頼めるか?」
俺は光牙さんに背を向けながらその言葉を聞いていたので、半身をだけで後ろに振り向き、
「任務の内容は?」
と、尋ねた。すると、光牙さんは俺の目を見据えて、こう言った。
「護衛任務だ。」

ーMELISSA`SVIEWー
私は『オルトロス』のアジトへ犬兎様の手続きをするために行った颯真様の帰りを待ちながら今日の仕事の報告書をまとめている。今日は颯真様がいなかったので、一人で表の仕事である万事屋の店番をしていた。今日来た依頼は二つ。一つは取るに足らないただの相談。もう一つは不倫調査だったのでまた今度颯真様と相談して調査をするつもりだ。依頼内容をしっかりと報告書に書き込み、今日の業務を終えた。
私は颯真様のメイド。そのため、颯真様の代わりに一人で万事屋の仕事をすることもよくある。当然、この家における家事も全て私が行っている。そのおかげで私は颯真様のお役に立つことができる。私にとって、ここはとても優遇された環境なのだ・・・精神的に。
仕事が終わった私は晩御飯の準備をしている。今日は犬兎様もいるので、いつもより一人前多い。しかし、今日は昨日のカレーの余りを使ったカレーうどんにするつもりなので、量に関しては心配していない。
「それにしても、颯真様はいったいどういうつもりなのでしょうか。」
私はカレーうどんを作りながらそうつぶやいた。
私が気になっているのは、颯真様の行動だ。いくら英雄の子とはいえ、颯真様がたったそれだけの理由で彼を組織に勧誘することはしないだろう。それも、私たちの過去と引き換えに。戦力に関しては、破魔班は確かに人手不足ではあるが、私と颯真様さえいれば事足りる。と、考えれば考えるほど謎が深まっていく。
『ピロン♪』
心地よく軽く弾むような着信音が私のスマートフォンから鳴る。
「颯真様でしょうか?」
私がそんなことを口にしながら液晶画面を確認すると、そこには鳴神翼という名前でメッセージが送られていた。
『今日はそっちに泊まろうと思うから、私の分の夜ごはんもよろしくね!』
そんな文章を読み終えた私はすかさず今もぐつぐつと音を立てながらカレーのいい匂いを漂わせている鍋の中を覗いた。量的にはギリギリ四人分あるくらいだ。正直、足りるか怪しい。犬兎様がどれほど食べるのかわからないので、少し心配だ。
「・・・まあ、私の分を減らしてしまえばいいでしょう。」
それがバレた時、颯真様に何と言われるか分からないが。そうなったら翼様が怒られるだけだと思うので、私はその案で妥協することにした。
そして、鍋を温める火も小さくして、ほぼ余熱だけで温めているほどの状態になったころ、【共感覚】で颯真様の現在位置を確認する。すると、ちょうど家のすぐ近くに反応があったので、私は玄関へ向かう。今日も颯真様を出迎える。これが、私の今の日常。
「ただいまー」
颯真様と犬兎様、そしておそらくたまたま遭遇したであろう翼様の三人が颯真様によって開かれた扉から入ってきた。そして、颯真様の「ただいま」という言葉に対して私も返事をする。
「おかえりなさいませ、颯真様。」
私がつけた大切な名前。その一音一音を大切に発音する。
そして、私はいつものようにダイニングルームへ颯真様と共に向かう。今日は人が多いけれど、それは変わらない。今日も私が作った料理をおいしそうに食べてくれる颯真様を眺めて自分へのご褒美としよう。そう思ったのだった。