第二話:運命の歯車・二

ーMELISSA`SVIEWー
その日の夜。私は颯真様の命令通りに目標の現場へと向かっていた。突撃をするのはあくまで私だけ。
『メリッサ。少しいいか?』
脳内に颯真様の声が直接響く。これは私と颯真様が共同開発した魔術、【共感覚】によるものだ。【共感覚】はお互いの魔力回路を繋ぎ、常に私たちが繋がっている状態にする。相手が死んでしまったりすれば、この魔術が切れるため、それで生存確認ができる。そして、ある程度ピンチに陥ったりするとその状態が相手に伝わるという効果もある。そのため、以前よりは颯真様への不安も緩和されたのですが、今回の件ではっきりした。まだ不安な気持ちはなくならない。【共感覚】は今みたいに脳内で会話をすることも可能だ。しかし、会話にはある程度距離が離れているとかなりの魔力を消費するため、頻繁には使うことができない。今の距離であれば大した問題も無いのだが。
『俺が敵の数を確認したら十人いた。想定よりも少ない。相手のアジトを割り出すから、軽くケガを負わすだけでいい。』
颯真様がそう言ったので、私は言われた通りの手加減をするためにそれまでナイフを取り出す準備をしていたのをやめる。ナイフでは手加減ができない。殺してしまえばこの任務は失敗となり、颯真様にも迷惑がかかる。そのため私は無手で軽くケガを負わせなければならない。
そうして、私は任務用のメイド服(普段の物よりも装飾品が少なく、戦闘のしやすさに特化した物。普段は膝下を覆い隠すほどのロングスカートだが任務用は膝までの長さになっていたりする)でも目立たないように夜の街を駆け抜け、目的地である雑木林の近くまでたどり着く。この場所は組織の中でも様々な調査や暗殺などスパイのような行動を得意とする【虚影班】が手に入れた情報だ。情報通り、この場所に潜んでいるようだった。しかし、ここから先は索敵魔術の領域。私にはそれが感じ取れたため、その寸前で足を止めた。そして、私が先行で突撃したのには意味がある。
「不完全魔術回路構築・・・」
私が編み出した不完全魔術。これはとある理由により全ての魔術を扱うことができるようになった私が、興味本位で魔術を発動させる際に構築する魔術回路を組み替えて不完全なものにしていた時に偶然できた魔術が暴発したもの。それを私が実践使用できるように改良を加えたものだ。本来の目的とは違った形で発動され、その効果は強大かつ強力なものだ。
「レベルⅢ・オーバーワーク。」
オーバーワークは、索敵魔術を改良し、不完全魔術にしたものだ。本来、一定範囲内に魔力を張り巡らせ、植物以外の生体エネルギーを探知するだけの索敵魔術だが、不完全状態にして暴発させることにより、一定範囲内に魔力を張り巡らせ、植物以外の生体エネルギーを探知するとその魔力が私にその情報を伝えることなく、その者たちに魔力を逆流させるというものだ。魔力が逆流してしまえば、意識を失うまではいかないが、行動不能くらいにはできる。むしろ、意識くらいは残っていてほしいものだ。そして、私がそのままその林へ進んでいき、奥までいくと、倒れこんで体が動かないといった様子の男たちが十名。
「くっ、なんなんだこれは・・・」
一名。まだ何かを企んでいそうな迷彩服の男が一名。恐らくこの人こそがセフィラム能力者だろう。
「・・・なんだお前、これはお前の仕業か・・・?」
その男が私に気づき、私を睨む。そして、
「残念だが、こういったことは何度もあってな。俺たちは逃げさせてもらうぜ。じゃあな。」
そう言いながらその男を含めた十人全員が姿を消した。セフィラム能力による転移だろう。本来ならこれで追跡ができなくなるのだが、これは作戦の想定内。むしろ作戦通りだ。
『颯真様、下準備は終わりましたよ。』
私は【共感覚】でそう報告した。

ーSOUMA`SVIEWー
その報告を受け、俺は能力を発動させる。そして俺の姿は瞬く間に禍々しい四足歩行の生物へと変貌する。
俺の能力は【無貌むぼう 】だ。これは無貌の神と呼ばれるニャルラトホテプの力だ。俺はかつて神話生物の力を人間に付与する実験でこの力を与えられた。この実験は非人道的なもので、俺は翼さんの協力でそこから逃げ出すことに成功した。ちなみにこの実験ではメリッサも実験体にされ、メリッサがああなってしまった原因の事件だったりする。そして俺もまた、この実験が原因で記憶を失ったと思われる。
そんな【無貌】の力だが、これには姿を変貌させる能力がある。それだけでなく、その変貌した姿が持つ知識も俺は持っている。それこそが【無貌】の本質だ。
今の俺はティンダロスの猟犬という神話生物の姿になっている。ティンダロスの猟犬は角のある空間に干渉することができる。とはいえ、なんの痕跡も無ければセフィラム能力で逃げた対象の追跡はできない。だが、先程メリッサが『オーバーワーク』で魔力を逆流させたため、あいつらはメリッサの魔力を保有している状態になる。メリッサの魔力。それは俺がよく知り、【共感覚】でいつも感じ取っているものだ。感知するのは容易い。
「見つけた。」
俺は連中が潜んでいる木造の建物を発見した。そしてそのまま俺は能力を使って転移を行う。
「うわっ、な、なんなんだお前!」
