第三話:運命の歯車・三

「ただいま。」
俺が家の扉を開きながらそう言うと、
「おかえりなさいませ、颯真様。」
笑顔でメリッサが出迎えてくれていた。【共感覚】で俺が帰ってきていることはわかっていたのだろう。
こうやってメリッサが迎えてくれるのは普通にうれしい。だが、今はそれよりも気になることがあった。
「出迎えてくれてありがとう。さっそくなんだが・・・」
と俺が話を切り出そうとしたとき、
「はい、わかっています。『彼』のことですよね?」
メリッサは自慢げにそう言ってきた。メリッサには俺の考えていることなど何もかもお見通しなのかもしれない。
「さすがだな。それで?今は?」
俺がそう再び聞くと、
「はい。今は空いている客間のベッドに運び、そこで眠っています。まだ一度も目覚めてないですね。」
メリッサはそう説明してくれた。俺たちの家はかなり大きく、屋敷と言っても過言ではないほどだ。だから、使っていない部屋がある。
そして、話の流れのままに俺はメリッサの案内でその男が眠っている部屋へ移動する。
「こちらです。」
メリッサが部屋の扉を開けるとそこには先ほど一瞬とはいえ対峙した、小柄な男がベッドの上で眠っていた。その男は黒い軍服のような服装に身を包み、その中に和服を着ているのがちらりと見えた。その男の顔は整っており、黒髪は短くなっているかと思ったが、首の後ろから細長くまとめられた長い髪がベッドの上にはみ出ている。
「あの時はよく顔を見なかったせいでよくわからなかったが、こいつ、割と若い・・・のか?」
俺がそうつぶやくと、メリッサは
「そうですね、おそらく、二十歳になったかまだなっていないくらいでしょう。」
とまあ、こんな風に俺たちが話していると、その男の目が開かれた。
「う、う~ん。」
うめくような声を絞り出しながら体を起こす。
「ここは・・・ん?お、お前はさっきの!」
その男が俺たちに気が付くと、目を見開き、警戒をしたようにこちらの様子を伺い、しばらくにらみ合う形になる。が、その状態もすぐに終わり、こちらに敵意がないのが分かったようだ。警戒態勢を解いたのがわかる。
「お前たちは、いったい何なんだ。俺を殺すつもりなら今頃目覚めることは無かっただろうし、それに何より・・・」
そこで区切られて、何を言うんだろうかと俺とメリッサの間に緊張が走る。
「このベッドの寝心地が良かった。」
「・・・・・・・・・え?」
「・・・・・・なるほど。」
困惑するメリッサとは対極に、俺は納得した。なぜなら、そのベッドはメリッサが手入れしているベッドだ。寝心地がいいのは当たり前だ。
「敵であるなら、ここまでちゃんとしたベッドに寝かせる必要はないだろう?拘束して、床にでも寝かせておけばいい。」
俺の考えていた理由とは違ったが、まあまあ筋は通っていた。なので俺は再び納得した。
「まあ、お前の言う通り、俺たちに敵対の意志はない。話を聞きたいだけだ。」
俺はそう言って、まずは自己紹介からすることにした。友好的な関係を築くなら、互いに名乗るのがいいだろう。
「それじゃあ、まずは自己紹介を。俺は鳴神颯真。隣にいるこいつが俺のメイドの・・・」
「メリッサ・スチュアートです。以後、お見知りおきを。」
俺たちは流れるような連携で自己紹介を終えた。
「で?お前は?こっちが名乗ったんだ。そっちも名乗ってくれたっていいだろう?」
俺がそう話すと、そいつはゆっくりと口を開き、
「俺は・・・魅守犬兎みかみけんとだ。」
みかみ。俺はその苗字に聞き覚えがあった。
「なあ、みかみって魅力の魅に守るって書くか?」
俺がそう聞くと
「あ、ああ。そうだけど。どうしたんだ?」
その言葉で俺は確信を持った。こいつは、
「お前の父親は、『魅守一兎』。そうだな?」
俺がそう聞くと、犬兎はかなり驚いたように、目を見開き、聞き返す。
「お、おい、俺の親父のことを知ってるのか?」
犬兎が動揺しながらそう聞いてくる。
「いや、噂だけだ。魅守一兎は二十五年前の種族戦争を終わらせた英雄として一部界隈で有名だからな。」
魅守一兎とは二十五年前に起きた惨劇、種族戦争を終結させた英雄。神や天使からの寵愛を受け、世界を救うために生まれた存在。その話は、俺たちのような裏社会で生きるような人間にとって、よく聞く話だ。