瞬間的に姿を現した俺を見てその場にいた男たちは驚く。転移と同時に俺は姿をいつもの人間体に戻したため、建物の中にいた奴らからしたら人間が急に姿を現したようにしか見えないだろう。
ここには様々な服装の男が三十人いた。そのうち十人はメリッサが相手をした男たちだった。人数が人数だけに部屋の広さもかなり広い。
「さて、カオスな貌を見せる時間だな。」
俺がゆっくりと部屋の中の状況を確認していると、その場にいた男たちは既に臨戦態勢を整えていた。そしてそのまま攻撃を仕掛けてくる。
「うおおおおお!くらえええええ!」
刀を上段に構え俺めがけて突撃をしてくる者。拳銃を構え、俺を狙っている者。魔術を発動させようと呪文を唱える者。二十人もいたら行動パターンは増える。だが、
「召喚。【無貌・鳴颯】。」
俺は俺の能力で生み出した剣を召喚する。刀身は黄緑色に輝き、それが二振り召喚された。二刀流の構えだ。二刀流は本来、防御の型だが、俺は違う、右手も左手もどちらも攻撃の為に使う。
「無貌・嵐閃らんせん!」
剣に魔力を通して技を発動させる。俺を中心に嵐が巻き起こるように無数の斬撃が周りに襲い掛かる。
近距離戦闘を試みた者はその斬撃がヒットする。まずは八人ダウン。距離を取って魔術を発動させようとする者を先に倒しに向かう。拳銃持ちは後回しでいい。
「なっ速い!」
術者が驚く、その間に俺は体の一部を変貌させる。
「暴れろ、結晶!」
俺の背中から結晶でできた触手のようなものが生成される。そしてその触手を使い、体術による足技も組み合わせ、狙った術者を攻撃。それの繰り返しで七人ダウン。
残り五人。拳銃持ちが全員俺に向けて発砲する。しかし、
「鳴颯、融合」
刀身が融合し、その色は黄色に輝く。その姿は大きな剣。それを盾に防ぐ。最低限頭を守れるようにする。体に銃弾が当たるが、俺は『オルトロス』特製の防弾・防刃チョッキを着ている。これがあればこの程度は受けきれる。
「・・・大剣にする意味はなかったか。」
俺がそうつぶやいた瞬間、相手の拳銃は全て玉詰まりなどを起こし、射撃が止む。
「なに?こんな時に玉詰まりか?」
「お、おい、俺の銃も撃てねぇぞ!」
「ど、どうなってやがる?」
相手は皆驚き、困惑している。この状況を理解しているのは俺だけだろう。いや、正確には俺とメリッサだけだ。
「ありがとな。」
俺は隣にいるメリッサにそう言いながら走り出す。メリッサは俺が魔術師を倒し終えたところでこの場所に転移してきたのだ。俺はそのことを【共感覚】で知っていた。そして、今のはメリッサの魔術、【邪眼】だ。これは見た対象を不運にするというもので、拳銃持ちの男たちは全員不運になったのだ。
「それじゃ、サヨナラだ。」
俺はそう言って、思いっきり大剣を横に薙ぐ。そして、最後の五人が倒れた。
ここまで大暴れしたが、もちろん手加減をしている。斬ってはいるが、この剣は俺の能力で生成した物なので、刃を潰している。まあ、鉄の塊で殴られるのと変わらないので、かなり痛いだろうが。そのため、奴らはうめき声をあげたりしている。そんな男たちを俺とメリッサで拘束していく。そんなとき、俺とメリッサは殺気を感じ取る。その方向を振り向くと、黒髪に軍服のようなものを着た、メリッサと同じくらいの背丈の男が左腰に携えた刀を構え、俺たちの目の前で振りぬこうとする。おそらく抜刀術の使い手だろう。その速さに対抗しきれず、防御が間に合わない。だが、魔術なら間に合う。
「魔術・・・」
俺が魔術を発動しようとするが、その前にメリッサが俺の間に立ちふさがる。
「颯真様は私が守ります。」
メリッサはその刀を左手で掴んだ。もちろん、その手からは血が流れる。
「・・・【邪眼】発動。」
その目で睨まれた男の頭上にあったランプが落ちてくる。『不運』なことにそのランプはその男の頭に直撃した。
「うっ・・・」
そのままそいつは気絶した。
「・・・こいつ、ここのやつらの味方・・・というわけではないな。」
俺はなんとなく思ったことを口にした。
「そのようですね。」
どうやら、メリッサも同じことを考えていたようだ。
俺がそう思った理由は、まずこいつが持っている刀だ。こいつが持っている刀は他のやつが持っていたしょぼい刀と違い、白い鞘に桃色の刀身。この刀からは魔力だけではなく、神力が感じられる。
「・・・メリッサを傷づけたことは許せないが、家に連れていくか、話が聞きたい。」
俺がそう言うと、メリッサは
「わかりました。では、今から転移しても?」
と言ってきたので、俺は、
「ちょっと待ってくれ。」
と呼び止めた。
「どうかしましたか?」
メリッサがちょこんと首をかしげた。
「手のケガ、大丈夫か?」
俺が心配するようにそう言うと、メリッサは笑顔で左手を見せ、
「大丈夫ですよ。もう傷跡すらありません。」
メリッサの言う通り、ケガは完治していた。メリッサは実験で与えられた力のおかげで再生能力が異常なまでに早い。だから大丈夫だろうと思ってはいたが、心配になった。
「まあ、大丈夫ならいいんだが、危ないマネはするなよ?俺だって、お前がいなくならないか不安になることだってあるんだから・・・」
その言葉は純粋な俺の本心だった。