「そうだったのか。親父ってすげえ奴だったんだな。」
どうやら彼は自分の親の功績を知らないようだ。
「まあ、とりあえず、これで俺が知りたいことの一つはわかった。」
俺が納得したようにそうつぶやくと、犬兎が
「何が知りたかったんだ?」
と聞かれたので、俺は素直に
「お前の刀から神力が感じられたことだ。」
と淡々と答えた。それを指摘すると
「神力?そんなものがあったのか?」
犬兎は何もわかっていないようだ。こいつの親は自分の息子に何も教えなかったのか。
俺はその事実に驚きながら、頭に手を当てて困ったような顔をした。
「まあ、そういったことは知らないけど、この刀、【終焉・歌兎】は未来で誰かの助けとなるように造られたらしい。それで、俺に託されたんだが・・・」
と言って、壁に立てかけられた白い鞘に収まった一振りの刀を掴み取り、大事そうに見つめる。
「なるほどな。じゃあ、もう一つ聞かせてくれ。」
俺は話にキリが付いたのを確認すると、気になっていたもう一つのことを聞くことにした。
「お前はなぜあそこにいた?そしてなぜ俺たちを襲ってきた?」
俺がそう聞くと、犬兎は申し訳なさそうにしている。恐らく、あの時に斬りかかったことに対して負い目を感じているのだろう。しばらく待っていると犬兎がゆっくりと口を開いた。
「あーその、信じてもらえるかは分かんないんだけど、俺の親父って未来予知ができるんだよ。それで、俺に旅をしてこいって言われて、あの場所に行けばいい出会いがあるって言われたんだ。」
魅守一兎は未来予知が使える。そんな話は聞いたことなかったが、十分その話を信じられるくらいには彼の異常性は聞かされている。
「それで、親父に、もしかしたらそこで戦闘があるかもしれないけど、そんときは頑張って。みたいな感じで言われたんだ。それで行ってみたらほんとに戦闘があったから・・・」
なんというか、これに関しては犬兎が悪いというより、魅守一兎が悪い気がしてきた。
「まあ、これに関しては俺もメリッサももう気にしてないから、あんまり気にしなくていいぞ。な?メリッサ。」
俺がそうメリッサに聞くと、
「・・・颯真様が許しているのなら、私が口を出す必要はないですしね。」
と、微笑を浮かべていた。
それより、魅守一兎が言ったらしい、『いい出会い』というのはあながち間違いではないのかもしれないな。俺やメリッサに出会えたのは少なくとも悪い出会いではないはずだ。
「・・・今度は、俺から聞いてもいいか?」
話がひと段落着いたと思ったら今度は犬兎が話しかけてきた。
「お前たちは何者なんだ?」
犬兎の質問に俺は戸惑った。正直に話すべきか、隠すべきか。普通に考えれば後者だろうが、俺の中ではそれを素直に選べなかった。
「まあ、あの状況からしてなんとなくどこかの組織に所属しているんだろうとは思っているけどな。でも、俺が知りたいのはそこじゃない。お前たちの力の根源だ。妖怪というわけではないだろうし、セフィラム能力でもないだろう?」
犬兎の推測は大正解だ。しかし、セフィラム能力では無いと言い切れる確証があるのは気になる。それは専用の機会が無ければわからないはずだ。
「颯真が言いたいことはわかる。なんでセフィラム能力じゃないとわかったか。だよな?それは簡単な話だ。俺は他人のセフィラムエネルギーを感じ取れるっていう特異体質があってな。まあ、そういうことだ。」
真剣に落ち着いたような目でそう言う犬兎。嘘は言っていないようだ。であれば、
「いいだろう。俺たちのことについて教えてやる。だが、一つ、条件を呑んでもらおう。」
俺はそんな犬兎に対して強気な態度をとる。こうした態度で他人に条件を突きつけると、あの施設で翼さんとした条件付きの協力を思い出す。
「内容にもよるが、聞くだけ聞こう。その条件は?」
犬兎は冷や汗をかいているような微妙な表情を浮かべ、聞き返す。条件を呑んででも俺たちの秘密を聞きたいようだ。そんな犬兎に俺は挑発的な笑みを浮かべ、こう提案する。
「ああ、その条件は・・・俺たちの組織、秘密結社『オルトロス』への加入だ。」